真っ白な翼を広げて、一対の鳥が飛び立った。
雪と見紛うほどのその白さは、
儚く消えてしまいそうで怖かった。



白鷺






ハイデルベルグ城が見下ろす城下町。
深々と雪が積もり、時折、屋根から滑り落ちてくる。
陽が照らしていても、その雪が全て溶けることはなく、
新しい雪が降り積もるだけだった。
「いつ来ても、ここは銀世界だね」
傍らのスタンが、ルーティに話し掛ける。
「そうね」
寒そうに手を擦り合わせて、白い息を吹きかける。
暖かい服装をしていても、寒いものは寒いのだ。
比較的、温暖気候のセインガルド育ちのルーティや、
フィッツガルド育ちのスタンには、厳しいものがあった。
それでも、慣れてしまえばそうでもない。
「早く、マリーのところへ行きましょう」
「うん」
復興が進んだとはいえ、先の戦乱からそう時間は経っていない。
よくよく見れば、まだ壊れたままの場所もあるし、
簡単に修繕された家屋もある。
足元の雪を踏み分けながら、歩みを進めた。
不意に、頭上に影が落ちる。
ルーティは空を見上げた。
「?」
陽の光に反射して、はっきりとは見えなかったが、
白い鳥のようだった。
「あれ、何の鳥かしら?」
「え?」
言われて、スタンも手を翳しながら仰ぎ見る。
「鷺、かな」
「サギ?」
聞き慣れない名前だった。
悔しいが、こういったことに関しては、スタンの方が詳しい。
「そう、白鷺」
視線を戻して、頷いた。
「寒い時期でも見るんだよな」
「ここは年中寒いけどね」
「そりゃあね」
苦笑して、再び歩き出す。
「…真っ白だったわ」
ぽつりと、ルーティは呟いた。
言葉を紡ぐたびに、吐息が流れる。







「真っ白で、透き通っていて、儚くて…」






「消えてしまいそうだった?」









視線は前を向いたまま、スタンは2の句を繋げた。
思わず顔を上げて、彼を見やる。
「スタン?」
ほんの少しだけ、哀しげな顔だった。
「…心の傷、簡単に消えるものじゃないって分かってる」
ヒトの痛みを、まるで自分のモノのように言う。
悲しみも喜びも、素直に出せる彼が、
ヒトの痛みに気付かないはずが無かったのに。
「だけど、何に対しても悲観的なのは…寂しいよ」
頭と心は別のイキモノ。
誰かがそう言っていた。
頭では分かっているのだ。
決して1人ではない、と。
確かに、誰かのぬくもりを織っている、と。
けれど、心が叫ぶ。
本当にそれで良いのかと。
どこかで拒もうとしている自分がいた。
「俺は、俺にしかなれないから」
貴方の優しさは、あまりに暖かすぎて。
私には、勿体無いと感じることさえあった。
「他の何にもなれないけど」
だけど、それでも。






「俺は、ルーティの傍にいるよ」





貴方無しの世界なんて考えられなくて。
貴方のその気高さと、強さを近くに感じていたくて。



「うん、分かってる」



痛みも哀しみも全て、このヒトと分かち合っていこうと決めた。




「ねぇ、ルーティ」
呼びかけられて、スタンを見やった。
「白鷺はね、死ぬまでたった1羽の伴侶しか持たないんだ」
彼女の手を取り、自分の頬に触れさせる。
じんわりと温もりが手の平に伝わってきた。



「それでも本当に、儚くて、消えてしまいそうだと思う?」



意思の強い想い。
ソレが鷺の本能と言えば、それまでかもしれない。
けれど、たった1羽に寄り添うようにして、
戯れるその姿は、とても愛おしいものだった。
「消えないわね」
静かに呟く。
「消えないで、ね」
重ねて、紡いだ。
彼の頬から手を離し、そのまま腕に絡めた。
「…白鷺みたいになれるかな」
「なれないと思う?」
彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩き出す。
頭1つ分背の高い彼を見上げて、微笑んだ。



「思わないわ」



懐かしい声が、2人を呼ぶ。
「ルーティ!スタン!」
紅く、長い髪を揺らす女性が。
それに気付くと、ルーティはスタンから離れ、
彼女に抱きついた。
「久しいな。ゆっくりしていってくれ」
「本当に久しぶり!お言葉に甘えちゃおうかしら」
笑いながら言葉を交わす仲間に、スタンは頭を下げた。
「マリーさん、お久しぶりです」
「あぁ、外は冷えただろう。さぁ、入ってくれ。ダリスも待っている」
ぱたぱたと忙しなくマリーと共に家の中に入っていくルーティ。
先程まで触れていた手を、スタンはじぃ、と見つめた。


『…白鷺みたいになれるかな』
『なれないと思う?』
『思わないわ』


まだ触れたことの無い悲しみを、貴女は見せてくれるのだろうか。
ゆっくりと時間をかけて、2人で時を紡いでいきたい。
そう。
許されるのならば。




『死』が2人を別つまで。




白く気高い、あの鳥のように。




END
あとがき。
新婚さん!です!!(笑)
実は、この後のお話もあります!
マリーたちとのお話が(ギャグ風味で!)。
ソレはおいおい書きます。
マリーたちがハイデルベルグにいるのは、
宿屋を開いた直後だとでも思ってください。
さっきまで忘れてましたんで!(爆)
そうか。サイリルだったな。