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『キョウダイ』 |
やっと、涼気を含んだ風が通り過ぎる。 暑苦しい昼の気温も、夜になると、少しは落ち着くようだった。 ティベリウス大王を倒したのはつい先日のこと。 国中は景気付けにお祭り騒ぎ一色となった。 新しい平和な国を作ろうと、皆の心は同じ場所にあった。 勿論、その場に立ち会ったスタン達も ジョニー・シデンと共に酒盛りへと引き込まれてしまっている。 セインガルドの船が、アクアヴェイルに到達するのは明日。 それまで滞在することを余儀なくされていたのだ。 そんな中、騒がしさを嫌うリオンだけは、 バルコニーで1人、夜風に当たっていた。 (全く) そうして、内心舌打ちする。 (グレバムは逃げたというのに、こんなところで油を売っているわけには…) 事の大きさを理解しようともしない協力者達に、苛立ちさえ覚えた。 実際、理解していないわけではないのだが、 どうしても、時間を無駄にしたくない彼にとっては、そう見えていた。 考えれば考えるほど、後ろから聞えてくる喧騒は、非常に耳障りだ。 「…『神の眼』を取り戻さなければ…」 ―――だが、取り戻してどうする? 不意に、脳裏によぎる。 ―――今度は、グレバムではなく、ヒューゴが戦乱の世を招くだけだ 織らず、握っている拳が力を帯びる。 ―――そうすることに、何の意味がある? 頭を振って、夜空を見上げた。 満天の星空が、高い場所からこちらを見下ろしている。 決して手の届かぬ光が、幾度となく瞬いていた。 「…意味など、ないさ」 そう。 どこにも、意味などなかった。 己の存在する意味さえ、なかったんだ。 呟いたその時だった。 「何やってんのぉ?」 「?!」 がばり、と背中に重心がかかる。 何かが抱きついて来たのは分かったが、思考回路が追いつかなかった。 やっと我に返って、叫び返す。 「な、何をするんだ?!離れろッッ!!」 見やれば、泥酔したルーティが酒のグラス片手に絡んできていた。 ほのかに蒸気した頬を見ても、酔っ払っているのは確実だ。 「何よォ。1人で寂しそうに見えたから、相手してあげようと思ったのに」 「別に僕は寂しくも何ともない。余計なお世話だ」 「可愛くないなぁ」 ぷぅ、と頬を膨らまし、ルーティは口を尖らせる。 「アンタって、ホント生意気。すぐ怒るし、冷たいし」 持っていたグラスを傾けると、カラン、と氷の涼しげな音が響く。 未だ離れない彼女に、何か言おうと口を開きかけた。 「いっつも、ヒトと距離を置いた場所にいる」 思わず、リオンは眼を見開く。 心臓の音が聞えてはいないかと、本気で心配した。 「少しは信頼してくれたっていいじゃない」 「僕、は…っ」 急に、圧し掛かってくる先程以上の重み。 支えきれず、ルーティと共にバルコニーの床に倒れこんだ。 「ぅ、わぁッ!?」 倒れた拍子に打った背中を摩りながら、 リオンは隣にいる少女を恨めしげにねめつけた。 酔いに耐え切れず、眠ってしまったらしい。 「…この女…ッ」 風が通り過ぎ、自分と同じ黒髪が光を帯びて揺れる。 ほんの僅か、母の肖像の面影が残る顔に、言葉を失った。 ―――もし、ルーティがあの家にいたのなら、僕を… ありえないだろう仮説が、浮かんで。 ―――莫迦らしい 消えた。 『もしも』なんて、どこにもない。 『姉さん』。 呼ぼうとして、その唇は音を宿さないまま、空回りした。 変わりに紡がれたのは、謝罪の言の葉。 「すまない」 それに、どれ程の意味があるのか織らないけれど。 「あれ、リオン…と、ルーティ?」 響いてきたのは、聞きなれた間の抜けた声。 座り込んでいる2人を交互に見ると、暖かく微笑んだ。 「酔っ払ったルーティを見ててくれたんだ」 「違う。絡まれていただけだ」 ぷい、と顔を背けると、埃をはたいて立ち上がった。 苦笑して、スタンは彼女の脇に屈みこむ。 「眠っちゃったのか。仕方ないなぁ」 軽々とルーティを抱きかかえるスタンを、脇に見た。 支えることすら出来なかった、細い自分の腕を憎らしく思う。 それに気付いたのか、彼は微笑む。 「すぐに大きくなるさ」 「何のことだ」 図星をつかれて、リオンは外へと足を向けた。 「きっと、俺より強くなるよ」 「今でも、僕はお前より充分強い」 「そういや、そうか」 はは、とスタンは笑う。 そのまま、リオンは外へと出て行ってしまった。 ―――強くあらねばならない僕の心など、お前達は織らないのに 胸中で彼は呟く。 ―――何故そうやって、見透かした事を言う? それは、初めて生まれた『迷い』。 けれど、留まる事の許されない『迷い』。 腰元で、シャルティエがただ一言だけ囁いた。 『僕は、何があっても坊っちゃんについていきますからね』 「今更、か?」 クス、とリオンは微笑う。 ―――僕は僕の道を、僕に恥じないように生きよう ただ、それだけが誇りだと思えるから。 ルーティを抱えたスタンは、女性陣の部屋の前で止まっていた。 両手が塞がっていて、ドアを開けられないのだ。 考えた末に、中にいるだろう人物の名を呼んだ。 「マリーさん、いますか?」 呼びかけると、物音がした後、紅い髪をした女性が顔を出す。 「ルーティは、眠ってしまったのか」 「えぇ」 苦笑して、マリーはルーティを受け取る。 女性ながら、力はスタンに負けるとも劣らない。 「分かった、あとは任せろ」 言って、ぱたりと締められる扉。 スタンは一度その場を離れた。 しかし、すぐに踵を返す。 「明日、船が着くって言うの忘れてた」 ぼさぼさの黄金の髪を掻きながら、もと来た廊下を歩いた。 彼はノックしようと手を上げる。 (ん?) その瞬間、ルーティの声が聞えてきた。 起きたのか、などと考えている間にも、会話は進む。 「ねぇ、マリー」 「何だ?」 何故だか、声をかける気にならず、その場に立ち尽くした。 「リオンってさ、すっごく可愛くないんだけどさ」 耳に届いたのは、いつもよく口にしている少年剣士の悪口。 イケナイことだと分かっていても、 何故だか微笑ましくて、いつのまにか口元が緩んでいる。 「時々、弟みたいに思えるのよ」 酔いに任せて、軽く話す彼女は、いつもの雰囲気とはかけ離れていた。 どこが、と聞かれると返答に困るけれど。 「『キョウダイ』って、あんな感じなのかなぁ?」 本を閉じるような音がして、マリーが答える。 「そうかもしれないな」 記憶の無い自分が、『キョウダイ』をどうと尋ねられても、 はっきりとは答えようが無い。 曖昧に答えて、笑った。 「ふぅん」 曖昧な返答に、ルーティは曖昧に相槌を打った。 「『キョウダイ』って、いいねぇ」 結局、伝えきれないまま、スタンは彼女達の部屋を後にした。 何故か、ぽっかりと心に穴が開いたような、 不思議な感覚に囚われる。 ―――『キョウダイ』って、いいねぇ あの時の彼女のセリフは、何を想って紡がれたのだろうか。 とても、寂しく、切なく、愛おしく響いた。 未だ、織ることの出来ない心を、初めて、織りたいと思った。 |
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あとがき。 |
ちょっぴりスタルーで、カトレット姉弟ネタです。 本当は最後を2に繋げようと思ったのですが、詰め込みすぎになるのでやめました☆ この2人は、なんだか複雑な感じで、書きにくかったですなぁ。 |
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