雪が降る。
ふわりふわりと、舞い踊る。



触れて消えてしまうのを、
まるでアナタのようだと言ったら笑いますか?





It's  Snowing 3





深々と、降り積もる雪を窓から眺める。
イクシフォスラーの中は、外の寒さから想像も出来ないほど暖かい。
いつ降り始めたのかすら分からない雪が、窓を段々と覆っていく。
それでも、中の暖房のせいだろう。
窓へ触れた雪が、ゆっくりと解けていく。
その繰り返される様を、ジューダスはぼんやりと眺めていた。
操縦室の端では、ピンクの髪をした少女が何やら鼻歌交じりに作業している。
見た目こそ少女ではあるが、パーティ内では、1番の年長者である。
軽く嘆息して、またぼんやりと窓の外を見やった。
どこまでも白く続く雪原。
その先を見てみたいような、けれど見たくもないような。
手足を囚われる、不可思議な感覚に襲われた。
「いくら頭脳派だからって、留守番もつまらないわねぇ」
唐突に発せられた台詞に驚くこともせず、ジューダスは彼女に視線を投げる。
彼女も手を休めることなく、鼻歌を続けた。
「…年代で行けば、僕達は年寄りらしいからな」
「ふむ、納得」
皮肉交じりの言葉さえも、彼女の前では意味を成さないらしい。
暖簾に腕押しの状態に、彼は再び嘆息した。
「あんまり外ばっかり見てると、連れて行かれるわよ?」
内心、ぎくりとしながらも、平静を装う。
彼女の前では、あまり意味の無い行為だったとしても。
「何に?」
「んー…私に?」
現実味のある発言に、寒気を覚える。
「…縁起でもない」
「あら、失礼だコト」
言うが、気にもしていない様子で、
ハロルドは手元の怪しげな薬の数々を、大事そうに救急箱に片付ける。
ジューダスはソレを見て、絶対にあの救急箱に触れるまいと心に決めた。
「でも、ホント気をつけなさい」
立ち上がって、窓際に寄り添う。
結露が纏わりつくガラスを、手で一筋擦る。
そこからまた水滴が流れた。
「自分を見失う、か?」
喉の奥で笑う彼に、静かに問う。
「アンタには必要ない?」
けれど、彼は仮面の奥で目を伏せるだけだった。
竜族の髑髏で作られた仮面は、顔を隠すだけではない。
「どうだか」
「ま、いいけど」
これ以上は、何も言わないであろう。
ハロルドは嘆息して、話を転換する。
「非科学的なこと言っていい?」
振り返って、ぐふふと笑う。
嫌な予感を覚えつつも、ジューダスは先を促した。
「それは夢がある、と解釈してもいいのか?」
「うぅん、まぁそんなとこかしら」
口元に指を当てて、可愛らしく首を傾げる。
この容姿に騙されたものが、過去何人…否、何十人居ただろうか。
「コレ見てると、アンタを思い出すわ」
くるんと跳ねたピンクのクセ毛をいじりながら、外を指差した。
「雪?」
不愉快そうに、彼は眉を顰める。
実際、何に対しても興味は示さない彼ゆえに、
本当に不愉快かどうかさえも分かりづらかった。
「そ」
それでも、彼の様子を気にすることもなく、ハロルドは続ける。




「どこまでも真白に純粋で」




真白な雪に、誰かを重ねて。




「触れてしまえば、逃げるように解ける」




目の前の誰かは、決して素直に頷きはしないだろうけれど。




しかし、ハロルドは言ったところで、ふぅむと唸る。
「違うわね」
大きく頭を振ると、あぁでもない、こうでもないとぶつぶつ呟く。
ようやく答えが出たのか、顔を上げた。




「解けてしまうと分かっているから、触れられないようにしてる」




満足げに頷く彼女に、ジューダスは苦笑する。
「…そうかもしれないし、違うかもしれない」
どこか突き放した物言い。
彼らしいと言ってしまえばそれまでだが。
ハロルドは不満であったらしく、口を尖らせた。
「やっぱりアンタは雪だわ」
がりがりと頭を掻く。
足もとでは、忙しなく爪先を床に打ち付けている。
苛ついているのだろうか。
ふと、そんなことを思った。



「絶対に、触れさせてはくれないもの」



ジューダスは、言われて目を細める。
肯定とも取れるその態度は、余計にイライラを募らせる。



「昔の傷に、触れさせてくれないんじゃない」



言い募る彼女へ、何も言わずに耳を傾けた。
落ち着き払ったその表情すら、憎々しげに思える。



「触れさせたとしても、心を許してくれない」



あぁ、きっとこいつは何を言っても受け入れる。
自分に対する誹謗中傷は特に、何の疑いも無く。



「私、アンタが笑ったところって、まだ見たことないわ」



何故、こんな少年がそこまでしなくてはならないのか。
ハロルドには不思議でたまらない。
痛々しいとも違う。
ただ、不思議なのだ。
「僕は笑うこと自体、少ないと思うが」
「そういうことじゃないのよ」
彼の台詞を遮って、ハロルドは首を振る。
「私が言っているのは、そういう事じゃなくて」
諦めた。
呆れる、とも似ている。
そんなため息をつくと、ジューダスはシートに深く身を沈めた。



「…分かっている」



ただ、ぽつりと呟かれた。
弱音にも聞えるその台詞は、普段の彼からは想像も出来ない。



「あまりにたくさんのことが1度にありすぎて、心がついて行かないんだ」



本当は、もうココにはないはずの生命。



「昔は、こんな風に色々なことを考える余裕すら無かった」



怒ることも。
呆れることも。
本当ならば、叶うことのない生命。



「だから今は、もう少しだけ…」



たくさんのことを、この身体で、心で感じたい。



今ココに生きているという、轍を残したい。
例え、それがいつか消え行く轍であったとしても。



「そうね」
ふぅ、と息をつき、ハロルドは手前のシートに座り込んだ。
「焦っても答えはでないわね」
足で床をければ、くるりと廻る座席。
右に廻すと、次は左に。
暇つぶしとも思える仕草。
「私が悪かったわ」
「素直に謝られると、気味が悪い」
視線をそらした彼に、ハロルドは頬を膨らませる。
「可愛くないわねぇ」
そうして、悪戯っぽく笑うのを、彼は織っている。




「ま、いいけど?」




「別に、僕も構わないさ」




2人は同時に微笑んだ。
勿論、ジューダスはすぐに笑みを引っ込めて、
ハロルドはソレを見て大爆笑ではあったが。





切なく舞い行く、雪へと想う。



交わらぬはずの轍が、交わったあの日から。
織ることのなかった感情が渦巻く。



手に入れることの許されなかった場所が、振り返ればすぐにある。





触れて消え行く、雪へと想う。



物言わぬ雪が、思い思いの心を包む。
暖かく、冷たい雪だけが、彼らの心を覆っていった。





END
あとがき
で、ラストのジューダスとハロルドです。
この2人は甘いのって、似合わないのですよ。
なので、こんなのになってしまいました。
2人とも、なぁんかナナリー達とは違うケンカ腰(笑)。
どうだろうな、こんなの。

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