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ヒトがごった返すターミナルでは、定期便の船や運搬船、個人船が離着を繰り返している。
整備も粗方終わり、出発可能となったソードブレイカーを前に、
ケインはターミナル内の大きな時計板を見上げた。
「あれ、時間空いたな」
背伸びしていたケインの声は最初の辺りが甲高い。
それがなくとも青年男子にしては幼い、
と言うより女性寄りな主立ちで声もそう低くないのが彼だが、
指摘すれば機嫌を損ねること必死だ。
彼の隣で制御システムのホログラフィと最終チェックをしていたミリィは、
同じように時計板を見上げる。
「出発までどれくらい?」
「あと4時間はありますよ」
ぽんっと音を立ててアナログな時計の映像を手元に浮かべ、
ミリィとケインの前に差し出したのは少女の姿を模した制御システムであるキャナルだ。
出港許可が承認されるには時間がかかり過ぎると思わないでも無かったが、
この混雑ぶりには閉口せざるを得ない。
ケインは仕方無さそうに頭を掻くと、肩越しにミリィを振り返った。
「じゃあ、ミ…」
「出発まで調理場立ち入り禁止です」
あっさりと禁止令を出された一応ソードブレイカーのマスターは絶望的な声を上げた。
「何で!?」
その台詞が気に入らなかったのだろう。
キャナルは芸が細かいながらも眉をぴくりと片方吊り上げ、
両手をそれぞれの腰に当てて彼に詰め寄った。
人差し指でケインの鼻を押し上げる。
「折角整備し直したのに、また爆発させられたらたまったもんじゃないわっ!」
黒々とした残骸の転がるキッチンを見たのはつい先日のこと。
それにキャナルが悲鳴を上げたのもつい先日のこと。
ついでに言うと、綺麗に整備し直したのはついさっきのことだ。
誰とも何とも言わなかったが、
憶えのありすぎる約1名は瞬間的に明後日の方向を向くしか無かった。
「そういうことなら、どっかで飯食ってくるか」
「はいはーい!洋食が良いデース!」
突き刺さるどころか、貫くような痛すぎる視線を無かったことにする為に、
ミリィは意気揚々と手を高く上げた。
嘆息した
――これもまた芸の細かい仕草だ――少女は2人の背をぐいぐいと押しやる。
見た目は少女でも元々ソードブレイカー、
否、遺失船と呼ばれるヴォルフィードそのものであるキャナルの力は大の男では足りないほどに違いない。
「お2人でどうぞ行って来られて下さいな。私は微調整が残ってますから」
あっさりとゲート出入口まで放り出された2人に、彼女はにっこりと笑ってひらひらと手を振った。
踵を返して背を見せた瞬間、何かを思い出したのか踏み止まって顔だけこちらに向ける。
「そうだわ、ついでにデートでもして来たら如何です?」
デート、と言えば恋人同士な仲である者なら、
多少なりとも恥じらいだの嬉しさだの見せて然るべきであるのだが、腐ってもこの2人。
一般的なリアクションを期待する方が端っから間違いだ。



「…デート、ねぇ」



ミリィは言われた瞬間、
胡散臭そうな呆れたような複雑な表情を隠すこと無くケインに向けた。
「お前、そーいう顔でそーいうコト言うか」
「まだ何も言って無いわよ。それとも何か心当たりでも?」
「イイエ、全く?ほれ、行くぞ」
腕を引かれ、慌てて足を動かす。
よろめきながらもミリィはキャナルを振り返って声をかけた。
少々距離が開いたようで、僅かに声を張って訊ねる。
「キャナル、ほんとにひとりで平気?」
「ケインよりは頼りになりますよ、私」
「あはは、そうかも」
あっさりと言ってのける少女に渋面を見せるケインに、
思わずミリィは噴出してひらひらと手を振った。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
未だ混雑するターミナルを抜けて、2人は賑やかしい繁華街へと向かう。
並ぶのは面倒だと適当な店を見つけて入り込み、
そこが中々に雰囲気の良い店だったことを考えればアタリだったのかもしれない。
運ばれてきた料理は素朴なものだったが、彼らの嗜好には合っていたらしく、
珍しくケインがミリィの作ったもの以外を褒める台詞を聞いた。
「あの店、ソースが最高っ」
「憶えたのか」
「ばっちり」
食事を終えた2人は繁華街を練り歩きながら、立ち並ぶ店々を覗いてみる。
星々を渡り歩くトラブル・コントラクターの彼らにとってもの珍しいものはコレと言って無い。
とは言え、観光を楽しむような余裕や趣味がある訳でもなく、
こんな風に2人でのんびりする時間は貴重だ。
普段からキャナルが気を利かせて2人きりにしてくれることもあるのだが、
どうにもこうにも、相棒から恋人などと言う曖昧な肩書きに流れ込んでしまった彼らには居心地が悪いらしい。
そもそもハッキリと公言されたものではなく、お互いが想い合っていると分かった時点で、
じゃあそういうことになるのかな、という風に流されてしまった感も否めない。
厭ではない。
厭ではないのだが今まで色々あった所為か、コトが性急過ぎる気がしないでもないのだ。
だから彼らは、彼らのペースでのんびりやっていくのが性に合っているのだと結論付けた。
時々手を繋いだり、たまにキスをしたり、他愛も無いことで笑いあったり。
今まで通りと言われたらそうなのかもしれない。
けれどそれで、否、それが良い。
「何か買出ししなきゃならないものあったっけ」
日用雑貨を手に取り、
品定めをしている彼女を覗き込んでも特段不足しているものは見当たらない。
「特に無いだろ、多分」
ケインの返事に持っていたものを元の場所に戻すミリィの目の端に、ふと背後の店が映った。
白で統一されたシンプルなまでの外装で、
大きなガラス張りの壁からの店内はヒトがちらほらと見える。
目に留まったのは、
綺羅綺羅しいまでのショウウィンドウに飾られたアクセサリが光を反射したのだろう。
「わ、綺麗」
とことことショウウィンドウに寄っていくと、そこに添えられた値段に悲鳴を上げる。
軽くミリィの給料
――ただし、払って貰えればの話――の1年分+αと言ったところか。
ミリィの後ろからふぅん、と相槌を打つケインだったが嘆息している辺り、
露ほども興味は無さそうだった。
「女ってヒカリモノ好きだよな」
煩いわねと頬を膨らませ、そっぽを向いてみる。
勿論、嫌いではない。
好きか嫌いかと問われたら恐らく前者だ。
ただ、自分を着飾って煌びやかにしてみたいという願望や欲求は殆ど皆無に等しい。
ミリィにとってそれらは目を楽しませるものでしかない。
「欲しいのか?」
「見てるだけでも楽しいの」
「分からん」
雑貨を見ていた時と同じくらいのあっけなさで、ミリィはショウウィンドウから離れる。
そろそろ丁度良い頃合だ。
キャナルが万全の準備で2人の帰りを待っているだろう。
「いつも」
ぽつりと漏らしたケインに彼女は、ん?と首を傾げて振り返った。
「そのチョーカーしか着けないよな」
目を見開くでもなく、息を呑むでもなく、ミリィの反応は静かだった。
ともすれば、何の反応もしていないのではないかと思えるくらいに。
ややあって、ゆっくりと身体をこちら側に小さく頷く。
「…そうね」
否定はしなかった。
する理由も無かった。
嘘を吐いたところで、共に生活している彼には無意味だ。
昔であれば適当にはぐらかしていただろうミリィの肯定は嬉しくもあり、切なくもあった。
虚勢を張らないと言うのは、未だ残る暗く重たい心の裡を目の当たりにするというコト。
それでも、受け止めたいと思った。
分かち合いたいと思った。
それが、彼らの選んだ道。
「俺があぁいうのプレゼントでもしたら、着けてくれるか?」
半ば、賭けのような気持ちで訊ねてみる。
だがそれは、決して勝ち負けのある勝負ではない。
ミリィのチョーカーが、彼女の両親の形見であることは百も承知だった。
彼女の蒼い瞳が一瞬揺らぐ。



「縛られてる、ワケじゃないの」



長い睫が白い頬に影を落とした。
指先が首元のチョーカーに触れ、ぎゅっと握り締める。
もう何年も経つのに、悪夢は終わったはずなのに。
時々思い出しては記憶が見せる夢に苛まれる。
最後は決まって、泣きながら目が覚めるのだ。
忘れるな、と言う警告なのかもしれないと何度も思った。
「ただ、外してしまったら忘れてしまうようで」
続きを言うのを躊躇うように、ミリィの視線は宙を泳ぐ。
ケインと視線が合うと、困ったように微笑んだ。
「怖いのね、きっと」
彼は彼女の傍に歩み寄ると徐に腕を上げた。
ミリィの身が微かに竦む。
不意に、がしがしと頭を撫でられるのが分かった。
前のめりに俯いてしまい、ついでに折角整えた髪が台無しになる。




「忘れない」




ケインの顔が見えないままに、聞こえてくる声に耳を傾けた。
自分自身にも言い聞かせているようなどこか寂しさを含んだ声だった。
彼のヒトを思い出す時によく聞く声だった。
「本当に大切なものは、カタチが無くても絶対に」
ふに、と頬を摘まれ、ミリィはケインを見上げた。
「俺は、ばあちゃんのこと忘れてないぜ?」
強がりでもなく快活に笑う彼に、ミリィは泣きたくなった。
何でこんなに優しいんだろう。
何でこんなに強いんだろう。
何でこんなに、嬉しいんだろう。




「…そうね」




頬に触れたケインの手に自分の手を重ねて、
ミリィは泣き出すような表情でくしゃりと微笑う。
「ケインが、外してくれるなら」
するりと頬から滑らせたケインの掌に口付けた。
「その度に、思い出をひとつくれるなら」
それも、良いかもしれない。
ミリィは声に音を宿さずに呟いた。



―――好きなヒトが出来ました



過去の痛みを、過ちを、忘れるわけじゃない。



―――変わり者で怒りっぽくて悔しいくらいに優しいヒト




切なさを羽で覆い包むようなぬくもりを織っただけ。




―――私はこのヒトと、歩んでいきたい




もう1度、夢を見たいの。




「ケイン」
「なん…」
彼が言い終える前に、ミリィは爪先に力を入れて踵を浮かせる。
触れるだけのキスをして、にこりと微笑んだ。
「大好きよ」
そう言って、もう1度。
くすぐったさと切なさと嬉しさの入り混じったようなキスだった。







END



あとがき。
まほさまに捧げます。

そろそろ切ないの禁止令が出そうな気がして怖いです!
チョーカーはもともと『窒息させるもの』って意味だそーで、それもミリィらしいかなぁと。
あと犬の首輪のことでもあるそーです(トリビア)。

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