綺羅綺羅しい星々に、小さく小さく祈りましょう。 |
祈望 |
朝食の片付けをしながら、娘は小さく声を上げる。 その声に、目の前の青年が僅かに視線を投げた。 上げようとしていた腰も、そのまま、椅子へと戻される。 「どうしました?かすみ」 かすみと呼ばれた娘は、持っていた食器を傍にいた金髪の少女へと手渡す。 「三日月様。今日って、七夕じゃありませんか?」 言われて、日にちを思い出してみれば、彼女の言った通り七夕の日。 「そういえば」 「ね、三日月様。笹飾り作りましょう」 「笹飾り作るの?」 食器を流しに置いてきたらしい金髪の少女が、かすみへと小首を傾げて尋ねた。 ゆるくウェーブのかかった髪は、動くたびに光を帯びて煌く。 厳密に言えば、『少女』ではない。 「じゃあ、アヤも手伝うよ!」 彼女は生まれてからずっと、仙人に仕える光仙鳥。 性別は持ち合わせない。 今は、ヒトの姿を取っている為、 主人であるかすみと同じ性を形作っているだけなのだ。 「確か、私の部屋に色紙があったはずだから…」 楽しげに相談し始める彼女達に、三日月は微笑む。 1人でいる時には、そんな世俗の行事に感心など持たなかった。 否、持つほどの心の余裕が無かったのかもしれない。 大人数でやれば楽しいことも、たった1人では虚しさだけが残る。 そうしてまた、願いや祈りは、仙人である己が身には、意味の無いことに思えた。 「では、私は笹を調達してきましょうかね」 「いいんですか?」 「うんとおっきいのがいいな、三日月様!」 わぁ、と少女達の瞳が輝く。 そんなにも喜んでもらえるのなら、働き甲斐があるというもの。 三日月はそんなことを思いながら、部屋を出て行った。 「三日月様」 どの辺りまで探しに行こうか、などと考えていると、後ろから不意に呼ばれた。 「かすみ」 「私も行きます」 昔よりも伸びた髪をなびかせ、女性となった少女を見やる。 「かすみはアヤ達と飾りを作ってなさい。私は1人で大丈夫ですから」 柔らかく申し出を断ると、三日月は優しく頭を撫でた。 この雲上の館に来てから、よく彼がしてくれた仕草。 宥めるでもなく、子ども扱いするでもなく、ただ、愛おしく。 もう子どもではないのに、不思議とそれは心が安らいだ。 「分かりました、待っていますね」 僅かに頬を赤く染めながら、かすみは微笑んだ。 その様子が可愛らしくて、三日月は思わず彼女の腕を引き寄せる。 「行ってきます、かすみ」 言って、頬に口付けをする。 彼の長い髪が、陽に透けて、かすみの肩に流れた。 浮雲に乗っていってしまった想い人の背を眺めながら、 かすみは脱力して、その場に座り込んだ。 「び…びっくりしたぁ…」 信じられないほどに、心臓は高鳴り、 顔はみるみるうちに紅潮していく。 先程触れられた頬には、まだ温もりが残っている。 「皆の所…行かなきゃ…」 ばくばく言う心臓を抑えながら、何とか平常心を保とうとする。 しかし、それほどの衝撃がそう簡単に抑えられるかどうかは別問題である。 居間に戻れば、アヤの親のカリンと共に、 アヤが色とりどりの飾りを作っていた。 「わぁ、沢山出来たね」 「うん!短冊もあるよー」 にこやかにそれぞれを掲げるアヤに、かすみは笑みをこぼす。 「ホントだ」 「かすみも何か願い事を書きますか?」 「そうだなぁ」 カリンから手渡された短冊を眺めながら、椅子へと腰掛ける。 うぅんと唸ってから、筆を手にとった。 「なぁに?何て書くの?」 興味深々に覗いてくる少女から、短冊を隠して、ぺろりと舌を出す。 「内緒」 「見せてよぉ、かすみちゃ〜ん!」 「だ・め」 「ケチ」 根気強く粘るアヤにも、かすみは短冊を見せない。 とうとう彼女は諦めて、自分の短冊に手をつけ始めた。 「いいもん。アヤも書いたの見せないから」 「いいですよーだ」 子ども達のケンカに、カリンはクスクスと笑う。 「ほらほら、2人とも。そろそろ三日月殿が帰って見えますよ」 彼は白く細い指で、器用に紙縒りを作っていた。 言外に仲良くしなさい、と訴えている。 まぁ、本人達も本気で仲違いしているわけではないので、 その忠告も優しいものだ。 2人は笑いながら返事をすると、再び短冊へと目を落とした。 陽も大分傾いて、蒼かった空が橙に染まり始めた頃。 三日月の気配をいち早く感じたかすみが、玄関先まで出迎えた。 「おかえりなさい、三日月様」 「ただいま、かすみ」 けれど、何も持たない彼を不思議そうに眺める。 「三日月様、笹は?」 「ここにありますよ」 言うと、懐から小さな宝玉を取り出す。 じぃ、と見れば、その中に小さく笹が映し出されていた。 「これは?」 変わらず、不思議そうに見つめてくる彼女に、 三日月はふふ、と笑う。 「見ていればわかりますよ」 「はぁ?」 ワケも分からないまま、 彼につれられて、居間の窓の外へと立つ。 目を閉じて、何事かを呟く師匠の手元を、かすみはじ、と見つめる。 ふわり、と宝玉が宙に浮かんだかと思えば、 それは地中へと吸い込まれていった。 綺羅綺羅と光が漏れ出し、風が舞う。 次の瞬間には、館の屋根までもある大きな笹が姿を現した。 「わ、あ!」 居間の中から眺めていたアヤも、感嘆の声を上げる。 不意に、頭上から声が降ってきた。 「お、何だ何だ。面白そうなことをやっているじゃないか」 聞き覚えのある声を見上げれば、浮雲に乗った西と東の風神がそこにいた。 「香西様、東風」 「何を始めるんだ?」 身軽に降りてきた2人へ、アヤは無邪気に答える。 「七夕のお祭りなのっ!」 神族である2人には馴染みの無い行事である。 香西は織っていたとしても、もう1人は聞いたことも無い。 東風はきょとん、と首を傾げた。 「タナバタ?」 「こうやって、短冊に願い事を書いて吊るすんだよ」 「そんなことして叶うのかよ?」 大体、誰が叶えてくれるんだと言わんばかりである。 「まぁまぁ、東風」 宥めに入る香西。 「叶う、叶わないは関係ないんだよ」 「じゃあ、何の為に?」 矢次に聞いてくる彼へ、香西はどう説明しようかと苦笑する。 「再確認、かなぁ」 飾り付けをしながら、かすみが口を開く。 「自分の中に、どんな思いがあるのかなって再確認」 持っていた飾りを括りつけると、2人へと振り返った。 「で、少しだけお星様に勇気を貰うの」 いつだって足りないのはほんの少しの勇気。 微笑みながら言う彼女は、さながら女神の様。 いつまで経っても清らかな心根で、しっかりと前を見つめる強い眼差し。 彼女なりの解釈は、いつも希望が満ちている。 「私も、かすみの意見に賛成ですね」 三日月も微笑み、頷いた。 「何か都合良くねぇ?」 むぅ、としたままの東風に、カリンは短冊を差し出す。 「いいじゃないですか。願い事なんて、いつも都合良く出来ているモノですよ」 言われてみれば、願い事などそんなものだ。 東風は、筆を借りると大きく走り書きをする。 「お。言ってくれるじゃないか」 彼の書いた短冊を覗き込むと、 香西は嬉しそうに、東風の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。 「だって、目指すだけじゃつまらないじゃないですか」 笑いながら、東風は抑えられた体勢を何とか保つ。 『葛西様を超えられますように!!』 そうして、最後の飾りを括りつける頃には、とっぷりと陽は暮れていた。 月が浮かび、星が煌く。 風が、涼を運んでくる。 「皆さん、西瓜が切れましたよ。中でお茶にしましょう」 カリンの声と共に、皆、居間へと入っていく。 そんな中、かすみは1人残って、 こっそりと1枚の短冊を括りつけようとしていた。 「かすみ?」 館へ戻る寸前に、三日月が気付いて、声をかける。 ぎくりと身体を強張らせたのが、薄闇の中でも分かった。 「何やってるんです?」 「いえ、何もっ!」 不自然に声を高くする彼女に、三日月は怪訝そうに眉を顰める。 近付いてくる彼から逃げるように、短冊を後ろ手に隠した。 けれど、三日月はいとも簡単に、それをひょいと取上げた。 「あぁッッ!」 取り返そうと手を伸ばすが、何分、三日月の方が背は高い。 飛んでみても届かない。 僅かばかり零れてくる、居間の光で彼は短冊に目を通した。 見れば、真っ赤な顔をして、かすみは俯いている。 『三日月様とずっと一緒にいられますように』 それは、いつか。 三日月がかすみへと望んだこと。 「かすみ」 「は、はいっ!」 ため息をついて、三日月はかすみを見下ろす。 短冊を見られた羞恥心で俯く彼女を、優しく抱きしめた。 「こういうコトは、星にではなく、私に直接言って下さい」 がば、と顔を上げると、穏やかな愛しいヒトの微笑み。 「私は、かすみの我侭だったら、どんなことでも叶えたいんですから」 嬉しさと、愛しさがいっぱいの心をどうしたら伝えることが出来るのだろうか。 「…はい」 頷く彼女の頬へ、手を触れる。 どちらからともなく、目を閉じて。 どちらからともなく、口付けた。 ゆっくりと離れると、耳まで真っ赤なかすみの顔に、 三日月は織らず顔が綻ぶ。 「あ、あの、まだ慣れて…ないから」 必死で弁解しようとする彼女が可愛くて、 抱き締めていた身体を強く引き寄せる。 「慣れなくてもいいですよ」 「え?」 「いつまでも、可愛いお前が見れるからね」 くす、と笑う彼の言葉をどこまで信じたものかと、 かすみは思わず噴出した。 綺羅綺羅しい星々に、小さく小さく祈りましょう。 一番愛しいあのヒトに、両手いっぱい望みましょう。 きっとそれは、どんなことより倖せだから。 END |
あとがき。 |
とうとう書いた、『雲上楼閣奇談』小説です。 この2人の、甘いの書きたくて書きました! どこら辺が『年中無休』なのかと思われても、 何となくで察してください!!(オイ) この2人って、年中無休でいちゃついてそうじゃないですか。 |
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