雪が降る。
ふわりふわりと、舞い踊る。



触れて消えてしまうのを、
まるでアナタのようだと言ったら笑いますか?





It's  Snowing 2





店を出ると、雪が降り出しているのに気付く。
紅く長い髪に触れながら、少女は空を仰いだ。
カラン、と背後から、扉に付いていた鈴の音が聞えた。
「おお、降ってンなぁ」
同時に、背後から聞えてくる聞き慣れた青年の声。
「そりゃ、雪の国だからね」
嘆息して、頭ひとつ分身長の高い彼を見上げる。
彼は持っていた荷物を持ち直すと、彼女の背中をとん、と叩いた。
「じゃ、行きますか」
「あぁ」
どこかで、屋根から雪が滑り落ちる音が聞えた。



カイル、リアラ、ロニ、ナナリー。
買出しに分かれて出かけたは良いが、この組み合わせは納得出来ない。
それでも、カイルとリアラを少しでも、
一緒にいさせたいという想いは同じだったらしく、
必然的にこういう組み合わせになってしまった。
ちなみに、ハロルドとジューダスは留守番である。
大きくため息をつくと、隣を歩いていたロニがこちらを見やる。
「どうした、ため息なんて吐いて」
「別に?」
ぷい、とそらされた不機嫌そうな顔を眺め、ロニは大きく頷いた。
その瞬間、ナナリーは次に発せられるであろう言葉を想像して、頭痛を感じた。
「…分かったぞ。お前、この見目麗しい俺と歩くと、自分の容姿が気になって仕方がないんだな!?」
「どこをどうしたら、そういう結論に行き着くんだい」
荷物を片手に、彼女は指を鳴らす。
気候の寒さではない肌寒さを感じながら、ロニは後ろへと1歩、また1歩と下がっていく。
「ハロルドに1度解剖してもらった方がよさそうだね」
「や、ちょっと待て。待って下さい、ナナリーさんッ?!」
「問答無用!!」


ハイデルベルグの街の端っこで、悲鳴が聞えたとか、聞えなかったとか。


城壁を越えると、比較的傍に泊めてある、
イクシフォスラーの紅い機体が目に入る。
城壁隣に泊めても良かったのだが、
何分、天地戦争時代の遺物をそうそうヒトの目に晒す訳にはいかない。
それでも、空を滑空すれば、厭でもヒトの目に映ってしまうのだが。
「こう、真白だと目立つねぇ」
手を翳して、雪の中霞む飛行艇を確認した。
寒さに身震いをして、身体を抱きしめる。
ホープタウンは熱帯地域。
このように寒い場所は、慣れるには時間がかかるようだ。
甘いものでも食べれば、暖かくなるだろうか。
思い出したように、先程、
甘いもの欲しさに買ったキャンディを、ナナリーはひとつ頬張る。
オレンジの甘酸っぱさが、口の中に広がった。
ふと、後ろから咳き込む声が聞える。
「アンタまさか風邪ひいてるの?」
気付かれる予定は無かったのか、バツが悪そうに頭を掻く。
周りに気を配ることだけは年長者なのだな、と思うのだが、
言えば調子に乗るので口が裂けても言わない。
「…あー、喉がちょっとなぁ」
「何でさっさと言わないのさ!」
莫迦にされるだろうと予想したのに、
そうではない彼女の態度に、少しだけ驚いた。
ほんの少しだけ、嬉しかった。
「悪い」
ぽん、と彼女の頭を撫でる。
どこか、彼を遠く感じて、無性に悔しくなった。
「…こういう時だけ素直になるの、やめなよ」
損な性格だ、と思う。
自分が悪いと思えば、とことん自分を責める。
他からのどんな慰めさえ、耳には入れない。
けれど、言わない。
言えない。
ガラではないと思うのだが、どういうわけか照れくさい。
何が、と問われれば、きっと分からなくなってしまう。
そんな微妙な心情。
「こっちがすごい子どもみたいじゃないか」
口を尖らせて、そっぽを向く彼女に苦笑した。
「子どもじゃねぇか」
ぐるん、と勢いよく振り返り、ロニの鼻に人差し指を突きつける。
「見かけが大人、中身が子どもよりはよっぽどいいよ」
「誰のこと言ってんだ」
悪戯っ子の様に微笑うナナリーの腕を掴み、詰め寄った。
「おや、誰のことかも分からないのかい」
べ、と舌を出す。
眩暈がするような仕草をして、ロニは手を離した。
「ったく、お前は『心配』の一言も言えねぇのかよ」
「言って欲しいんだ?」
その問いに、ロニは思案顔になる。
声が返って来ない彼に、彼女は怪訝そうに視線を投げた。




「ま、たまにはな」




一瞬、何を言われたか分からず、瞬きを繰り返す。
意味をようやっと理解できた頃には、
ナナリーの顔は真っ赤に染まっていた。
「な…」
ぱくぱくと何も言えずに口を動かしていると、
ロニは意地悪そうににやりと笑う。
「冗談だよ」
からかわれたと思ったナナリーは、更に顔を紅くする。
けれど、微かに安堵した。
「あ…」




そう言い聞かせたのは、紛れもなく自分自身で。
そう言わなければ、自分を抑え切れない気がした。
触れてはいけない。

いつか来る痛みを。



貴女に。



貴方に。





背負わせるわけにはいかない。



そう、思っていたのに。


怒りだか、恥かしさだか、ごちゃ混ぜになった感情が、
ふつふつと込み上げてくる。
「何だ、本気にしたか?」
「…するわけないだろ、この莫迦!!」
「ってぇ!?」
勢いよく、彼のみぞおちにストレート。
運が良かったのか、悪かったのか。
上手い具合に、彼女の拳が決まった。
涙目で、腹部を抑えながら、ナナリーに訴える。
荷物を落としていないことだけは、褒め称えよう。
「俺は病人だぞ?!少しは労われ!!」
ふん、と漏らすと、ナナリーは彼に背を向ける。
そのまま、スタスタと歩いていった。
「残念でした、アンタにはのどあめも何も無いからね」
ロニは立ち上がると、すぐにナナリーに並ぶ。
空いている手で、彼女の腕を掴んだ。
「あぁ、そうかよ」
「…っ?!」



振り返ると同時に、重なる影。



きっと、この想いは止められない。



「貰うぞ」
気付けば、口に入れていたはずのキャンディが無くなっている。
「な、え…ぇ…?」
何が起こったか理解出来ずに、目を白黒させているナナリー。
思わず、口元を指で触れる。
瞬間、湧き上がってくる羞恥。
「『のどあめ』」
言われて、感触と温もりが甦る。
「っの、すけべロニ!!」
持っていた紙袋の中から、缶詰やら瓶詰めの香辛料やらを投げつける。
器用にそれらを受け取りながら、ロニは早足で逃げた。
「何とでも?」
気にもしていない様子を感じ取ると、余計に腹立たしくなってくる。
何をどう言っていいのかも分からず、
行き場の無い怒りや羞恥すら、本当にあるのかすら分からない。
なので。
「あ゛
――――――ッッ、もうッッ!!!」
とりあえず叫んでみた。





霞んで消えてしまいそうだと、
言ってしまえば怖くなるのはきっと、自分の方だから。
解けてしまう雪を、留めることなど出来ないと分かっているのに。
雪うさぎを解けないように、冷凍庫に入れておくようなもの。
無理矢理に繋ぎとめたとて、意味の無いこと。




分かっているはずなのに。



触れて解け行くこの雪を、
いつまでも抱きしめていたいのに。





甘いのどあめの苦さだけが、口の中に広がった。




END
あとがき
お次は、ロニナナで。
この2人が、1番相応なラブストーリーになってくれます(笑)。
だって、カイリアはお子ちゃまだし、ジューハロは思いつかないし。
D2は、どの組み合わせも切ないなぁ。

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