空が高い。
白い雲が渦を巻くようにして、空へと吸い込まれていく。
こんなにも蒼く、蒼い空は久しぶりに感じた。
そうして、想う。



貴方がいないだけで、この世界はこんなにも色褪せてしまうのだと。




遠かった背中は、すぐ目の前にある。
永かった鬼ごっこは、きっともうすぐ終わるのだろう。

6iBYb


―――…炎獄鬼!!」
呪の終わりと、呪の発動。
同時に担う、その言の葉。
久しく忘れていた、召喚魔。
彼らは胸が躍るのを感じていた。


―――戻ってきた


はやる気持ちを抑えきれず、
思わず八百鼡は彼の名を呟いた。
「…紅孩児様…!」
涙が溢れそうになる。
嬉しさで、口元が緩んでくる。
操られていたはずの、我等が主君。
それでも、彼らは選んだのだ。
己の主君に、どんな姿形であったとしてもついていく、と。
例えそれが、果てのない鬼ごっこのようであったとしても。




早足で歩く主君の後ろを、八百鼡は付き従う。
独角はといえば、珍しく黙って紅孩児の隣に並んでいる。
その面は、何も言わずとも喜んでいた。
少し行くと、崖があった。
先ほどの戦闘場所と同じく、下には大きな河が広がっている。
紅孩児は不意に立ち止まる。



「…すまなかった」



ぽつりと漏らされた謝罪の言葉。
「紅?」
独角は怪訝そうに首を傾げる。
聞えているのか、いないのか、彼は続けた。
「決めたと言いながら、俺はまだ迷っていたのかもしれない」
強く、拳が握り締められる。
自分の不甲斐なさに、一番嫌悪を覚える彼だからこそ、見せた憂いの瞳。
絶対に涙は見せない、寂しげな表情。
上に立つ者であるからこそ、弱みを見せず、弱音は吐かない。
「そこにつけこまれた」
震える拳を、八百鼡はそ、と包む。
「いいじゃないですか」
強く握られていた手をゆっくりと解いていく。



「迷わないヒトなんていません」



手の平を見れば、皮膚が裂け、血が滲んでいる。



「悩まないヒトなんていません」



八百鼡は、腰元を探り、薬を取り出す。



「もし歩けなくなったのなら、私達が貴方の足になります」



血止めの薬を塗ると、彼女は手を放した。




「だから、貴方は貴方の信じる道を進んでください」




私達は、どこまででもついていく。
言外に言う、彼女の笑顔。
一瞬、紅孩児は言葉を無くした。
振り向けば、信頼を置いている部下が2人。
「ま、そういうこった」
そう言って笑う独角に、頭をがしがしと撫でられる。
思わず体制を崩しかけて、持ち直した。




「あぁ、そうだな」




想っても、届かない想い。
名を呼べば、答えてくれた声がそこにはなかった。
たまに見せてくれた笑顔は、凍りつき、
穏やかで、意志の強い瞳は虚ろに光を宿す。
伸ばした腕は、決して貴方に触れることはできなかった。
1歩追いつけば、1歩先を行ってしまう。
追いついたと思えば、また違う場所へ。
恋のもどかしさとは違う、虚しさが広がるだけだった。



風が流れ、どこからか花びらが舞う。
八百鼡は顔を上げた。
召喚術の一種だろうか。
紅孩児の手の平に次から次へと、色鮮やかな花が現出していた。
風に舞い、全ては河の流れへと漂って行く。
「紅孩児様?」



「…手向けだ」



また強く、風が通り抜けた。



「俺が殺めた生命への、せめてもの手向けだ」



「紅…」
最後だと言わんばかりに、全ての花びらを風が攫う。
「独角、八百鼡」
踵を返し、紅孩児は真っ直ぐに前を見据えた。
「李厘を取り戻しに行くぞ」
「はい」
「あぁ」
永い、夜が明けていく。






ほら、鬼ごっこが終わりを迎えるね。





END
あとがき
これまた閑話みたいなお話です。
紅孩児殿に手向けの花を舞わせるシーンだけを書きたかった!(オイ)
紅孩児殿×八百鼡殿の雰囲気だけ漂わせてみました。
戻るでお戻り出戻りごー。