所謂、アレだ。 大きな荷物を持っていてよろめいて、 傍に居た人間を巻き込んで倒れ込むと言う、 今時恋愛小説においてですら滅多にお目にかかれない古典的なアレ。 ついでに言うのであれば、そこが自室で、倒れ込んだのがベッドの上で、 しかも眼下には好意を抱いている相手が居たり、見上げていたりする訳で。 ばっちゃんには大爆笑されること請け合いなので、 天国の父さん、母さん、どうか笑わないでやって下さい。 事故とは言え、大好きなヒトを―――押し倒してしまいました。 |
funny accident |
程近いところにあった顔を見合わせ、エドワードとウィンリィはお互いに息を止めた。 「…………」 「…………」 最初の5秒は何が起こったのか分からず目を瞬かせ、 次の5秒は状況を把握したが故の硬直だった。 ベッドにも床にも機械鎧を組み立てる為の部品が散らばり、 引っくり返った収納ボックスは底を天井へと向けている。 丁度、用事があってウィンリィの自室を訪れていたエドワードが、 ベッドに腰を下ろしたのが不味かったのか。 放り出した足に部品を別の場所へと運ぼうとしたウィンリィが引っ掛かり、 よろけた彼女を支えようとした彼もまた共に倒れてしまったのだ。 彼女が大事にしている部品にまで気を遣っている余裕は無かった。 受け止めようとした腕は未だ彼女の腰に回されており、 見下ろすウィンリィの髪が頬に落ちて来てくすぐったい。 冗談のようにして、彼女が抱き付いて来たり、キスをねだって来たりすることはままあった。 情けないことに奪われることも多々で、 その度にエドワードはみっともない程に慌てて、うろたえるのだ。 だが、今日の状況は言わば不慮の事故。 意図的でなかった所為だろうか。 ウィンリィの相貌はみるみる内に朱に染まって行く。 エドワードの中に、にょきりと悪戯心が芽生えた。 半ば、普段の仕返しだったのかもしれない。 作業中のウィンリィの格好はいつも通りの上半身チューブトップに、 腰でツナギの袖を結わえた涼しげなもの。 固まったまま、一向に動こうとしない彼女を眇めた琥珀色の瞳に映し、 彼は意地の悪そうな笑みを浮かべる。 「…お前、誘ってんの?」 エドワードは彼女の真っ赤な顔は見なかったふりをして、 そろりと腰に回した手で剥き出しの腰から腹を撫で上げた。 括れた腰周りは意外な程、余分な肉が無い。 こんなに細くて、機械鎧技師なんて仕事が務まるのだろうかと余計な心配が浮かぶ。 「ちが…ッ」 否定しかけた唇から、悲鳴が上がった。 それはもうエドワードが驚く程はっきりと。 びくりと身体を揺らし、 ウィンリィはベッドからずり落ちてしまいそうなくらいに身を引く。 触れられた箇所からぞくぞくと身体を這い上がって来るものに、 少なからず羞恥を憶えた彼女は益々顔を赤らめた。 「…そんっっっなに厭がらなくても」 冗談だったのに、と呟くエドワードの背中は本気で落ち込んでいるらしく、 頭から茸が生えている錯覚さえ起こる。 ウィンリィは必死に言い訳を探しながらも、 咄嗟に離れてしまった距離とぬくもりが勿体無い気がして、大きな彼の背中にしがみ付いた。 「わっ、私だって…!」 震えて縋る両手が頼りなくて、エドワードは肩越しに振り返ってしまう。 微かに染まった頬と伏せ目がちな空色の瞳に、一瞬目を奪われた。 「どうせ迫るんなら、もっと可愛い格好で迫るわよぉぉぉおおおおおっっっ!!!」 何も言ってはいないけれども前言撤回。 可愛く思えた――否、実際可愛いのだが――のも束の間で、 きっとその束の間は彼女の性情をすっかりと忘れていた時間を指しているのだろう。 脱力するのを他人事のように感じながら、 エドワードは未だ部品の散らばったベッドに突っ伏した。 「…そうだよな。ウィンリィだもんな。まさかだよな」 乾いた笑いを浮かべる彼に、ウィンリィはぐるぐると考えあぐねる。 普段から口付けや抱擁ならまだしも、 それ以上を望めばエドワードは上手い具合にするりと逃げてしまう。 興味がないことはない、と思う。思いたい。 求められる口付けも、愛おしむような抱擁も、 彼は寸でのところで何か押し留めている気がするのだ。 その何かは彼女が望んでいるものに違いなかったのだけれど、 実際そんな場面に陥ったことはなかったので、 こんなにも狼狽する自分を知らなかったウィンリィは情けなく思ってしまう。 欲しいと思っていても、きっとどこかで彼を安全圏だと認識していたに違いない。 (恥ずかしい) けれど。 (もし、ほんとうにエドが) いつの間にかしゅんと項垂れてしまった彼女に気付き、エドワードは首を傾げる。 生憎と読心術なんてものは持っていない。 「ウィンリィ?」 「…良い、よ」 「?」 「エドが、ほんとうにしたいなら、良いよ」 何を、と問わずにエドワードは絶句する。 彼女の台詞の意図するものが分からないほど愚鈍でもない。 だからこそ逆にそら惚けることも出来たかもしれないが、 今から演技をするには遅過ぎた。 膝の上で拳を握り締め、ぎゅっと目を瞑っているウィンリィを見つめ、 エドワードはじゃあ、と切り出した。 「…もしオレが****を*****して、******から*****したいとか言っても、本当に良いんだな?」 日常会話とはかけ離れた聞き慣れない単語を並べ立てられ、 思わず、ひっと喉を引き攣らせる。 真っ青になったウィンリィのリゼンブールの空と同じ色をした瞳がまん丸に見開かれた後、 ぼたぼたと大粒の涙を零した。 彼の台詞は怖いくらいに具体的だったと言うのに、 頭の中で言葉と映像が結び付くのを全力で拒否している。 どうやら理解しているのと納得しているのは違うらしい。 「えっ、えどが、したいなら、がまんす、る…っ」 エドワードががちがちに強張ってしまった彼女の頬に手を伸ばすと、 目に見えて怯えるのが分かった。 瞼を下ろしていても、彼が近付いて来る気配は感じられる。 指先で撫でられたかと思った頬に、軽い痛みが走ってウィンリィは思わず目を開けた。 「ばぁーか」 頬を抓られているのだと気付き、眼前のエドワードを見つめる。 「我慢とか、そういうのって違うだろ」 きょとんと目を瞬かせたウィンリィは、小首を傾げてみせた。 「オレってば、信用ねぇのな」 「…え?」 「『結婚するまで手は出さない』」 って、言わなかったっけ。 エドワードはぺちぺちとウィンリィの頬を叩くと、身を引いて苦笑した。 あ、と彼の台詞を思い出し、どっと身体から力が抜ける。 そうなのだ。 エドワードが決してウィンリィが望んでいるものを求めない理由。 踏み止まっている彼が繰り返す台詞。 あれ程に頑なに拒んで来た彼が、今更こんなところで覆すはずはなかった。 「そりゃあ、な。全然そういう気分にならないってこともない、けど」 言い淀み、がりがりと頭を掻き毟る。 適当に結い上げていた髪が乱れ、金糸の髪が零れた。 「理由は別にもあるけど、でもさ」 正直な話、エドワードだってウィンリィが欲しい。 健全な男子なのだから、それなりに不健全なこともちらほらと考える。 厄介なことに時には夢にも現れる。 本当は、何度も彼女へと腕を伸ばしかけたのだ。 だが、理性を総動員してでも踏み止まりたい理由がある。 そうしてその理由とは別にもうひとつ、 エドワードはウィンリィが気付いていないであろうことに気付いていた。 「お前、多分まだ付いて来てねぇだろ?」 彼が求めるものに、追い付いていないのだと。 少女が想い描くものは夢に近くて、少しだけ浮世離れしていて、 怖いことも痛いことも想像するにはまだ経験が足りない。 エドワードが彼女から一線引いていたのは、彼女が成熟するに至っていなかったからだ。 ウィンリィは途端に後ろめたくなった。 これでは口先ばかりでエドワードを困らせている子どもと同じではないか。 彼はいつも彼女を大事に想っていてくれて、扱ってくれて。 彼女の気付いていない心情までも察してくれていて。 なのに自分は幼子のように欲しいと求めるばかりで。 「…ごめん、なさい」 「謝んなよ、情けなくなるじゃねぇか」 急にしおらしくなってしまった彼女に調子が狂い、エドワードは口を尖らせた。 恐らくは、男であるエドワードの想像力の方が余程逞しく生々しいのかもしれない。 だからこそ、彼女が受け入れられるかを客観的に考えることも出来た。 全てはあくまで想像でしかなかったけれども、彼の推測はきっと正しかったのだ。 「良いよ、待つから」 エドワードはウィンリィに背を向けるとベッドの下の収納ボックスを拾い上げ、 散らばった部品を集め始めた。 「お前の心の準備出来るまで、待つから」 ずっと待ってて貰ったしな、と彼の声が笑う。 背後から盗み見た彼の耳は赤く染まっていて、 もしかすれば平静を装っているエドワードの顔には、見えないだけで実は朱が差しているのかもしれない。 胸の奥がきゅんと疼いて、どうしようもなく愛おしさが込み上げる。 (好き) こちらを向かないエドワードがもどかしくて、 ウィンリィは屈んだ彼の背中に重なるようにして抱き付いた。 突然の背後からの重力に、思わず頭から床へと落ちそうになる。 何とか堪えたエドワードの肩越しにはちみつ色の頭が目に入った。 (エドが好き) ぎゅうっとしがみ付く彼女に、エドワードは気が気ではなかった。 胸部を覆う薄手の生地では背中に伝わる柔らかな感触を誤魔化せない。 背中から伸びて来ている腕も素肌で、 オイルとは違う甘い香りが折角やりすごした感情を呼び起こそうとする。 試練と言うより拷問だ。 「ウィン、リィ、さん?」 もうひとつの理由もあるが待つと言った手前、エドワードは何も出来ない。 ぎこちなく振り返る彼に、ウィンリィは可笑しそうに笑った。 一度離れると、こちらに向き直った彼の膝に収まり、その胸に寄り掛かる。 「もし、結婚しても心の準備が出来てなかったときはどうするの?」 「…そのときは、そのときに考える」 ウィンリィはエドワードの手を取って自分の指を絡ませたり、手のひらを重ねたりしてふぅんと頷く。 わざと重心を背後に傾ければ、反射的に彼が腕を伸ばして受け止めた。 満足そうに微笑む彼女に、エドワードの心中は複雑だ。 彼女を見つめているとあらぬ方向に視線が伸びてしまいそうで、無理矢理壁へと追いやらなければならない。 彼の手で戯れていたウィンリィは視線を逸らされたことに気付くと、 緩慢とした動作でその手を自分の元へと引き寄せる。 されるがままだったエドワードはぎょっとして目を剥いた。 「これくらいなら、怖くないもん」 ぷぅっと頬を膨らませる彼女が愛らしいだとか、 触れて来る指先が心地良いだとか、そんなものは一瞬の内に吹き飛んだ。 問題は自分の手のひら、更にはそれに収まっているもの。 置いているだけでも分かる弾力のある柔らかさにエドワードは硬直してしまったと言うのに、 ウィンリィは彼の様子など気にも留めずに手の甲に自分の手のひらを重ねてそれをぐいっと掴ませた。 一気に体中の血液が逆流するかのような眩暈を覚え、 感情が爆ぜそうになるのを押し留めて何とか手を引き剥がそうとする。 だが、意に反してエドワードのそれは張り付いたように動こうとしない。 ウィンリィの全力で押さえ付けていたとしても、 彼に振り解けないということはまずありえない。 ある意味、身体は正直だ。 「ウィ、ウィンリィッ!!」 「何よう」 僅かに恥らいを見せる彼女が、現状を全く理解していないはずはなかった。 何のつもりだと訊いたところで真っ当な答えが返って来るとも思えない。 そういう、つもりなのだろう。 「急にだったら、びっくりする、から」 「へ?」 真っ赤になってうろたえるエドワードの手を掴んだまま、 ウィンリィは表情を隠すようにして彼の胸へと顔を埋める。 掻き消されてしまいそうな声が紅い唇から漏れた。 「少しずつ、慣らして…?」 たまには、触って? 顔を上げたウィンリィの瞳は潤み出していて、 理性の箍がいつ外れるか冷や冷やしながらエドワード唇を寄せる。 目を伏せて彼の口付けを甘受する彼女を垣間見ながら、 好奇心に負けて少しだけ触れた指先に力を入れれば、 ウィンリィはくぐもった声を漏らして軽く背を仰け反らせた。 「…お前、物凄いこと言ってるぞ」 漸く唇を離したエドワードは上気した色を隠そうともせずに半眼でねめつける。 力の抜けてしまった身体を支える彼の腕に投げ出し、 ウィンリィはくすくすと笑い出した。 「だって、結婚したら物凄いことされるんでしょ?」 何を言われたか分からずに、目が点になるエドワードに噛み付くようにして下から口付ける。 奪って、奪われて、また息も吐けないキスが落ちて来る。 「…される、ってオレが一方的にヤるみたいじゃねぇか」 「真っ赤な顔じゃ否定しきれてないわよ、エドワードさん?」 エドワードの首に腕を絡めて、ウィンリィは身体を引き寄せる。 腰元を彼の手が滑ったけれども、今度は怖くはなかった。 嬉しくて、気恥ずかしくて、くすぐったくて気持ち良かった。 彼の耳元で、あのねと囁く。 声はエドワードにしか届かなかった。 それは他の誰にも聞こえなくて構わないもの。 それは彼にだけ届けば良いもの。 遠くない未来での、彼へのお願い。 返事が無くても彼が是としたのはすぐに分かって、 エドワードの顔が熟れたトマトのように真っ赤に染まって、 照れ隠しに唇を奪う仕草にウィンリィはやっぱり嬉しくなってしまうのだ。 END |
あとがき。 |
ごまサンさまに捧げます。 やりすぎましたごめんなさい。 すっごい楽しかったです! 婚前です、エドはまだまだ据え膳で(出しかけてはおりますが)。 宜しければお持ち帰りくださいませーv リクありがとうございました。 |
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