レコードをかけましょう。 貴女の好きな、レコードを。 ゆるゆる廻る円盤を、私は愛しく眺めましょう。 毎年、この日に聞きましょう。 |
Record |
もう古くなったレコードを取り出し、蓄音機にセットした。 ゆり椅子に腰掛け、老人は煙管へ火を灯す。 最初は掠れたような、古ぼけた音が、 ゆっくりと音を成して動き出した。 もう何度も聞いたビートルズの曲は、いつまでも同じ時を刻み続ける。 色褪せたはずの時代さえも、色鮮やかに甦らせた。 「あぁ、いい曲だ」 老人は皺だらけの顔を、くしゃりと歪める。 煙が漂い、だんだんと広がり、消えた。 「君が好きな曲だ」 老人はまた、くしゃりと顔を歪め、話し掛けた。 そこにいる人物が頷いたようで、 彼は煙管から口を外し、白い煙を吐き出した。 その頃の自分は、外人の歌なんて、と彼女を物好きだと笑っていた。 彼女は何も言わずに、ただ微笑んでいるだけで。 掛けられた眼鏡は、大した役割を果たしていないようにも見えた。 事実、老人の目は今となっては、何も見えないに等しかったのだ。 皺枯れた手が、ゆっくりとリズムを取るように動く。 「何をするにも、口ずさんでいたなぁ」 左手の薬指に見える銀色のリングも、今はくすんでいる。 たっぷりと蓄えられた髭が動くたびに、 低い、老人独特の声が吐き出された。 「ほら、聴こえるかね?」 こくり、こくりと揺れる椅子は、メトロノームのようだ。 それが軋む度、老人の体も揺れる。 「そうか、聴こえるか」 深く頷く。 「私には、もうあまり聞こえないらしい」 大して気にした様子も無く、老人は喉を鳴らして笑った。 「それでも、思い出す」 柱時計が、ぼぉんと3回鳴った。 お茶の時間も忘れ、老人は語り続ける。 「君の声」 眠るような声で、彼は語る。 「君の笑顔」 微笑むような声で、彼は紡ぐ。 「君のことばかりだ」 ただ、愛しいヒトへと。 からからと、蓄音機が乾いた音を立て始める。 とろり、とろりと円盤は廻ることを止め、そうして、息を潜めた。 「ほら、聴こえるだろう」 老人もまた、ゆっくりと瞼を下ろす。 「君の好きだった時間が」 老人は、細い呼吸を緩めながら、微笑んだ。 「いつか、君の元へといった時」 きぃ、と椅子は揺れるのを忘れ、時を止める。 「もう一度、一緒に聞こうなぁ」 レコードをかけましょう。 貴女の好きな、レコードを。 ゆるゆる廻る円盤を、私は愛しく眺めましょう。 流れ出した歌声は、遠く遠い貴女の為に。 いつまでも。 いつまでも。 ゆるゆる廻る円盤を、私は廻し続けましょう。 END |
あとがき。 |
このお題を見た瞬間に思いついた話。 だって、ビートルズってふるいじゃないですか!(暴言) だから、何となく。 聞いたことがないってのもあるので、 その辺は多めに見てください。 ちょっと言葉遊びみたいな感覚で書いてみました。 |
ブラウザの戻るで出戻りください(待て)