Instinct




誰が教えたわけじゃなくて。

鳥は巣立ち、大空を飛ぶよ。

一生懸命、羽根を広げて。

飛べるって、ただ信じて。





ただ、信じて。






バサバサバサ。
悟空はふと、窓の外を見る。
小鳥が飛び立ち、その後には羽根が数枚散らばっていた。
ぼんやりとその姿を見送る。


そうして、小さく、小さく微笑む。


「何笑ってんだ。気持ち悪ィ」
後ろから、不意にかかる声。
悟空は振り向く。
仏頂面の当人は、彼が振り向いてもその表情を変えない。
「不思議だなぁ、って」
膝立ちで乗っていたソファに、ぼすん、と座りなおす。
重々しい机に、山のような書類を積み上げ、片手には承認印鑑を持っている。
彼、金蝉はますます眉間の皺を深くした。
「思ったこと無い?」
くすくすと笑いながら、悟空は彼に尋ねる。
「誰が教えたわけでもないのに、鳥は織ってるんだよ」
「何を」
止めていた手元を、本格的に休め、持っていた印鑑を置いた。




「自分が飛べるってコト」




不思議だね、と幼子は繰り返した。
それが当然だと思っている、大人の頭では到底思いつかないこと。
幼子特有の感性。

そうあることが普通であり、当然。

そこから考えないのが大人。


では、何故それがそうあるのか。
一体、何がどうしてそうなったのか。
当然であるとは、何を言うのか。

それが子どもの考え。


何モノをも受け止めることの出来る柔軟性。
だからこそ恐ろしいと感じることがあるのかもしれないが。
「…本能だからだろ」
きょとん、とこちらを見る幼子に、ため息をついた。
「飛ぶことが、生きることだからだ。飛べない鳥は、生きていけない」
「どうして?」
「餌を上手く取れず、逆に己が餌と成り得るんだよ」
途端に、悟空の顔が曇った。
怪訝そうに首を傾げれば、彼は悲しそうに瞳を揺らした。



「でも、それが『生きる』ということなんだよね」



正直、驚いた。
『可哀想』とでも言うかと思ったのだ。



まこと、げに恐ろしきは子どもなりけり。



祈るように両手を重ね、身体を折る。
「俺達も、そうやって生きていかなきゃいけないんだよね」
傷付け、傷付き、いつしか痛みさえも感じなくなるかもしれない。
だからと言って、倖せしか織らない、不幸なヒトにはなりたくない。
いくつもの我侭と、プライドを。
いくつもの愛しさと、優しさを。
ヒトは抱きしめて生きていく。
辛いことがあったって、どうにかこうにか生きている。

生きることは権利であり、義務。

本能は、それを護る為の盾。


「あぁ、そうだ」


この生命に、よっぽどのことが無ければ『限り』など無いけれど。

大自然の本来の姿を織っている幼子は、
どこか痛々しくあったけれど、
どこか逞しくもあった。

『弱肉強食』。

本能など、それに等しい。
喰うか、喰われるか。
言ってしまえばそんなもの。



だから、忘れていた。



自然の理も、この夢のような天界には無い気がした。
倖せしか織り得ぬ民草は、傷付くことすら織らないかもしれない。
一部のものが傷付き、死を迎え、果てる。
安らかなる場所が、どんな犠牲を持って保たれているのかさえも織らない。
織らなさ過ぎる。
それに気付いたとき、歯痒くて仕方が無かった。


金蝉は、ただ小さく頷くと、そのまま黙ってしまった。
「金蝉…?」
不安そうに、彼の顔を覗き込む。
「でも、ね。俺、思うんだ」
たどたどしく、紡がれることのは。
彼は視線だけで、幼子を追う。

「俺に、餌を運んでくれる母鳥はいないから」

ただ、待っているだけでは、死んでしまう。

「どうあることが、当然であるのか織らないから」

手本となるものもない。

「どんなに不恰好でも、いいから」

どのやり方が正しくて、どれが間違っているのかも分からない。




「自分だけのやり方で、飛べたらいいなぁ、って」




あぁ。
だから、この子どもはこんなにも強くなれるのだ。



誰よりも、何よりも。
己を強く信じているから。



不意に浮かんだ、『悟空』の意。
我ながら、何故こんな名前を付けてしまったのかと思う。
「……そうか」
「うん」
「勝手にしろ」
「勝手にする」
「猿だからな」
「金蝉じゃないからね」
少しだけの、間。
2人は急に黙りこむ。
同時に開かれた口元は、微笑んでいた。



「…………ばぁか」



2人は、微笑った。









誰が教えたわけじゃなくて。

鳥は巣立ち、大空を飛ぶよ。

一生懸命、羽根を広げて。

飛べるって、ただ信じて。







ただ、信じて。



END
あとがき。
これまた久しぶりな、天界編。
最初は寺院時代にしようかと思ったんですが。
天界編少ないナーと(爆)。
最初と最後のは、『RIKKI』というアーティストの歌詞デス。
タイトル忘れたけどさ。
あの、『FF10』のテーマ曲歌ってた歌姫ですよ。
声が透き通ってて凄く好き。

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