独りぽつんと影法師。 振り切るように、歩き出す。 |
V s z |
空に向かって、腕を突き出す。 ファラは思いっきり背伸びをした。 「うん、今日もいい天気」 満足そうに頷く。 さて、と呟くと、彼女は傍の家へと足を向けた。 大きく息を吸い込んで、口元に手を添える。 「リッド、朝だよ!」 紅い髪をした少年が眠るベッドへと、大声で呼びかけた。 くぐもった声が聞えると同時に、蒲団を被って、 更に奥へと潜り込んでしまった。 「もう、リッドってば!!」 「あと…50分…」 「莫迦なコト言ってないで、さっさと起きて!」 無理矢理に蒲団を引き剥がし、力任せに彼を起き上がらせる。 寝ぼけ眼で、欠伸をひとつ。 頭を掻きながら、へら、と笑った。 「…はよ、ファラ」 まだ寝ぼけていることを確信するが、 暫くすれば、そのうち覚醒するだろう。 「玄関開いてたよ」 呆れて、ため息をつく。 「ったって、盗られて困るモンねぇし」 ベッドから降りて、ファラの横を通る。 日差しが強かったせいだろうか。 やわらかなお日様の匂いがした。 「用心に越したことないでしょ」 「へいへい」 タンスに入っていた服を、ベッドへと放り投げる。 話半分しか聞いていないリッドに、ファラは階段を下りながら振り返った。 「返事は一回!」 彼女のお節介振りは健在である。 ふと、そんなことを思った。 ラシュアンに帰って来て、数ヶ月。 未だ、実感があまり湧かない。 インフェリアとセレスティアを繋ぐ橋は、もう無い。 唯一の手段、バンエルティア号も、 部品が足りないと嘆きながら、チャットが修理に奮闘中である。 「やっと来た」 着替え終えて降りてくると、朝食の準備は万端に整っていた。 軽く焼いたバケットに、ハムエッグ。 サラダと、甘酸っぱい薫りのフルーツ。 「お、美味そうだな」 用意された席に掛けて、テーブルを見渡す。 2人分の食事。 「チャットの分は?」 「外で食べるからって、お弁当にして持って行ったの」 ファラは、コトリ、とミルクの入ったカップを手元に置いた。 自分も席につくと、2人揃って、手を合わせて『いただきます』をする。 帰ってきてから、リッドかファラの家で食事を共にするのが殆どだ。 習慣染みていると言った方が適切かもしれない。 切り分けたバケットを食いちぎりながら、リッドはファラに口を開く。 「…お前さぁ、あんまりこういうコトしてると、村の奴等から勘違いされるぞ」 ミルクをひとくち流し込むと、彼女は首を傾げる。 「勘違い?」 言い難そうに、顔を顰める。 彼は口の中のものをミルクで流し込んだ。 「『そういう』仲だって」 「ヘンなの。チャットもいるのに」 何を言い出すかと思えば、そんな風にファラは笑い出す。 「そりゃ、まぁそうだけどさ」 彼女の笑顔に毒気を抜かれながら、ひとつため息をついた。 「それとも、リッドは勘違いされたら困るの?」 「は?」 質問の意図が掴めず、否、把握できずに、瞬きをした。 「『勘違い』じゃないって思ってるのは、私だけ、かな?」 その台詞で、意味を瞬時に理解して、リッドは僅かに頬を染める。 「あ、っとだな…」 しどろもどろになる彼に、ファラは思わず吹き出す。 「そろそろ、仕事に行かなきゃね」 立ち上がるファラを睨むと、リッドは更に頬を紅くした。 幼子が不機嫌になる様とよく似ていると、常々思ったものだ。 「…からかったな」 破顔して、空いた器を流しへと運ぶ。 くるりと振り返って、クスクス笑った。 「別に、からかってないなんて言ってないもん」 その返事に、確かに、と唸る。 背を向けたまま、腰掛けているリッドの背中に軽く寄りかかった。 微かな重みが、何故か安心出来た。 「でも、嘘じゃないからね?」 背中あわせでも分かる温もりを、 こんなにも愛おしいと思う日が来るだなんて思わなかった。 「分かってる」 リッドは返事をすると、残った料理を押し込んだ。 暖かい日差しの中、穏やかな風が通り過ぎる。 ファラの足元には、影法師がひとつだけ。 見下ろしたのは久しぶりだった。 否、見ないようにしていた。 たった独りだけだと、思い織るのが怖かった。 「ファラ?」 「ん?」 俯いている少女を、怪訝そうに眺める。 何でもないフリをして、顔を上げた。 「どうした?」 ほんの一瞬だけ、目を見開くファラを、リッドが見逃すはずがない。 「何でもないよ」 笑いながら、彼よりも先を歩く。 言い切ってしまう彼女から、本音を聞く事は殆ど不可能だ。 心の傷は、頑なにひた隠す。 それが、彼女がこれまで培ってきた生き方なのかもしれない。 己の弱さで、誰かが傷付くのを恐れる優しさ。 それが彼女の強さであり、脆さ。 「…あんまり、背負い込むな」 全てを分かってやる事は出来ないから、 リッドは、今自分が口に出来る、精一杯を言葉にする。 せめて、彼女の負担が少しでも軽くなるように。 もどかしい気持ちが、そこにあった。 ファラを追い越しながら、ポン、と軽く頭を叩く。 ―――あ… 影が、重なる。 通り過ぎようとした彼の腕を、強く掴んだ 「リッド!」 「ぅわ?!」 強い力に引かれ、思わず後ろに倒れそうになる。 寸でのところで踏みとどまり、2人一緒に安堵の息を漏らした。 おかしくなって、笑い出す。 「ね、手繋いでもいい?」 少しだけ頬を朱に染めて、ファラは口を開いた。 紅くなったり、目が泳いだり、戸惑いながらリッドはぶっきらぼうに手を差し出す。 「ん」 いつまでたっても少年のような彼に微笑みながら、 ファラはそ、とその手を握った。 貴方と一緒に、ずっとこうして歩きたかった。 ひとつだけれど、独りじゃない。 大地が映す影法師。 何故だかとても嬉しくなった。 END |
■あとがき■ |
カップリングがすきなのか、私。 |
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