Don't forget 3.OCT |
ガリ、と金属を削る不愉快な感覚が生身の指先に伝わった。 ―――意味、なんて無い 少年はひとりごちる。 莫迦莫迦しい。 そう思いながらも手は止まらない。 最初は自分の喉から出ているものだとは気付かなかった劈くような悲鳴。 咽返る、鉄によく似た毒々しいまでの紅さを湛えた血の匂い。 ふつりと消えた弟と左足と右手。 こちらを見ていた異形の、ヒトを模したヒトでない、モノ。 ―――母、さん… カリ、と削られた文字の上にぽたりと雫が落ちて、流れた。 撥ねた雫が時計の文字盤を覆う硝子を濡らし、また流れる。 震える手は錐を支えきれずに床へと取り落とした。 ごとり、ころころ、ことん。 握り締めた懐中時計に繋がった鎖が音を立てて揺れる。 その拍子に、かちり、と押してしまった可動螺子に合わせて時計の針が動き出した。 1秒、2秒、3秒、秒針が文字盤をなぞって行く。 ―――2度も、死なせた…俺が、死なせたんだ ぐいと生身の腕で目元を擦ると、少年は顔を上げた。 青白い小さな稲妻が走り、一瞬だけ眩く仄暗い室内を照らす。 閉じられた懐中時計は鈍い光を宿していて、 非道く重々しく感じられた。 成長しきれていない小さな掌にはあまりにも重すぎる痛みが、じわじわと侵食していく。 ひたひたと、声が追って来る。 『莫迦だな』 己が愚かさを織ったつもりで、分かったつもりで、 その実、何ひとつとして理解などしていなかった。 ―――忘れるな ―――刻み付けろ ―――これは、罪の証だ 閉じてしまった銀時計の面を指でなぞり、奥歯を強く噛む。 振り返るな、前を見ろ、前だけを見てただ。 ―――進め 忘れるな、と言い聞かせ。 忘れるな、と刻み付け。 忘れるな、と何度も、何度も。 何度も、繰り返し―――…覚めやらぬ現と並ぶ残酷で非情な夢を、視る。 END |
あとがき。 |
忘れるなの日の突発SS。 |
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