気付けば、其処は見たことも無い場所だった。










真っ白な空間に、ただ、長く伸びた階段だけが存在していた。
いや、『だけ』ではない。
所々に色の付いた扉があった。
これが夢であると気付くまでに、そう時間はかからなかった。
試しに声を出してみる。
「声は…でるようだな」
永遠は、ぼんやりと上を見上げた。
他に何があるワケでもない。
無意識の夢かどうかさえ、分からなかった。
仕方ないと思ったのか、一歩、また一歩と階段を上り始めた。
疲労感などは勿論感じない。
何故か、扉に近付くに連れて、足が重たくなっていくように感じた。
「おかしな、夢だ」
苦笑して、紅い扉の前に立つ。
ドアノブを引くと、一面に世界が広がった。
風が飛び出し、思わず目を閉じる。



雨が降っていた。
息を切らし、満身創痍の紅桜が立っている。
その頬は、雨に紛れてはいたものの、涙に濡れていた。


(あぁ、これは…)


佇むテラスは見覚えがある。
それは、間違いなく永遠の家だった。
「どう、して…」
僅かに動いた唇からは、そう読み取れた。
紅桜の立っている場所から見える家の中には、自分がいる。


(あの日の光景、か)


その瞬間、彼女を支えるものは、何も無い。
思わず手を伸ばすが、叶わない。
ただ、崩れ落ちていく身体を支えようとした手だけが宙を凪いだ。




ふぅ、と扉が消える。
そうしてまた、長い階段が目に映った。
「ここは…記憶の中…か?」
誰かが答えるわけでもないのに、彼女は呟く。
現実に戻ることの出来な意識は、再び歩みを進めた。


次に現れたのは、蒼い扉。
ゆっくりと扉を開くと、今度は水の中のイメージ。
息苦しくも無く、冷たくも無い。
「私は…強くない」
不意に聞えた声に、頭上を仰いだ。
「だから、強くなりたい」
幼い声音は、しっかりとした心を持っていた。
けれど、幼いからこそ、漠然とした不安を抱えていた。
「誰かを愛し、愛されたかった」
泣き声のようなそれは、幼き当主の想い。
聞えるはずの無い、心の声。


(それとも、私の思い込み、か?)


耳を劈くような悲鳴が、目の前に広がる。
「私の、名前を呼んでぇ…ッッ!!」
気付けばそこは、もう水の中ではなかった。
黒髪の少女が倒れこんでいる。
先ほどと同じ様に、抱き起こすことは出来ない。
己の手を、じ、と眺めているうちにその世界は消えた。



本当に、記憶の中なのかと段々と疑心暗鬼になってくる。
見えるはずの無いアングル。
聞えるはずの無いモノローグ。
「だったら、誰の記憶だと言うんだ」
言って、軽く首を振る。
「そもそも、これは記憶の夢、なのか?」
誰にとも無く、問う。
瞬間、歩いた憶えはないのに、目の前に扉があった。
真っ白だった。
真っ白な扉。
けれど。


「ドアノブが…無い?」


どこにも見当たらないのだ。
掴むべき取っ手が。
開くために必要な、ドアノブが。
押してみたり、引いてみたり。
それでも開く様子は無かった。
もしかしたら、扉ではなく、行き止まりの壁なのかもしれない。
そんなことを考えながら、右往左往していると、途中で気付いた。
扉は真っ白に見えるが、近くで見下ろすと半透明なのだ。
「これは…開けてはならない扉?」
す、と手を伸ばし扉に触れる。
いや、触れようとした。
「?!」
先ほどまで、何とも無かったはずの扉が霧のように透き通ったのだ。
勿論、支えがあると思っていた永遠の身体は前のめりになり、
そのまま中へと潜り込む。
倒れると感じた瞬間、飛ぶように浮かんだ身体。
周りは真っ白なままで、何も見えない。
ただ、声だけが響いていた。



「さぁ、行きなさい」

「駄目…、出来ないよぉッッ!!」

「私を、殺したいのか?」

「だから…生きて…」

「ダメだ、許さぬ!許されるものか!!」

「貴女が何者であろうと、私は…」





―――…死んでね、永遠」




最後に、長い黒髪が目の前を通り過ぎた。




「…わ、永遠」
誰かに呼ばれ、目を開く。
「ん…」
「こんな所で寝ると、風邪引くよ?」
気付けば、紅桜が上から顔を覗き込んでいる。
居眠りをしていたらしく、永遠はソファに腰を下ろしていた。
織らず、手を伸ばして彼女の頬に触れる。
「永遠?」
ぼんやりと寝ぼけたままで、永遠は何度か瞬きを繰り返した。
「不思議な…夢を、見た」
「え?」
呟きがよく聞き取れず、紅桜は聞き返す。
伸ばしていた手を引き戻し、前かがみに深く座った。
長い髪が肩口から流れ落ちる。
「いや…何でもない」
「なぁに?寝ぼけてるの?ヘンな永遠」
紅桜はくすくすと笑いながら、テラスへと洗濯物を干しに行った。
明るい日差しの中、小気味良いテンポで歌声が聞えてくる。
頭痛にも似た痛みにこめかみを押さえた。
ゆっくりと身を起こし、背もたれに身体を預ける。
大きくため息をついた。
「…まさか、な」
天上を仰いだ彼女の瞳には、小さな憂いが映っていた。




―――…死んでね、永遠




聞き慣れた声が、確かに心を締め付けていた。





END
あとがき。
さてさてさて!
一気に、クライマックス突入予告!みたいな話でス。
これからのことと、今までのこと、
全部まとめて(?)書いてみました。
基本的に、永遠が『永遠の命』から逃れる術はありません。
が、バッドエンドにはしない・・・つもり、何ですが・・・どうだろう。