大切なヒトに贈り物をしよう。
カレンダーに印をつけて、
指折り、その日を待ちましょう。


St.Valentine Day




数日前から、だった様な気がする。
ふと、ケインはそんなことを考えた。
「ミリィは、また部屋にこもっているんですか?」
新しいカタログ画面を眺めながら、キャナルが話し掛ける。
「んー?…あぁ、多分」
シートに身体を沈めて、曖昧に頷く。
そう。
ここ数日の間、ミリィはヒマさえあれば部屋にこもっているのだ。
半日以上を、と言っても過言ではないだろう。
食事の用意はきちんとするし、勿論、食事だって一緒に取る。
仕事であれば、眠たそうな眼を擦りながらではあるが、パートナーの役目をこなす。
支障はないのだが、会話する時間さえも、
少なくなっている気がするのは気のせいだろうか。
「あら?」
背後のキャナルが、声を上げた。
不思議な顔をして、彼は振り返る。
「どうした?」
「ミリィ宛てにメールが届いてます」
ミリィのノートパソコンに送信しましょうか?と尋ねてくる彼女に、
ケインは首を振った。
「いや。俺が届けてくる。ディスクに保存してくれ」
「了解」
パラパラと現れる立体パネルが、幾度か点滅を繰り返す。
作業が終わったのか、取り出し口からディスクを取り出した。
それを、後ろから覗き込んでいたケインに手渡す。
「サンキュ」
受け取ると、彼はコクピットを出て行った。



パシュ、と音がして、ミリィの部屋の扉が開く。
「入るぞ、ミ…」
「うっきゃあぁぁぁ!!」
彼の声は、ミリィの叫び声に打ち消された。
開いていたノートパソコンを隠そうともがく。
ベッドの上には、本や雑誌が幾冊も広げてある。
ミリィが動いた衝撃で、本がバサバサと音を立てて足元に散らばった。
「何やってんだ、お前」
散らばった本を拾おうと、背を屈める。
「あ…えぇと…ですねぇ…」
不自然に丁寧な言葉を使い、目は宙を彷徨う。
相変わらず、この手の嘘は隠すのが下手らしい。
半眼で、じとりと目の前の少女を見据える。
「何を企んでる?」
「何もー?」
「ほぉう、そうか。じゃあ、これは何だ?」
拾った本の中から、雑誌を抜き取った。
きっちりと印までつけてあるそれは。



「…『St.Valentine Day』特集?」



見つかっては仕方が無いと、ミリィは諦めたようだった。
「えぇ、そうよ」
ため息をついて、顔を上げる。
「大切なヒトに贈り物をする日」
ノートパソコンを開けば、膨大な量のプログラムが流れ出す。
そうして、最後のプログラムの後ろでカーソルが点滅していた。
「『St.Valentine Program』って言ってね」
流れるような動作で、キーボードの上を指が滑る。
その度に、プログラムが増えていった。
「最近、巷で流行ってるらしいの」
覗き込むケインに説明しながら、作業を進める。
「ほら、意思を持つプログラムって珍しくないじゃない?」
まぁ、キャナルのような立体ホログラムで、
重力や、物質の法則を搭載したようなシステムを持ち合わせているのは、
極めて異例だが。
それこそ、『ロストテクノロジー』の成せる業である。
「だから、そういうコ達に贈る為に創られたシステムらしいの」
「それって、意味あるのか?」
「あるわよ」
行き詰まったのか、分厚い本をめくり、文字の羅列を指でなぞる。



「『ありがとう』って気持ちを贈るんだもの」



画面と睨めっこをしながら、キーボードから指を離す。
「駄目。やっぱりこれじゃ足りない」
こっちのコマンドを重視すれば、ソートが上手く作動しないし…、
などと、ブツブツ言っている少女を、僅かに目を見開いて眺める。

いつでも言えるはずなのに、言おうとしない、感謝の言葉。
気恥ずかしいとか、照れくさいとか、
理由は色々と思いつくけれど。
だからこそ、ヒトは何かきっかけを作って、想いを伝えようとするのだろう。


出会う前は、多くの仕事をしていたのだろう。
ある程度は何でもできる彼女を少し尊敬してしまう。
プログラムの構成なんて、ケインにはさっぱりであるし、
手伝いたいとは思うが、何かできるとは到底思えない。
「そうだ」
手元に持っていたディスクを、ミリィに差し出す。
「メール来てたぞ」
「ホント?!ありがと!」
ひったくるようにして、ディスクを受け取る。
素早くセットし、違う画面を開いた。
それもまた、膨大な量のプログラムである。
「あぁ、そっか…ここをこうして…、うん、イケる!!」
「ミリィ?」
「友達に頼んでいたの。わかんないところあったから」
文字列を打ち込みながら、完結に説明する。
「明日には間に合いそうだわ」
ホッと、胸をなでおろす。
ケインは用件が終わった為、退室しようと踵を返した。
途端、後ろに思いっきり引っ張られた。
「ぅおッッ?!」
「待って!」
「マントを引っ張るな!!」
間髪いれず、叫び返すケインを、ミリィは睨む。
「何も手伝わずに行っちゃう気?」
「は?」
マヌケな声で、彼は首元をさする。
「私1人じゃ、意味がないでしょ!」



キャナルは、振り返って聞き返した。
「え?」
「だからぁ」
焦れったそうに、ミリィは急かす。
「手を出して、そこから動かないでね」
訳も分からず、言われたとおりに動くキャナル。
ご丁寧にも、疑問符が頭上の辺りに点滅した。
ミリィは自分のノートパソコンを、メインシステムに接続する。
何度か確かめた後、プログラムを実行した。
最初、映像が揺らぎはしたものの、キャナルの手の中には、
真っ白なリボンでラッピングされた包みが収まっている。
「これ…は…」
ミリィとケインは、顔を見合わせて微笑んだ。
「貴女によ、キャナル」
確かに、キャナルが触れる事の出来るものだった。
慈しむように、優しくプレゼントを撫でる。
「ケインにも手伝ってもらったのよ。私、貴女の好きな色とか織らないし」
苦笑して、ミリィは彼を指差す。
「だから、これは私達からのバレンタインの贈り物」
「開けて、イイ?」
「勿論」
リボンを解くと、中からチョコレートが出てきた。
「食べてみろよ、キャナル」
彼は先を促した。
小さなハートの形をしたチョコレートを、一粒口に運ぶ。
「…嘘…」
信じられないと言うように、キャナルは目を見開いた。
「甘い…」
やった、とミリィはガッツポーズを決める。
「成功!上手くいったわ」
「貴女、最近部屋にこもりっきりだったのは…」
くるりとシートを座ったまま回す。
にっこりと笑って頷いた。
「そ。コレを創っていたのよ」
上手くいった安心感から、身体中から力が抜ける気さえした。
「『Chocolate Program』って言うのを、改良したんだけど」
通常版では、味覚までは組み込まれていない。
幾つものプログラムを組み合わせ、オリジナルのコマンドを実行したのだ。
「一度でいいからキャナルにも、私の料理を食べて欲しかったの」
淡く微笑む。



「いつもありがとう、キャナル」



声を揃えて、2人は感謝の言葉を伝えた。
目頭が熱くなる、とはこのことだろうか。
あの時とは違う涙が、瞳から零れ落ちる。
「…あ」
僅かに首を振る。
そうして、微笑んだ。


「ありがとう」





貴方達と出会えた奇蹟に、感謝して。






「で、俺には?」
「へ?」
ぱちくりと、瞬きをしてシートの後ろに立つケインを見上げる。
持っていたチョコレートを、ヒト欠け口に放りこんだ。
「…い、忙しかったから…?」
引きつった笑みを浮かべて、ミリィは弁解を試みる。
「…忘れていたんだな」
「そうとも、言うような…言わないような」
「分かった」
言葉を返すより先に、ケインは彼女の頤に指をかけ、
先程よりほんの少し上を向かせた。
「これでいい」
「ケイ…」
紡がれかけた言葉は、不意に唇ごと塞がれた。
覆い被さるようにして、交わされる口付け。
そうして、彼女の口にあったはずのチョコレートがなくなっているのに気付く。
「ご馳走様」
「け…ケインッッ?!」
口元を抑えて、ミリィは叫ぶ。
その面は真っ赤に染まっていた。




大切なヒトに贈り物をしよう。
カレンダーに印をつけて、
指折り、その日を待ちましょう。

St.Valentine Dayに魔法をかけて。



END
あとがき。
うひひ。
何ですかね、コレは。
キャナルメインにしようと思ったら、ケイミリメインになっちゃいましたよ。
可笑しな話だ。
今度こそ、キャナルメインにしよう!そうしよう!!
時期は外れましたが、バレンタイン小説です。