Something   To   Tell   You




お互いにお互いのキモチを確かめられずに過ごす時間は、
なんて長く感じるのだろう。
あんなに願って、すぐそばにいるのに。


そばにいればいられるほど、このキモチがじれったい。
だから、段々と欲張りになってくる。



『アイツはどう思っているんだろ?』



2人の胸中なんて織れたこと。
『ソードブレイカー』の制御コンピューターはぼやく。
「…いい加減、素直になればイイのにね」
キャナル・ヴォルフィード。
それが制御コンピューターの名。
長い髪を三つ編にして、メイドのような服を着ている少女。
限りなくヒトに近い、その少女はリビングで肘を突いて、テラスを見やる。
外では、ミリィが洗濯物を干していた。
ケインは椅子にかけて、うとうとしている。
その和やかな風景を目にして、盛大にため息をつく。
ホログラムだということを忘れてしまいそうなくらい、人間の仕草に近い。
「分かってるわよ。野暮なことくらい」
指に髪を絡めて、くるくると回す。


ヒトの感情までは、私にはわからない。


「でも、2人が想い合っていることくらい私だって織っているわ」


だから、ね。




――――――イイ加減、大人しくくっついちゃってよ――――ッッ!!!!




な思いでいっぱいのキャナルであった。
倒すべきロストシップが、まだ残っているのだ。
マスターがこんな情緒不安定では、『ソードブレイカー』の制御コンビューターとしては、
非っ常―――ッッに困る。
愛する者がいてくれることで、ヒトがどんなに強くなれるか織っている。
ケインにとって、ミリィがそばにいることが、どんなに心強いか。
けれど、今のこんな状況では、ハッキリ言ってどうなるか分からない。
どうしてこんなにヒトとは面倒臭い生き物なのだろうか。
キャナルはそう感じてやまない。

『スキ』なら『スキ』でいいじゃない。

実際、そこまで簡単なものではないのだが。
否、簡単なものであるからこそ、複雑なのだ。
コンピューターであるキャナルには、そこまで理解するには時間がかかるだろう。




朝。
いつものように、パンの香ばしい薫りがキッチンに漂う。
真っ白なテーブルクロスをかけて、朝食の支度をするミリィ。
独りだった食卓には、2人分の食事。
それを感じるだけで倖せだった。
ミリィはクス、と微笑む。
時計を見上げながら、キャナルに話し掛けた。
彼女はとっくにソファでくつろいでいる。
「ケインまだ寝てるのかしら?」
「そうねえ。ミリィ、起こしてきたら?」
「キャナルが行ってよ。私、まだスープ温めなきゃ…」
「私がやっておくから、貴方が行ってらっしゃいよ。」
「ケインの寝起きが悪いこと、織っていて言っているわね…?」
ガンとして、ケインを叩き起こすことを拒否するキャナル。
仕方ないなあ、とミリィは階段を昇っていった。


「本当は2人きりにしてあげたいんだけど…」


そんなことをしては、確実に2人から不審な目を向けられる。
3人でいることが、日常であり、当然であった。
「どうして、こう、あの2人はムードの欠片もないのよ」
呆れるように、また溜め息をつく。



コンコン。
ドアをノックする音が部屋の中へと投げられる。
が、眠りについている彼に起きる気配は無い。
「…ケインー?」
そぉっとドアから中を覗き込む。
規則正しい寝息を立てて、時折寝返りを打つ。
喧しく鳴り響く目覚し時計にも起きようとはしない。
ミリィは嘆息して、彼の枕もとの目覚ましを切った。
「…ある意味、大物だわ…」
ベッドに飛び乗るようにして座る。
「ケイン、朝よ。起きなさい」
呼びかけるが、返事は無い。
むぅっとして、ケインの顔を覗き込んだ。

「キレーな顔…」

思わず呟いて、口を塞ぐ。
こんなこと本人に聞かれたら、怒るどころではすまない。
彼が起きていないことを確かめて、ほっと胸をなでおろす。
空気を入れ替えようと、ベッドの向こうの窓を押し開く。
無邪気な寝顔が、可愛らしくさえ思えるのは事実だった。


(襲っちゃいたい…)


ぼぅっと考えてしまったことに、ミリィはハッと顔を上げる。
「な…何考えてるのよ!私ったら!!」
真っ赤な顔をして、頭を振る。
(女の子が考えることじゃないでしょうっっ!?)
何度か自分の頬を叩くと、そのままベッドへうつ伏せに倒れこむ。
「…早く、起きなさいよぉ?私、待つのは苦手なんだから…」
言って、目を閉じる。
そのまま、意識が遠のいていった。



やっとのことで起床したケインは、まだハッキリしない意識の中で考える。


(何で、ミリィがココにいるんだろうか…?)


彼が起き上がろうと体を動かすと、腹部の辺りに重みを感じた。
見やれば、ミリィがキモチ良さそうに眠っている。
「えーと…?」
頭を掻きながら、欠伸をした。まだ意識はぼぅっとしている。
止められた目覚ましを見て、一気に目が覚めた。
「げ?!何だよ、この時間!!」
時計はすでに9時を廻ったところだ。
彼にとっては朝食を取り損ねたことこそが、一生の不覚に近いらしい。
いや、食事自体が彼の楽しみでもあるのだ。
しかし、よくよく考えてみる。
どうして、彼女がココで眠っているのだろうか。
起こしに来てくれたのはまず間違いなかろう。
「間違いはないんだが…」
この状況を理解するには、少々時間が必要なようだった。
風が吹き、カーテンが弧を描く。
窓が開いていたのに気付いた。
眠っている少女の金糸の髪を、風が悪戯に撫でていく。
「う…ん…」
彼女はくすぐったかったのか、かすかに身じろぎした。
軽く嘆息して、ケインは彼女の頬にかかっている髪を退けてやる。
「…無防備にも程があるよなぁ…」
白い肌が、陽の光の下で一層映える。


(襲いたくなってくる)


自分の思考の危険さに気付き、ブンブンと頭を振った。
「何考えてるんだ、俺は!!」
ケダモノかよ、と呟き、火照った顔を叩く。
こういう色恋沙汰になれていないのか、彼の顔は真っ赤になっていた。
しかし、彼女も同じことを考えていたことなど、織る由もない。
もう、起きるには遅い時間だ。
「…寝直すか」
そばに掛けてあったマントをミリィの肩に掛けて、自分もシーツに潜り込む。
涼しい風が、部屋の中を通り過ぎていった。



鍋は、とっくにコンロから降ろされている。
誰もいない食卓でキャナルは独り、肘を突いてため息を吐いた。
目は据わっている。
「ミイラとりがミイラになったってのが、妥当な線かしら」
呟くと同時に、ケインの部屋があるあたりへ視線を走らせる。
もう一度、ため息を吐き、鍋の蓋を軽く持ち上げた。
湯気も立たないくらい、冷め切っている。
「ビシソワーズの出来上がりーってね」
くすくすとキャナルは静かに笑い出した。
このあと、彼女に2人が叩き起こされたことは言うまでもないだろう。



遅すぎる朝食を取った後、片付けにかかる。
自動クリーナーなど無いこの家では、全てが手作業である。
カチャカチャと食器が音を立てて、キッチンへと運ばれていく。
「手伝おうか?」
視線でミリィを追いかけて、ケインが問う。
「あら、珍しい。」
「どういう意味だ」
クスクスと笑う彼女をジトリと睨む。
「冗談よ」
そばにあった布巾をケインに投げた。
「テーブル拭いてて」
「了解」
2人の様子を、恨めしげに睨んでいる者が独り。
視線を感じていたため、ケインはこれ以上無視が出来なかった。
「…んだよ、キャナル」
ソファに腰掛け、クッションを抱いている彼女に呼びかける。
「朝飯の件なら悪かったって言っただろー?」
「そういうこと言ってるんじゃアリマセン」
しかし、以前目は据わったままだ。
「じゃあ、何で…」
ふわりとケインのそばまで移動すると、その耳を引っ張った。
痛いという彼の非難は無い物に等しい。
「迷惑なの」
「何がだよ?」
「貴方が」
「はぁ?!」
イキナリわけのわからないことを言われ、理解に苦しむ。
あまりに断片過ぎて、抽象過ぎて意味が分からない。
「分かるように言ってくれ」
「いーい?」
パ、と彼の耳を解放して自分の腰に手をやる。
ミリィに聞かれていないことを確かめて口を開いた。
「現在、貴方の精神状態は非常に不安定です」
覚えがあるはずよ、と付け足す。
一方的に話し続けるキャナルに、ケインは二の句が紡げない。
「私が何を動力源にしているか、知らないとは言わせないわよ」
変わらず、ミリィの鼻歌と食器を洗う音が聞えてくる。
「よって!」
出来る限り小声で、キャナルは叫ぶ。
「今晩でケリ、つけてください」
「…何に、だよ?」
ピク、と彼女の眉が吊り上る。
「…私にそこまで言わせたいんですか、マスター様?」
にっこりと笑う彼女に、これ以上に無いほど恐怖を感じた。
「あぁ、もうっ!情けないったらないわ!!アリシアがこれを織ったら、どう思うかしら?!」
涙さえ、うっすらと浮かべながらキャナルは絶叫する。
いつものことなので、ミリィは気にもとめていない。
「貴方だって、気になってはいるんでしょう?」
あの時の台詞を。
キャナルは付け足した。
記憶ではなく、データとして残っている音声。




『やっと、私の宇宙一見つけたんだから!!』

『了解、ミリィ!』




返事はしたけれど、ハッキリとそれが何なのかは聞いていない。



―――自惚れてもいいんだろうか。



もしかしたら、居場所かもしれない。
自分のコトだなんて、思い違いかもしれない。
だから、本当の気持ちを織りたくて、でも、織るのが怖くて。
こんなにも、自分は臆病だっただろうかと感じてしまう。


急に黙りこくったマスターに、彼女は怪訝な顔をする。
「ケイン?」
呼ばれて、顔を上げる。
キャナルは呆れるように嘆息した。
「…いいわ。少しヒントをあげるから」
「ヒント?」
「あとは自分で確かめなさい」
彼女が目を閉じたかと思うと、光が彼女の体を包み込む。
次の瞬間には、ケインが2人いた。
「キャ…っ」
声を出そうとして、その口は彼女の手で塞がれる。
鏡のように目の前にいる、自分の姿をしたキャナル。
何を考えているのか、皆目見当もつかない。
シィ、と口元に指を立てて黙るように促す。
そのまま、ミリィの傍まで歩いていった。
「…ミリィ」
後ろから、ゆっくりと彼女を抱きしめる仕草に、ケインは慌てた。
(俺の姿で、アイツは何やってんだ――――ッッ!!)
だが、黙っていろと言われた手前、一応大人しくしておく。
きっと、何か考えがあるんだ、と。
「え?」
ミリィは食器を洗っていた手を止めて見上げる。
きょとん、と彼を眺めた。





「何やってんの、キャナル?」





不思議そうな顔のまま、ミリィは再び作業を始める。
「今度は何の冗談?そのまま女装でもしてくれたほうが面白いのにv」
何だか気になることを言われた気がしたが、
ケインはそれさえもどうでもいいくらいに驚いていた。


―――何で、分かったんだ?


どう見ても、彼とソックリに投影してあるホログラム。
そう簡単には分かるはずが無い。
声だって同じなのに。
ケインの姿をしたキャナルは、笑いながら謝った。
「ゴメンゴメン。何となく悪戯したくなっただけ☆」
「ふぅん?」
光に包まれ、いつもの姿へと転じる。
「ね、キャナル。暇してるんだったら、お掃除手伝ってよ」
全ての洗物を終えて、エプロンを外す。
「構わな……お掃除ッッ?!」
いきなり大声を上げる彼女に、ミリィは驚く。
「な…何?」
「厭――――ッッ!!今日は宇宙ゴキブリの駆除剤撒く日だったわ!!」
半泣き状態で、キャナルは頭を抱え込む。
こうしてはいられないとばかりに、玄関へと走る。
「ちょ…っ、キャナル?!」
振り向き様に、彼女は言い捨てた。
「あぁ、私の中にゴキブリがぁぁッッ!!私、今日はもう戻らないから!また明日っ!!」
まくし立てるだけまくし立てて、嵐は去っていく。
その後に残された2人はぽつりとその場を動けないでいた。
「…ここって、虫が多いからねえ」
ミリィが、何を言えばいいのか分からずに、そんなことを呟いた。
「そういう問題か…?」
「ま、いいわ。ケイン、お掃除手伝ってね?」
「はいよ」
気を取り直して、ミリィはケインに声をかけた。



窓を拭きながら、ミリィはため息を吐く。
ケインは別の部屋でモップがけでもしているだろう。
「あの時の返事…自惚れてもいいのかな…?」


『了解、ミリィ!』


「ちゃんと、分かっているのかしら」
一世一代の、告白だったのに。
確かに、返事はくれた。
けれど、それが何に対する返事だったのか、確かめてはいなかった。
ヒトと付き合ったことはある。
別に、ケインが初めて好きになったヒトでもない。
(でも、こんな気持ちになるのは初めてだわ)
今まで、恋愛はしてきたつもりだ。
それなりにうまくやって、後腐れの無い別れ方だって織っている。
強い思い入れなんて無く、そこまでのカンケイ。
スッパリサッパリ切ることができる。
相手の気持ちを織るのが怖いとか、いないのが淋しいとか、
そんなことは無かったのだ。
「ヘンなの」
これじゃあ、まるで。




「初恋みたいじゃない」




思わず口をついた台詞に、ミリィは笑ってしまった。
あぁ、そうだ、と。
「本気で好きになったのは初めてだったわね」




―――これ程までに、ヒトを愛しいと思ったことなどなかったわ



彼女は一息ついて頷いた。
「らしくなろう、ミリィ」
それは、元気の出る呪文。
自分を叱咤して、立ち上がらせるため、の。



―――こんなんじゃ、いつまで経っても変わらないもの




一方ケイン。
疲れたのか、モップを持ったまま壁に寄りかかっている。
電子音が響き、ケインは手首の通信機を見やった。
『はぁい、ケインv』
そのホログラムはひらひらと手を振って、にこやかに微笑っている。
キャナル、そう名を呼ぶとケインはジト目で彼女を睨んだ。
「…さっきの、わざとだろ?」
『あら、分かった?』
「あの話の後だったからな」
『でも、これでゆっくり話が出来るでしょ?』
そりゃまあ…言葉を濁すが、キャナルは気にしない。
『だぁって、マスターが欲求不満でサイ・ブラスタがピンク色になったりしたら厭だもの』
「な…ッッ!!」
唐突な台詞に、ケインは顔を真っ赤にして抗議する。
「誰が、欲求不満だぁッッッ!!」
『んじゃ、頑張ってねーv』
あえてその台詞を無視して、キャナルは通信を切った。
脱力して、その場に座り込む。
「あのヤロー…っっ」
不意に、下から声がした。
「ケインー、そろそろ休憩しましょう?」
窓を開いてバルコニーを見やると、ミリィがお茶の準備をしていた。
彼に気付くと、微笑みかける。
「今、降りる」
ケインは窓を開けたまま、一階へと降りていった。




いち。
にぃ。
さん。

ミリィは深呼吸して、ドアをノックした。


「ケイン、起きてる?」


中から声がして、ドアが開く。
「どうしたんだ?」
「…入ってイイ?」
にこ、と微笑ってミリィは尋ねた。
「…?あぁ」
部屋に入ると、本でも読んでいたのか、枕もとのスタンドが点いていた。
「何してたの?」
「アルバム見てた」
掃除したときに出てきたのだろう。
ベッドの上に紙の写真が散らばっている。
色あせたセピア色の幼い頃のケインと、今は亡きアリシアの姿。
どれもこれも楽しそうで、思わず笑みが洩れた。
その中に、カラーの新しい写真もあった。
「これ…」
「一緒に貼ろうかと思ってさ」
ミリィやキャナル、その他にも親しい者たちと共に映っている写真があった。
「『思い出』だからな」
「ね、ケイン」
写真を見ていたが、ミリィは意を決したように顔を上げた。





「私、貴方のこともっと織りたい」




「…え?」





「私のことも、貴方にもっと織って欲しい」













―――こういうことかよ…
内心、ホッとしていたが、
どこかで期待していた自分がいることも否定できない。
「でね、母さんたらその時ね――…」
一緒のベッドに潜り込み、ミリィは楽しそうに話す。
まるで、兄妹のようだ。
「あーもう分かったから、そろそろ寝ろッッ!」
彼女の頭をグシャグシャと撫でてそのまま布団の中に押し込む。
「きゃあっっ!」
どこか楽しそうな悲鳴。
「ったく」
肘を突いて、明後日の方向を見やるケイン。
もそもそと、ミリィが布団から頭を出した。
「へへっ♪」
本当に子どもに返った様に感じる。
あまりに無邪気すぎて、手を出そうにも出せない。
(手ぇ出したいわけじゃないけどッッ!!)
心の中で、自分に言い訳する辺り虚しい。
「ね、ケイン」
「んー?」
何気なく、返事をした。




「帰って来てくれて、ありがとう」



紡がれた言葉に、ケインは目を見開く。
何を言えばいいのだろう。
待っていろと言ったのは自分だ。
その間、約束の為に彼女を縛り付けていたのも。
自分の生き方を選ぶことも出来たのに、
敢えてそれをせずに待っていてくれた彼女に何を言えばいいのだろう。
だから、だろうか。
洩れた呟きは、それとはカンケイの無いものだった。


「…何で、昼間アレがキャナルだって分かったんだ?」


ごろりと寝返りを打ち、起き上がる。
「ずっと待っていたんだもの。私が間違えるはずが無いでしょう?」
至極当然だと言うように、彼女は呆れた言葉を返した。
「どんな姿かたちをしていても、絶対に間違えない自信はあるわ」
「そりゃ…すごいな」
嬉しくて、嬉しくて、気が狂いそうになる自分を抑えるのが精一杯だった。
「宇宙一ですから」
彼女はそう言って笑うと、また寝転がる。
ケインの胸へと擦り寄って、目を閉じた。
「ミリィ」
「何?」




「待っていてくれて、ありがとう」




まだ、言っていなかった感謝の言葉。
何度か瞬きをして、ミリィは頷いた。



「うん」





少しすると、規則正しい吐息が洩れていく。
自分の傍で眠る少女を愛しそうに見つめた。
スタンドを消すと、月明かりが窓から差し込んでくる。
彼女が纏っている寝巻きは、キャミソールのようなもの。
首から肩に掛けて、白い素肌が露になっている。
あんまり無防備な為、悪戯したくなってくる。
「…普通、二十歳過ぎた男の寝室に乗り込んでくるか?」
そう言って、起こしていた体を沈ませる。
そして、彼もまた眠りに落ちた。




真夜中。
ミリィはふと目を覚ました。
そばにある温もりに、一瞬だけ戸惑う。
「…あ…」
抱かれるように、彼の腕の中で眠っている自分に気付いた。
そうして安堵する。
誰かが、そばにいてくれるこの現実に。
もう独りではないと、教えてくれる時間が好きだった。



「ケイン、ありがと」



彼女は少し顔を上げて、軽く触れるだけのキスをした。





目覚ましが鳴り響く。
その喧しさに、ミリィは手を伸ばした。
カチリ、と目覚し時計を止める。
「ケイン、朝よ」
「う…ん…?」
「おはよう」
隣りに眠るヒトを揺り起こし、朝の挨拶をする。
彼は欠伸をしながら返事をした。
「おはよ」
「さ、起きて。朝食にしましょう」
ミリィはベッドから降りると、身支度の為、自分の部屋へと戻っていった。
ソレを確認すると、ケインも身支度を始めた。


一階へ降りていくと、キャナルが先に待っていた。
「おはよう。ケイン、ミリィ」
珈琲だけは入れて待っていたらしい。
食事の準備はミリィの仕事だ。
「すぐ準備するから、掛けてて」
「あぁ」
キャナルの横を通り過ぎようとしたミリィを見て、キャナルは声を上げる。
「あら?」
「どしたの?」
「あらあらあら?」
思わず顔をほころばせながら、キャナルは2人を眺めた。



「昨日は、お楽しみだったみたいね?」



一瞬、何のことか理解できずに、ミリィはキャナルを見つめ返す。
「へ?確かに、昨日は楽しかったけど…?」
眠るまで、お互いの昔話。
しかし、どうしてキャナルがそれを織っているのか。
そう思いながら、ふと階段付近にある等身大の鏡が目に入った。
―――…え?」
バン、と音がしそうなくらいミリィは鏡に張り付いた。



「な…何コレぇぇッッ!!!!」



(見つかったか)
真っ赤な顔をして叫ぶミリィとは反対に、ケインはバツが悪そうな顔をする。
だが、どこか楽しそうに。
ちょうど、鎖骨の辺りにうっすらと紅く浮かび上がる痣。
虫に刺されたとも思えるが、これは、どう見ても。
「な…何で、こんなトコロにキ…キ…キスマークなんかぁッッ?!」
キッと後ろに立っていたケインを睨み、ミリィは半泣きで訴える。
「貴方の仕業ねッッ?!」
「俺以外だったら、逆に怖いだろぉが」
もっともな言い分だが、逆に開き直っているとも言える。
「そういう事言ってるんじゃないわよっ!!ばかぁッッ!!」
殴りにかかるミリィの腕を抑えて、そのまま凌ぐ。
どっちも身動きがとれない。


「だいたいなぁっ、好きな奴があんなに無防備にしてるのに、理性保つなんてできるわきゃねぇだろッッ!!」


「私は好きなヒトにこんなことされたく無かったわよぉッッ!!」


2人の動きが、同時に止まる。
重なる声。





「「へ?」」





そんな2人の様子を、恨めしげに眺めるキャナルの姿。


(あんなに苦労して、こんなに簡単にカタが着くなんて、人間の思考パターンはやっぱり理解できないわ…。)


盛大にため息をつき、そのままソファに腰掛けた。
未だ固まっている彼らをよそに、ティーカップのホログラムを投影してお茶を飲む。
途端、ケインとミリィの顔が真っ赤に染まる。
「…可愛らしいこと…」
空を見上げ、呟いた。



「今日もいい天気になりそうね」



その面は、全てを抱く大地のような母を思わせる。
そうして、キャナルは嬉しそうに微笑んだ。







END
あとがき。
ロスト小説第2弾☆
長いわ!!キャナルさんの気持ちも分からんでもないなぁと言う感じ?(笑)
似たもの同士で、お互いの思いを織るのに臆病な2人です。
長い一日だったわ・・・。
もう少しイロイロ考えていたけど、詰め込みすぎるんでやめました。
それはまた今度の機会にv