何にでも構うくせに、一番渇いた性格してる。
迂闊に信用出来ない男。
それが、彼の第一印象だった。









行く川の流れは絶えずして









ぼんやりと空を眺めては、俯く。
幾度繰り返しただろう。
腰を下ろした河原では、変わらず水が目の前を流れていた。
小さな鳴き声がして見下ろせば、足元で心配そうに飼い猫が主人を見上げている。
「如何した、雲母」
抱き上げ、軽く頬を寄せると、嬉しそうに擦り寄ってきた。
みう、と声を漏らす。
誰かが傍に来た事に気付くと、ぽーん、と弧を描いて宙へと舞った。
「珊瑚」
人影の足元へと降り立った雲母は、彼の肩へと攀じ登った。
「何だ、法師様か」
見上げるようにして、黒衣の有髪僧を振り返る。
法師と言うには程遠い風体ではあるが、仮にも功徳を積んだ者ではある。
釈杖がしゃらりと音を立てた。
「これはまた、ツレない言い草」
苦笑して、隣に腰掛ける。
そちらを見ようともせずに、ふふ、と珊瑚は笑った。
「残念でした」
「本当に」
がっくりと、大げさに項垂れる法師を横目に、少女は膝を抱えた。
たっぷりとした黒髪が風に流れる。
「何も、聞かないんだね」
小さく、呟いた。
手元の雑草を引き千切る。
手を離せば、風に乗り、河の流れへと飲み込まれていった。
「いつも」
肩に乗っている猫の喉を撫でながら、法師は口を開いた。
「聞いて欲しいのですか?」
幾度か瞬き、弥勒を眺めた。
つい、と顔を逸らし、また空を見上げる。
「さぁ、如何だろ」
低いけれど、心地よい声が耳に届く。
何故か、落ち着いた。
「そうですか」
何気ない会話が、じん、と胸を熱くした。
暫く河の流れに耳を傾けていた珊瑚が、不意に口を開く。
「『行く川の流れは絶えずして』」
弥勒は、おや、と漏らし、彼女の後を続けた。
「『しかも元の水に非ず』」
ゆっくりと首を擡げ、法師を見つめた。
意外そうに口を開く。
「織ってるんだ」
「まぁ、多少は」
時のころは、武士が権力を持ち始めた時代。
源姓を名乗る者が、世を治めていたころ。
八幡の巫女が源頼朝に微笑みかけたころ。
鶴岡八幡宮を血で穢した源の血筋が、
後に血脈を絶やすことになるというのは、また別の話ではあるけれど。
彼等が口にした、鴨長明と言う男が綴る『方丈記』と名付けられた書物は、
『枕草子』、『徒然草』と共に、後世で三大随筆と呼ばれることになる。
「時間は此処にあるのに、止まることなく、皆思い出になっていく」
細く、長い指を唇に添える。
形の良い唇は、動く度に言の葉を乗せた。
「こうして話していることも、全て」
彼女が何を想って言っているのか。
想像することは容易だ。
だが、それは真実ではない。
彼女の口から告げられたことであったとしても、
それは事実であり、真実ではないのだ。
本当のことなど、本人にしか分からない。
「寂しいね」
抱えた膝に、顎を乗せる。
お互いに視線は合わせない。
それが、自然だと感じた。
「愛おしいですよ」
うん、と珊瑚は頷いた。
顔を傾け、法師を見やる。
「それって、切ないって、言うんだろうね」
寂しく微笑む彼女に、掛けるべき言葉が見当たらない。
寧ろ、彼女はそのような言葉を望んではいないのかもしれない。
ただ、黙って彼は穏やかに微笑み返した。
「何時かは、思い出にしなきゃいけない」
癒えたはずの背中の傷が、時折如何しようもなく疼く。
そんな夜は決まって、仲間を失ったあの日の夢を見る。
暗く、冷たく、苦しく、凄惨な。
気付かないうちに涙を流して、目を覚ます。
翌朝は、腫れぼったい目をしているであろうに、誰も何も聞かずにいてくれる。
そんな気遣いすら、申し訳無く、心苦しかった。
「分かって、いるのに」
目を伏せて、はは、と笑った。
「難しいね」
珍しく自分から身を寄せ、弥勒に寄りかかる。
肩に寄せられた頭へと手を伸ばし、髪を梳いた。
「そんなものです」
気持ち良さそうに、珊瑚は肩の力を抜いた。
さらさらと光に煌く髪が、名残惜しそうに指をすり抜けていく。
「法師様は、『お前の気持ちは分かる』って言わないよね。絶対」
「そうでしたか?」
「うん」
そうだったかなぁ、とぼんやりと呟く法師に、珊瑚は微笑んだ。
彼の手を離れ、背伸びをする。
彼の肩から膝へと降りた雲母を抱き上げ、立ち上がった。



「私、法師様のそういうとこ、好きだな」



彼の後ろに周り、雲母を弥勒の頭に乗せる。
みぅ、と鳴いて、しっかりと彼の頭にしがみ付いた。
「先に戻るよ」
彼女の後姿を見送りながら、頭上の雲母の頭を撫でた。
頭から降ろし、腕で抱き直す。
顔を見合わせると、雲母はちょこん、と首を傾げた。
「雲母、お前のご主人は大層いい女だぞ」
瞬きを繰り返し、当たり前だと言わんばかりに、雲母は鳴く。
がりがりと頭を掻くと、大きく溜息を吐いた。
「こりゃ、犬夜叉を莫迦に出来ないかもしれない」
惚れた弱みも何とやら。
尻に敷かれるのは、目に見えていた。





大切だから、大切に想ってはいけない。
共にありたいと願うから、決して悟られてはならない。
愛する者であるからこそ、同じ痛みを背負わせてはいけない。
彼女の想いを織った時、警鐘が鳴り響いたのは嘘ではない。
呪の解けないこの身で睦み合ったのであれば、
己が子を失うかもしれない恐怖と、愛する者を失うという痛みを背負わせる。
だから、未来を求めた。
穿たれた呪からの解放のその先を。
そうして、言えなかった言葉があった。






『けれどもし、その日が訪れなかったのであれば、どうぞ私を忘れてください』と。





その台詞だけは、言葉にするのが怖かった。
だから、今は。


君との未来を願い、想いを馳せよう。







END



あとがき。
歴史モノが大好きで。
所々、いらん表現も多々ありますが、仕方が無いなと見逃してください(笑)。
弥珊も好きですよ。犬かごとは違って、何処か大人な恋愛が。
しかし、弥勒様が19歳とは数えであったとしても、信じられないのは私だけですか。
25歳くらいだと思っていたのは、私だけですか。

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