願いはそこら中に転がっている。
どの願いだってそう。
叶える願いを選ぶのは、
いつだって、自分自身だった。







空を見上げると、煌く星々。
街中であることもあり、その殆どは消えてしまっているけれど。
星の煌きは、とても儚いもの。
ほんの僅かな人工の灯でも、かき消されてしまう。
「綺麗、だな」
テラスに出ると、永遠は空へと手を伸ばした。
「わ、ホントだ」
外にいる彼女に気付いて、紅桜と瑚胡李も顔を出す。
「今日は外でお茶会にしましょうか」
にこやかに告げる瑚胡李に、2人は頷いた。


小さなシートを持ち出して、テラスへ広げる。
テラスを囲っている手すりに、永遠は腰掛けた。
瑚胡李に差し出されたティーカップを受け取り、そのまま口に運ぶ。
「流れ星」
あ、と短く声を上げて紅桜は、空を指差した。
「消えちゃった…」
「見たかったな」
「あら、永遠様。何か願い事でも?」
クスリ、と笑う瑚胡李に苦笑する。
「いや、別にそういう訳じゃないけど」

願っても、願っても、叶わない願いを織っている。
願ってはいけないことも織っている。
彼女の願いは、手の届かない場所にある。


『永遠』の鎖から逃れることは出来ない。


「古人も面白いことを考えましたわね。流れ星に願いを、だなんて」
興味深そうに、瑚胡李は唸る。
もともと、陰陽道にも通じる双闘珠の少女である。
天文学近辺に興味があるのも頷けた。
「そうだな」
「紅桜は、星に願い事とかやってそうですわね?」
「別に」
からかい混じりの少女に、紅桜はきょとんと首を傾げる。
よく分からない、と言った表情だった。
「星になんて、願わないよ」
この妖かしは、どこか不思議なところがある。
瑚胡李は出会った頃から、時々感じていた。
感情表現が豊かなくせに、ふ、と冷たく、乾いた雰囲気を感じさせる。
気付いてはいたのだ。
「紅桜、貴女…」
「何?」
微笑って言うが、その瞳の奥にはそれ以上の言葉を許さない光が宿っている。
ぞくり、と寒気を感じた。
不意に、永遠が紅桜の頭を掻き乱す。
「コラ」
「何すんのぉっ!?」
凍りかけた雰囲気を察してか、永遠がぶち壊しにかかった。
「紅茶が冷める。さっさと飲め」
足元のティーセットを見やれば、湯気がだんだんと細くなっていた。
「はぁい」
座り込んで、自分のお茶に口をつけた。
瑚胡李は、無言で永遠を見つめる。
それに気付くと、済まなそうに微笑うだけだった。
最近、ココに来たばかりの瑚胡李には、まだ織らないことばかりだ。
だけれど、この2人の絆が異様に深いのは分かる。
何故かは織らないけれど。
それはさながら、ベルリンの壁のように、彼女達と瑚胡李を隔てた。
「永遠様、お茶のお代わりは?」
「お願いしようかな」
空になったカップを渡し、永遠はもう一度空を仰ぎ見る。
紅茶を注ぎながら、瑚胡李は思う。
恐らく、今の己に出来ることは、ただ、自然に振る舞うこと。
彼女達が、いつか話してくれるまで待つこと。
余計な詮索をすれば、永遠は話してくれたにしても、
紅桜は2度と心を開いてはくれないだろう。
彼女だけは、何故か異質で、頑なだ。
その理由も、永遠は織っているのだろうか。
考えれば考えるほどキリがない。
「電話」
永遠が家の中で鳴り響くコールに気付き、立ち上がる。
「あたしが…」
「いや、私が行くよ」
紅桜の申し出を断って、家の中へと入っていった。
暫くの沈黙。
「瑚胡李」
紅桜がポツリと呟く。
視線だけ投げて、返事をした。
「…ゴメン」
「何が、です?」
努めて冷静に返す。
「何でもないけど、ゴメン」



―――あぁ、そうか



瑚胡李はゆっくり、と感じていくものに目を閉じた。
同じ心を病んでいた者だからこそ分かる、不安定さ。



―――この者もまた、私と同じなのだ



膝を抱えて、紅桜は俯いた。
「本当は、願い事なんて…ないの」
「え?」
俯いている表情は見えないが、どんな顔をしているのかくらいは分かる。
星の煌きだけが、地上を照らした。
ほんの僅かな光だけれど、暗闇から全ての輪郭が浮かび上がる。
「だから、さっき言われた時、怖かった」
自分がおかしいのではないか、と。
誰だって自分の為の願い事が、腐るほどあったって不思議ではない。
けれど、紅桜の中には何もないのだ。




「だって、永遠さえ笑っていてくれたら、あたしは何もいらない」




顔を上げて、真っ直ぐに瑚胡李を見つめる。
ウソを言っていないと分かった。
ソレほどまでに、一途に。
恋愛感情ではない。
1人の人間として、永遠を慕い、共に歩もうとしている、決意の表れ。
ただ、一心に。
「永遠だけ、なの」
この2人の間に、どれほどの絆があるのか。
同じくらいの支えに、自分はなれるのだろうか。
瑚胡李は考える。
「あたし、ヘンなのかな」
困惑気味に瞳を揺らす彼女に、瑚胡李はお茶菓子を差し出した。
蜂蜜たっぷりのクッキーだ。
「おかしいかどうかは、己自身で決めること」
菓子を1つ取って、口に入れる。
甘い蜂蜜の風味が一瞬で広がった。
「貴女がそれを信じているのならば、貫けばいい」
紅桜が菓子を取るのを見届けて、瑚胡李も1つ菓子を取る。
「それこそが、貴女の願いなのでしょう?」
普段とは違う、少しだけ大人びた笑顔。



ベルリンの壁は、壊された。
彼女たちともまた、隔てられるものはないのかもしれない。



抱えていた膝を崩すと、紅桜は空を仰ぐ。
「…ん」
短く、ゆっくりと返事をした。




昔、欲しがったのは、叶うこと無い願い事。
叶えたくて、叶えようとして、寸での所で失った。
だから今は、たった1人の為を願うよ。
今度は、あたしが貴女に手を差し伸べる番だから。






END
あとがき。
これまた番外編なお話です。
紅桜の、不安定さを書きたかったのですが、自爆。