何事もなくて、何でもない1日が日常だなんて、
退屈に違いないと思っていたんだ。






らの世界と関係性










「あっれぇ?」
歩いている道の延長線上に見えた人影に、キャロル・ブルーハースは素っ頓狂な声を上げた。
先程まで共に連れ立っていた紅は、
二手に分かれてパトロールした方が効率が良いと別の道を行ってしまった。
そういうわけで、今キャロルはひとりなのである。
「プリノさーん!おーい!」
少しだけ声を張り上げて、人影に向かって呼びかける。
数秒してその少女は振り返り、ぶんぶんと手を振っているキャロルに気付いたようだった。
人懐っこい笑みを浮かべ、彼は小走りでプリノ・ハーウェルの元へ走って行く。
本人が聞くと激怒するが、キャロルは歳相応よりも幼く見られがちで身長も伴っている。
まだまだこれから成長期と豪語するが、少しばかり怪しいものだ。
「キャロル、巡回ですか?」
「えぇ、紅さんもさっきまで居たんですけどね。プリノさんは?」
「ケインさんが紅茶が飲みたいと仰っていたので、お茶葉を買いに」
一方、プリノはと言えば黙って動かずにさえいれば大人びていて、
落ち着いた雰囲気のあるさぞ凛とした女性に映ることだろう。
事実、彼女は美人だ。
へぇ、と生返事で彼女の荷物を覗き込んだキャロルは引き攣った笑みを張り付かせた。
「…でもこれ玉露ですよね?緑茶ですよね?緑色ですよね?」
「………………あッ」
ただ残念ながら天は二物を与えずという古語にもある通り、
口を開けば舌を噛み、足を踏み出せば何も無いのに派手に顔面からすっ転ぶ。
食器を洗えば必ず割るし、即席麺を作らせれば中身を流し零す。
つまりは所謂、粗忽者だ。
ドジと言ってしまえば可愛らしいが、見ている方は心臓が幾つあっても足りない。
今は休暇中で離れ小島の魔物討伐隊にワケあって籍をおいている2人、
否、紅を合わせて3人だが本業は大陸の魔王軍における将軍と魔王側近役である。
「どうしましょう、私ったら!」
真っ青になって焦るプリノにキャロルは乾いた声で笑う。
「ケインさんなら、喜んで飲んでくれると思いますよ」
少しばかり遠い目をしながら、キャロルはありありとその様子が手に取るように浮かぶ。
恐らくは、いつものように我儘を言い出したケインの戯言を本気に取ったプリノが、
厚意でだったら私が買ってきますと言い出したのだろう。
そして大慌てで止めようとするケインの態度をただの遠慮だと思い込み、
こうして外へ出たのだろう。
プリノへ想いを寄せるケインが彼女の手を煩わせることを厭ったことも気付かずに。
結果はコレ、だったとしても。
「大丈夫ですって。お茶なんて飲めれば何だって良いんですよ」
「でも…」
「何なら、一緒に謝ってあげましょうか?」
「キャロルは関係ないでしょう?」
きょとんと首を傾げるプリノに、キャロルは思わず噴出す。
自分で解決出来る
――と思った――ことに関して、
彼女は友人だろうが部下だろうが手を借りようとはしない。
人一倍責任感は強いのだとは思うのだが、切ないことにいつも空回りだ。
「将軍として上官の権力でコキ使っても良いのに」
この島に来て隠し続けている役職をキャロルは簡単に口に出す。
周りにヒトが居ないからと言って迂闊ではないだろうかと思いつつも、
あまりにも長閑な風景に肩を張り過ぎかもしれないと考え直した。
「部下は部下でも、貴方達は昴さん直属の側近です」
止めていた足を動かして2人は歩き出す。
頬を、髪を撫でる風は微かに潮の匂いを含んでいて夏を思わせた。
職業上城から出ることなど滅多に無い彼らが、
こんな風に過ごせるときが来るなど魔狼の件がなければありえなかっただろう。
しかしながら内容はまだ切迫している。
こうしている間にも主である魔王、昴の腕は拒否反応に侵されているし、
プリノもまたいつ獣化するか分からない。
まるで開かない扉と扉の間を行ったり来たり繰り返しているようだ。
「魔王様、かぁ」
「キャロル?」
ぼんやりと呟く彼に、プリノは視線を投げた。
遠くで鳥が鳴いている。
「この島は平和だなぁ、と」
不思議そうな面持ちの彼女に苦笑してみせたキャロルは人差し指を立ててくるりと回す。
「僕ら所謂、危険な第一線でオシゴトしてたでしょ」
手ぶらに見えて呪符を隠し持ち、手放さない彼の本質はやはり軍人なのかもしれない。
たまの魔物討伐にしても戦い慣れしていて、臨機応変に潜り抜ける。
将軍と言っても非戦闘員であるプリノには決して真似出来ない芸当だ。
「毎日がめまぐるしくて、魔物退治とか、しょっちゅう昴さんに嫌がらせ受けたりとか」
かと言って、毎日毎日戦ってばかりいたわけではない。
城に居れば側近として昴の暇潰しにされることもあったし、
逆に何も無い日もあったけれどそれはそれでひと騒動起こしていたので静かな日常では無かった。
「だから突然平和な日常になったりしたら、退屈なんだろうなぁって思ってたんです」
色々なものを諦めてしまっていた幼少の頃。
けれどめまぐるしく変わる世界にいつの間にか感化され、そこに自分の居場所を見つけた。
自然に笑える心地良さを憶えていた。
それはめまぐるしい日々の中だけにあるのだと、信じていた。



「思って、たんですけどね」



両腕を天へと突き出し、キャロルは背伸びをする。
組んでいた両手を離せばすぅっと肩から力が抜けた。
風が止むことなく通り過ぎる。
「これは結構、クセになっちゃいそうなカンジ」
嬉しそうに、困ったように笑う彼に、プリノは小さく微笑んで目を伏せた。
緑から茶に変わってしまった枯葉が足元でかさりと鳴く。



「良いんじゃないですか、それで」



ウェーブのかかったプリノの栗毛色をした髪がふわりとなびいた。
2つに結われた長い髪はそれぞれに揺れて、動くたびに落ちた影へ重なる。
珍しく驚いたような表情をしたキャロルを視界の端に移して前を見た。
「キャロルは強いけれど、戦闘が好きではないでしょう」
「僕、そんなこと言いました?」
「紅もそうですけど、見ていれば分かります」
これでも将軍なんですよ、とプリノは冗談めかして笑う。
「私はどちらかと言うと司令塔ですし、前線に立つことは滅多にありません」
彼女の粗忽あるなしに関わらず、上官である彼らが危険の及ぶ場所へ赴くことは殆ど無い。
軍の統率を失わない為、優秀な人材を欠かない為、理由はいくらでもある。
いくら実力主義と言っても、皆が皆、部下を思い、大陸の未来を憂いているのではない。
プリノとて己が身を置いている場所が綺麗ごとばかりが通用しないことくらい百も承知だ。
だからこそ、上に立つ。
だからこそ、そこに居る。
「だからこそ、前線で戦う貴方達が傷付かないよう、犠牲の無いようと指示を出す」
漸く顔をキャロルへと向けたプリノはにっこりと微笑った。
「ヒトを見る目はあるつもりですよ」
こうもはっきりと言い切られてしまっては、彼も何も言えなくなる。
適わないなぁ、とキャロルは気恥ずかしさを誤魔化すように頬を指先で掻いた。
目の離せない上官の世話をいつも焼いていたのは自分だとばかり思っていたのに、
不意に思いがけないことを指摘されて気付かされる。
理想の関係とは少しばかりかけ離れているかもしれないが、
彼らはこれで良いのかもしれない。
可笑しくなって、キャロルは笑い出した。
「何ですか?そりゃ、私は確かに頼り甲斐のある上官ではありませんけどっ」
「いっ、いえ、すみません、そうではなくて…っ」
謝ってはみたものの、どうにも込み上げてくるものを抑え切れない。
とうとう声を上げて笑い出すキャロルに、プリノは頬を膨らませた。
理由は分からないけれど、恐らくは自分の所業に笑われているのであろうとアタリをつける。
実際そうではなかったのだけれど、
弁解するのも莫迦らしくてキャロルはもう一度すみませんと謝った。
あと少しの帰り道、そろそろ紅とも鉢合うだろう。
あまりに笑っていては、生真面目な彼からプリノに対して失礼だと叱責されてしまう。
上官と部下でも無く、先輩と後輩でも無く、
気の合う友人でも、勿論恋人などでも決して無くて。
何とも言い表せない不可思議な関係は一体どこまで続くものかと考えて、
そんなことを考えてしまう自分が可笑しくて堪らなかった。






END





あとがき。
淋明さまに捧げます。

この2人は何となく女友達みたいな雰囲気で!(キャロルに睨まれる)
ほのぼのーとしてて、時々真面目な話してて、ほわっと笑えるような関係が宜しいかと。
紅相手だとプリちゃんどっか棘があるから余計に(笑)。
宜しければお持ち帰り下さいませv
リクありがとうございましたー!

ぶらうざの戻るでお戻りください