―――健やかなる時も、病める時も、変わらぬ愛を俺に誓って頂けますか?



プロポーズは真白な六花の舞うクリスマス。
嬉しくて嬉しくて涙が溢れて、くしゃくしゃの笑顔で頷いた。




marriage




広げられたカタログには煌びやかな衣装や小物が所狭しと並んでいる。
ふわふわのシフォンドレス、滑やかなシルクのリボン、水を弾いたダリアのコサージュ。
床に広がる花の造形を模した長いヴェールに、
頭のてっぺんにちょこんと乗ったクラウン、ティアラ。
他にもまだまだありそうだ。
「命、どっから集めて来たんだ、コレ」
素直に感嘆する獅子を思わせる髪をした青年に、
紅い髪を兎の耳のように纏めた少女がちちちと人差し指を立てて左右に振った。
否、少女と呼ぶには不相応な年齢ではあるのだが、何分命は顔立ちが非常に幼い。
「凱が知らないだけで、ブライダル雑誌なんてものは腐るほどあるのよ」
へぇと曖昧に頷くと、凱は目の前に置かれていたカップの珈琲を一口含む。
彼らが居るのは命へと宛がわれた寮の部屋で、
本来ならばそれぞれの寮へ異性の行き来は認められていない。
が、その辺りは暗黙の了解なのだろう。
立場上注意せねばならない者に見つかったところで厳重処罰なんてことはまず無い。
精々、暫くの間皆に冷やかされるくらいだ。
「結婚式はやっぱり教会が良いわ。白いチャペル、紅い絨毯、鳴り響く鐘…あぁ、素敵っ!」
「楽しそうだなぁ…」
「何よ、凱は楽しくないの?」
「楽しそうな命を見てるのが楽しいな」
小莫迦にされている気がして、命は立てたブライダル雑誌に頤を乗せて口を尖らせる。
結婚式は女性の為のものとはよく言ったものだ。
飾り立てられた写真のいずれも女性用のドレスや装飾が目に付いた。
端から端まで女物のような気がして、それは強ち外れでもない。
「じゃ、その後は派手に披露宴とか?」
「んー、それなんだけどね」
テーブルに広げていた雑誌を閉じながら、命はうぅんと思案する。
思案する、と言うよりも何かを言いたげにしているように見えた凱は、
ひとつ首を傾げると彼女の顔を覗き込んだ。
高校時代からの付き合いでも、ころころと表情を変える命はとても分かりやすい。
「披露宴と二次会兼ねちゃって、GGGでパーティとか駄目かなぁ」
勿論、長官の許しが貰えるのであればと言い足したが、あまり無謀な願いとも思えない。
彼らの上に立つ人間は非常に部下想いで、皆で賑やかしくするのが嫌いでもなかった。
更に言うのであれば、結婚式だ披露宴だと全員を招待しようとも、
防衛軍とも呼べるGGGを空っぽにするワケには行かないのだ。
限られた人数で祝って貰うよりも、どうせなら皆でと命は考えたのだろう。
なるほど、と凱は頷いたがすぐに是とは返さなかった。
「俺は良いけど、お前は良いのか?」
「へ?何が?」
「披露宴って夢があるもんだろ?お色直しとかケーキ入刀とかキャンドルサービスとか」
とりあえず思い浮かぶ結婚式のイメージを並べてみる。
現実味がまだまだちっとも無かったにしても。
「あぁ、うん」
あっさりと認めた命はきょとんと首を傾げた。
「だってどこでも出来るでしょ、やろうと思えば」
彼女の口から出されたのは至極単純明快な答えであり、
確かにその通りだったがそのようなものなのかと考えてしまう部分もある。
人一倍夢見がちな命が所謂女の子の夢を妥協するとは思えない。
思えないのならやはりそれは本心なのだろう。
彼女らしいと言えば彼女らしい。
思わず噴出した凱を命はじとりと半眼で睨む。
「何で笑うの」
「いや、別に」
「別になら笑わないでくださーい」
「はいはい、ごめんなさい」
「2度言わない!」
確かに挙式自体、両親の無い彼らには近しい縁戚もまばらで招待するような人物が見当たらない。
ほぼ友人席で埋まってしまうだろう。
唯一、近しい親類と言えば凱の叔父である獅子王雷牙博士くらいで、
報告すればそれは嬉しそうに祝福してくれた。
顔も見たことのない従兄妹は招待したくても出来ないし、
見知っている従兄妹はルネ・カーディフ・獅子王だけで、
日付が決まれば命の勢いに押し切られ、渋々ながらも承知してくれるだろう。
情景はありありと思い浮かべられる。
命の親類縁者はどうやら疎遠らしく、顔を合わせたことがない。
わざと危険に巻き込まない為に距離を置いているようでもあった。
それで構わないのだと命は言うがやはり寂しくはあるのだろう。
今更、離れてしまった縁を結び直すのは骨の折れる現実だ。
例え今現在が平和であったとしても、
現在進行形でどんな危険な状況に陥るか分からない場所に身を置く彼女にとって、
先延ばしに出来ない現実だったとしても近付くのはやはり怖いのだ。
「ね、凱」
「ん?」
「倖せだねぇ」
ぽすん、と隣の彼の肩に頭を乗せて、命はくすぐったそうにはにかむ。
世の中にはマリッジブルーとやらが存在するらしいが、
どうやら自分達には縁が無いようで。
凱は命の肩を抱き寄せるとこめかみに軽く口付けて、同じように微笑んだ。




披露宴パーティの件を相談されたGGG最高指令長官を務める大河幸太郎は、
あっさりとふたつ返事で了承した。
聞き耳を立てていたらしいどんなに贔屓目があってもそうとは思えない作戦参謀総長の火麻激が、
やっとなのかと野次を飛ばす。
春に式を挙げたいと言うふたりに、火麻は唸りながら口を開いた。
「春ねぇ。お前らアレじゃねぇのか、えぇと何て言ったっけな、ジュースブランドとか何とか」
「それを言うならジューンブライドだ」
「煩ぇな、ちょっと間違えただけじゃねぇか!」
本気で間違えたらしい火麻と訂正を入れる大河はまるで漫才のような会話を繰り返す。
「だって梅雨真っ只中じゃジメジメするし、暑いし、現実問題面倒なんですよ、6月は」
命のここら辺りがただの夢見る少女でないところだ。
希望としては青空の下でヴェールをなびかせて、
高く放り投げたブーケを誰かに受け取って貰いたい。
以前、友人の結婚式で雨だった為にブーケトスが室内だったときには、
感激も殺がれたものだった。
夢は見る、だがそれは可能な範囲でしかないのかもしれない。
女は時として極端に現実主義者だ。
「それは兎も角、好きに使いたまえ。こちらも出来得る限り協力させて貰うよ」
「ありがとうございます!」
がばっと擬態語の付きそうな勢いで凱と命は上司に向かって頭を下げた。
誰かが倖せになるのは余程嫌悪感を持っていない限り、やはり嬉しいものなのだ。




準備に追われて慌しく冬が過ぎ、あっという間に春が来た。
護達はまた学年がひとつ上がり、道沿いの桜が満開になって道行くヒトへと舞い降りる。
晴れた日が良いと熱弁していた命の念が届いたのか、
その日はあたたかい風の吹く穏やかな気候で正に願ったり叶ったりな1日だった。
新郎へと新婦を任せる父親役は大河が買って出た。
花嫁姿の命を見て薄らと涙ぐんでまでいた彼は、
まだ幼い我が子のいつかの旅立ちを重ねていたのかもしれない。
火麻がいれば大爆笑ものだったかもしれないが、運良く彼は留守番組だ。
厳かに紡がれる神父の声が精霊の御名の許、誓いを求める。
静かに鳴り響くパイプオルガンの音色がふわりと広がり、
白い壁と色鮮やかなステンドグラスを撫でて行く。
紅い絨毯の先、神父の前、神の御前で凱と命はゆっくりと唇を重ねた。
控え目だったパイプオルガンが盛大に教会中に響き渡り、拍手の洪水がふたりを祝福する。
扉を押し開ければ綺羅綺羅しい陽の光が瞳の中に一気に飛び込んで、
命と凱は思わず目を細めた。
真白なふたりの衣装は晴れ渡った蒼空の下、眩く浮かび上がる。
「あのね、スワンがブーケをこっちに投げないで、だって」
凱の出で立ちは真白なタキシード。
対する命も白は白なのだが、淡くピンクに染まっているミニドレス。
短いヴェールはうさぎのピンで留められ、
後ろにかけて長くなるヴェールと同じシースルーの裾がミニドレスを覆う。
縁には薔薇を模した飾りが並んでいる。
ひらひらと流れるブーケのリボンが足を擽った。
「投げろ、じゃなくて?普通逆だろ」
怪訝そうな凱に命は彼女の台詞を思い出して口元を緩ませる。
『ワタシ、今とてモ充実してマース。だからブーケはNo thank youネ!』
1歩、1歩、紅く長い絨毯の上を歩み出し、階段へと足を掛けた。
拍手と共に絨毯の両脇に待ち構えていた皆は、
ふたりへとライスシャワーとフラワーシャワーを浴びせ、
時にはカメラのシャッターも鳴り響かせていた。
「まだまだ仕事に生きたいみたい」
「スワンらしいな」
数ヶ国語を覚え、更にまだまだ貪欲に学ぼうとするスワン・ホワイトの姿勢はヒトとして見習わねばならないのかもしれない。
モテるであろう彼女だが、年下が範疇外だと言っていただけで、
特定の異性を聴いたことはそう言えば1度もない。
「凱、ミコート!」
噂をすれば何とやら、祝いを述べる客の後ろから高々と手を振っているスワンに気付く。
隣には兄のスタリオン・ホワイトの姿も見えた。
マイクサウンダースはさすがにGGGで待機中らしい。
スワンは気付いた命に駆け寄ると、頬に音だけのキスをした。
「スワン、来てくれてありがと」
「Of course、当然デース!」
置いてけぼりを食らったような凱とスタリオンは顔を見合わせて苦笑する。
不意にタキシードの裾を引っ張られ、凱は視線を落とした。
「凱兄ちゃん」
それでも出会った頃より成長した少年は目を輝かせて彼を見上げる。
「護、華ちゃん」
表情を和らげる彼の瞳に映ったのは、小さなカップル。
いつか同じ場所に立つであろう可愛らしいふたりだった。
「わ、護くん格好良い!」
護に気付いた命達も嬉しそうに手を振る。
スワン達と顔を合わせるのは、護も久し振りだ。
刻は過ぎて行くけれど、消えない絆はきっとある。
彼らの交わした約束もまたそのようなもの。
絶対必ず帰ってくるとだだっ広い宇宙の果てで約束を交わした仲間は今、
こうして同じ地球と言う惑星の中にいる。
「えへへ、命姉ちゃんもすっごく綺麗だよ」
いつもならば命ばかりずるいと言って割り込んでくるスワンだが、
今日ばかりは花嫁が主役だ。
「こらこら護、彼女の隣で言う台詞じゃないぞ」
「そうよ、護くん。素敵な旦那様がヤキモチ焼いちゃうわ」
「うわっはあ」
普段通りのつもりだった護は、ふたりの指摘に頭を掻いて顔を赤らめた。
歳のワリに随分と大人びたことを言う華は法律上云々は兎も角、
護を信じて待ち続けた伴侶なのだ。
初めて護が宇宙へと旅立つ日、身に纏った花嫁衣裳は冗談でもその場限りの誓いでもない。
幼い恋心はゆっくりと穏やかに育っている。
命は華の隣に屈み込み、そっと耳打ちした。
「ブーケ、華ちゃんの傍に投げるから受け取ってね」
花嫁のブーケと言えば、女の子ならば憧れてもおかしくない。
思ってもみなかった彼女の台詞に、華はこくこくと声も無く頷く。
修道女に手を引かれ、凱と命は階段の下へと並び立つ。
命が背を見せたのが合図だった。
彼女の友人達が進み出て手を伸ばすのに、
心の中でそっと謝って命はブーケを寸分違わず華の手の中に放り投げた。
火麻のトレーニングの賜物かもしれない。
残念そうな声を上げる彼女達には申し訳ないが、後で彼には礼を言っておこう。
鐘が鳴り響き、白鳩が飛び立ち地上に影を落とす。
ふわふわと舞い落ちてくる羽はまるで雪のようだ。
飛び立った鳥達の影が過ぎた後、更に大きな影が彼らの頭上に突如として出現した。
思わず身構えた凱だったが、見覚えのある形に目を丸くする。
「Congratulationだもんねー!」
「マイク?!」
GGGで待機中だと思っていたマイクは両手を振って、教会のすぐ傍の広場へと降り立った。
同じように驚いている客人達の中、スワンとスタリオンだけがにまにまと笑っている。
彼らの仕組んだことだと分かるのは数秒もかからない。
見れば所々飾り付けられていて、
まさかマイクまで花嫁の真似事をするのではないかと危ぶんでしまう。
事実、彼らは思いがけないことをよくやらかしてくれる。
「Weddingにsurpriseは付きモノね!」
堂々と宣言するスワンに、このサプライズはどうだろうと問いたくなるが、
そこはまぁ喜ばせようとしてのことなので黙っておく。
彼らの働きが機密では無くなったとは言え、
人工知能搭載型のロボットなどどこででも見られるワケではない。
学生時代の友人達は驚くに決まっているのだ。
「ソウいえば、披露宴とsecond partyはGGGでと聴いたけれど、それ以外のfriendsは?」
「今度改めてパーティするの」
命を懸けて共に闘って来た仲間が如何に大事だと言っても、
他の友人達を蔑ろに出来る理由にはならない。
皆一様に大切で、掛け替えのないもの。
命も凱も十二分に承知していた。
「OK、じゃGGGにLet's goネ!」
頷いて、スワンはマイクに手を振って合図する。
彼は凱と命を抱き上げると、自分の上にゆっくりと降ろした。
「…まさか、ねぇ?」
「ウエディング・カーの代わり、とか?」
どうやら正解らしい。
確かに車は要らない、準備しなくて良いと念入りに言われたが、
まさかこうして運ばれるとは夢にも思っていなかった彼らは思わず噴出してしまう。
いつかの、凱がサイボーグからヒトの身体へと戻った刻を思い出した。
刻は過ぎ去り、たまに重なりながら流れて行く。
似たような場面で思い出し、あぁそうだったと想いを馳せながらゆっくりと。
上昇していく高度も彼らにとっては恐怖を覚えるものではなく、特に凱には慣れたものだ。
また後でとスワン達に言うと、凱と命はマイクと共にGGGへと向かい、
少しだけの空中飛行を楽しむ。
翻るヴェールをそのままに、命は目を閉じた。
頬を撫でる風が心地良い。
こんな穏やかな日が訪れるなどと、考えたことがあっただろうか。
願ってはいたけれど、心のどこかでは夢だと思っていた気がする。
「命?」
くすりと淡い笑みを零した彼女に、凱は長い髪を靡かせながら視線を投げた。
「明日になったら全部夢だった、なんてことにはならないよね」
先程からマイクの鼻歌らしきものが聴こえているが、
彼らの会話が届かないことはないだろう。
あえて口を出さないのはふたりの邪魔をしない為か、もしくは本当に聴こえていないのか。
どちらにしても、彼なりの気遣いだったのかもしれない。
「ならないよ」
凱は命の肩を抱き寄せ、きっぱりと答えた。
絶対に、と念を押すように凱は繰り返す。
不安にはさせない、したくない。
命の抱えてきたものを知っているからこそ、凱は教会ではなく今ここで誓う。
「ずっと、傍に居る」
耳の奥に染みて行く声に、哀しみではない雫がほとりと落ちる。
彼女は元来泣き虫だ。
いつか干からびてしまうのではないかと思わせるほどに涙を流す。
大抵の場合その原因は恐らく彼で、
だとするのなら泣き止ませなければならないのもきっと彼なのだ。
マイクの前なのでさすがに唇にキスを落とすわけにも行かず、凱は命の額に口付ける。
彼がどんなに彼女を大事に思っているか、知らないほど命は愚かではない。
だからそれだけで、十分だった。




さほど離れていなかったGGGはすぐに見えてくる。
数年前のソール11遊星主との戦いが影響を及ぼした傷跡は目覚しい復興により、
完全にとは言えないが癒えつつある。
GGG本部も再建設され
――それでも彼らの要望通り再興は後回しになっていた――
ヒトの逞しさを改めて実感した。
マイクごと施設に飲み込まれると、凱と命は顔を出した牛山から祝いを述べられ、
薄暗がりの中を案内される。
勝手知ったる我が家のような施設内なのだが、
あちらこちらに姿を見せている隊員たちも今日は見当たらず、
施設内を明るくする証明も僅かにしか点されていない。
しぃ、と口元に指を立てる彼にふたりは子どものようにわくわくしながら背を追う。
「バレバレかもしれないけれど、知らないことにしておいて」
牛山はそう言って双眸をいつも以上に穏やかにした。
ビッグオーダールームに足を踏み入れると一気に照明が点され、
予想通りに勇者ロボを含む全員の顔がそこにあった。
クラッカーを鳴らし、色とりどりの紙吹雪が舞う。
すでに着いていたらしい護やスワン達は彼らと一緒になって新郎新婦を囃し立てた。
「おめでとう、凱、命くん」
うっかりいつもの調子で卯都木くんと呼ぼうとした大河はひとつ咳払いをして言い直す。
彼らをふたり分の広さを確保して飾り付けた長官席へと誘い、大仰に腕を広げた。
後ろで括った長い金髪が動きに合わせて弧を描く。
「さぁ、諸君!我らが勇者の晴れの門出だ、存分に祝おうじゃないか!!」
彼の呼びかけに、全員がグラスを高く掲げる。
凱と命も準備されていたグラスを手にすると、歪に映ったお互いの顔に小さく笑った。
「乾杯!」
大河が音頭をとるとグラス同士がぶつかり合い、一斉に賑やかしさが広がる。
所狭しと並んだ料理も、式場顔負けの飾り付けも、
どれも心あたたまるものだ。
恐らくはたった1日でそれらを成してくれた仲間達には頭が上がらない。
散々仲間に囲まれ、冷やかされながら、ふたりはそれでも倖せそうに微笑う。
中には独身者の僻みや妬みもあったろうが、そこは甘んじて受けて貰いたい。
ナイフを入れた大きなウエディングケーキは、スワンを除く女性隊員の努力の結晶だ。
本当は自分で作りたかった命だったが、
流石に前日に徹夜する訳にも行かずに彼女達に甘えることにしたのだった。
「隊長、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「サンキュ、氷竜、炎竜」
凱はひょいっと飛び上がって炎竜の肩に着地する。
ヒトでなくとも、彼らもれっきとした仲間だ。
言い換えれば、GGGが家族のようなものなのだから、
兄弟と言っても差し支えないのかもしれない。
一方、置いてけぼりになったかと思われた命は闇竜と光竜に捉まっていた。
「わあっ、良いなぁ!命姉ちゃん、綺麗〜っ」
頻りに賞賛する、ヒトであれば目を輝かせているであろう光竜の脇腹を小突き、
闇竜は穏やかに微笑む。
「おめでとうございます、命さん」
相変わらずなふたりに、命も頬を綻ばせた。
離れた場所でシャンパングラスを傾けているルネを見つけると、
命はブーケトスに使ったものとは別のブーケを持っている手を大きく振る。
最初から気付いていたであろうに、
わざと気付かないふりをしていたルネは命に発見されると、
面倒臭そうに舌打ちをした。
悪意ではなく、ただの彼女の盛大な照れ隠しである。
淡いイエローのシフォンドレスに身を包み、
髪を結い上げたルネは普段のきつめの印象が薄れ、ようやっと年相応の少女に映る。
まじまじと彼女の姿を眺めていた命をぎっと睨むと、
紅い顔をして早口でまくし立てる。
「言いたいことがあるなら言えば良いだろ!どうせこんな格好似合わないって分かっ」
「やだ、ルネ可愛い〜っっ」
光竜と同じような仕草と口調の命にルネはくらりと眩暈を覚えた。
そうでしょうと力説する闇竜と光竜も目の端に映ったが、
いや違う、こんな反応が欲しかったわけじゃないと反論したい衝動に駆られる。
かと言って、笑い飛ばして欲しかったわけでもなくて、
どうにも複雑な心境を何と言えば良いのか。
主役は自分であろうに、ルネの出で立ちをためつすがめつしながら、
命は可愛いを連発する。
「なになに、自分で選んだの?」
う、と言い詰まるルネに彼女は首を傾げた。
半身サイボーグである彼女が戦闘服以外を着ているところなど1度も見たことがない。
常にいつでも戦える万全の準備をしているのは戦士として立派な心がけだと思うが、
その前に彼女とてひとりの少女だ。
パピヨンが存命の頃には共に連れ立ってカフェに行くこともあったし、
女の子らしい趣味に興味が全くない訳ではなかった。
ただ、素直にその感情に従うには彼女は多くを諦め過ぎていた。
「ジジイが…」
ぼそりと呟いた彼女の台詞がたっぷりと時間を要して命の脳へと運ばれる。
だが彼女の父親である雷牙は世界中に28人の子どもがいると言う私生活における大問題を背負ってはいるが、
それは同時に随分と女性に好かれる性質であるということだ。
だとしたら、センスは抜群だろう。
事実、彼の選んだと言うドレスはルネの為に誂えたのではないかと思えるほどに似合っていた。
勿論、ルネは嫌々だったに違いない。
そうしてこれも推測ではあるが、
パーティドレスなど持っていなかったであろうルネが彼に口八丁で言い包められ、
いつの間にか諾の返事をしてしまったのだろう。
尤も、命が嬉しそうにしているのは何も彼女が可愛らしく着飾っているからではない。
彼女が嫌々ながらも、父親を昔ほど本気で疎んでいないからだった。
時間はかかる、けれどヒトは少しずつであろうとも歩み寄ってゆけるのだ。
彼らもまた、そうであったように。
敵を倒すまでは、約束したふたりであったけれども、
サイボーグとヒトではあまりに違い過ぎてその先を考えるのが怖かった。
通じ合っているのは心だけで、
彼は意図的でないにしろ己が命を天秤にかけるのもしばしばで。
メンテをする度に目を開けなかったらどうしよう、
動いてくれなかったらどうしようといつも不安ばかりだった。
凱は凱で命をいつも泣かせてばかりで、慰める為に抱きしめることも、
涙を拭うことも出来ずに何も出来ない拳を握り締めるしかなかった。
抱き締めることが出来たとしても、力の加減が分からなかったのも事実だ。
お互いにお互いが遠慮し合って、自然ぎこちない溝が出来てしまう。
歩み寄ることが出来たのは、彼がサイボーグでなくなったからではない。
長い戦いの果てに、本当に大切なものへ手を伸ばす勇気を手に入れたからだった。
大切なものを大切なのだと、護りたいのだと伝えることが出来たから。
彼がもし、ヒトに戻らなかったとしてもきっとふたりは同じ道を歩んでいたに違いない。
ヒトとしての未来は望めなかったとしても、それでも。
「あら?」
見れば、凱は既に出来上がってしまっている火麻に絡まれている。
助けようかどうしようか迷っている間にスタリオン達が楽器を手に演奏を始めた。
クリスマスと同じサプライズライヴに、命は目を奪われる。
「命、お前気付いたのに助けようとしなかったな」
何とか逃げ出して来たらしい凱は、命の隣に並ぶ。
「だってライヴが始まっちゃったもの。私達の為に演奏してくれているのならしっかり見なきゃ」
少しも目を合わせようとせずに嘯く彼女の額を小突く。
半分本当、半分方便と言ったところか。
ぺろりと舌を出して、命は凱の手へと指を絡ませた。
色とりどりのライトが走る中、そっと寄り添う。
「風龍と雷龍も影像付きでメールくれてたみたい。後で見せて貰おうね」
「あぁ」
「ボルフォッグがさっきから壁の花になっちゃってる。護君達に引っ張り出されないと良いけど」
「またいつもの如く、撮影係やってるだろ」
「そっか」
うん、とひとつ頷いて命は黙り込む。
そんなことを話したいのではないのだ、きっと。
取り留めのない話を続ける彼女の本心は別のところにあると分かっていて、
凱は敢えて相槌を打つ。
ライヴは最高潮に盛り上がり、次の曲にそろそろ移るようだ。
「…あぁもう、やだなぁ」
命はぽつりと漏らす。
「泣き虫、治らないや」
化粧が落ちてしまうとぼやいてみるが、それも強がりだと分かっていた。
どんなに我慢しても溢れて来る。
嬉しくても、哀しくても、やっぱり零れてしまうのだ。
いつか彼がそのままで良いと言った。
補い合えば良いのだと、プロポーズめいた台詞をくれた。
「だから、せめて」
凱を待たずに、命は瞳に涙を湛えたまま顔を上げる。



「これからは嬉しい涙ばっかりだと良いね」



嬉しくて、嬉しくて、倖せで、どうしようもなくて。
言葉に出来ない想いは涙になって零れるしかなくて。
だからせめてと願う。
絶対なんて言えないから、せめて。
共に歩み行くのであれば、
今は考えたくないこととも必ず向き合わなければならない日が来る。
そのときに泣かずにいられるなんて自信はない。
けれど同じ道を選ぶというのはそういうことなのだ。
共に生きる覚悟と、見届ける覚悟。
両方を受け入れなければ、共に歩み行くことなど出来ない。
「良い、じゃなくて、しような」
凱は寄り添う命の目元に口付け、両腕で抱き締めた。
飾られたヴェールが彼の鼻先を擽る。



「ふたりで抱えきれないくらいの倖せを、作ろう」



希望ではなく、未来への展望。
彼はいつもそうだった。
成せば成ると、諦めないヒトだった。
そうして、諦めない彼だったからこそ信じて来られた。
いつかを信じて前を向いて歩けたのだ。
命は彼の腕の中で何度も頷く。
声を出せば全部嗚咽に変わってしまいそうで、代わりに強く頷いた。
「凱、命!」
ステージの上から、そしてオーダールームの至る所から彼らへと視線が向けられた。
スワンの指先が頭上を指すと天井が開き始め、
その向こう側にはいつの間にか陽が落ちて暗くなってしまった空が広がり出す。
月明かりがスポットライト宜しく、彼らへと白く降り注いだ。
Congratirationとマイク越しに皆の声が反響し、一瞬にして夜空が明るくなる。
「今日のメインイベントだもんねー!」
腹の底まで響き渡る派手な音がマイクの声と重なる。
夜の花がひとつ、またひとつと開いて行く。
鳴り止まぬ花火が彼らの上に落ちる影を淡く、濃く、映す。
結婚式に夏祭りとクリスマスまで同席したかのような華やかさに、
彼らがどれほど愛されているかを思い知る。
ずっと願い続け、想い描いていたものが今目の前に広がっていた。
そうしてそれらは未来へと繋がろうとしている。
断ち切られたはずの未来があって、願えないはずの未来があった。
幾重にも結ばれた縁を、必然と呼ぶにはあまりにも滑稽だ。
敢えて言うのならば奇跡。
彼らが成し得た奇跡こそが、彼らを、この惑星全ての人々を照らす光となった。
今ここに立っていられるのは、彼らがたったひとつでも諦めようとしなかったからだ。
過去、現在、未来。
どれかひとつだけでも欠ければ、刻も世界も成り立たない。
あのときにあぁすれば良かったと嘆くより、
前を見据えて最善の方法を模索した彼らの勇気は何ものにも変え難いものだ。
過去をやり直そうとするのなら、未来にその過去がなければ成し得ない。
だからヒトの生涯は一方通行で、手探りしながら前に進む。
その先にある答えが望んでいようといまいと、己自身が選んだ道を嘆いてはならないのだ。



「絶対倖せにならなきゃだね、凱」
「だな」



皆が夜空を見上げて花火に目を輝かせている中、
ふたりはこっそり触れ合うだけのキスをして、こっそり未来へ誓いを立てた。





END





あとがき。
SAYさまに捧げます。

全員集合したかったけれど、ぐだぐだになるかなーと思って主要人物メインに。
あぁ、それでも長い(爆)。
結婚式の衣装は知るヒトぞ知る例のイラスト参照です。
フィギュアにまでするなんて神…ッ!
宜しければお持ち帰りくださいな。
リクありがとうございましたーv

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