「本日の議題は『青春』だ!!という訳で全員夕日の沈む河原に集合!!」



帰りたいと胸中で呟く南部顧問の願い虚しく、本日も部活動は開始された。





題:青







茜色から深い橙に染まり行く空を映す水面は揺らぎながらさらさらと流れ行く。
空に漂う雲もまた薄紅の淡やかさに棚引いた。
河原と言えば土手沿いにあり、
草原を下りると申し訳程度に整備されている拓けた場所があるものが一般的だろうか。
時折、土手沿いの道を学校帰りの生徒や、ペットの散歩をしている者が通りかかる。
―――明らかに不審げな視線を以って。
一体どうやって運んだのか、
申し訳程度に整備されている拓けた場所には教卓とホワイトボードが配置され、
その前には椅子が2脚、少し後ろにもう1脚、と校内での部活動における状況と全く変わらない風景があった。
ただ、場所が河原だと言うだけで。
「本日の議題は先程も言った通り、南部顧問には既に露ほども関係ないであろう『青春』だ」
「その前振りこそ関係ないだろう」
「そこで」
既に慣れに慣れてしまった部長赤井のシカトだが、
常日頃から彼はヒトの話を聞いているようで聞いていない。
「一般的な青春群像を道行くヒトに訊ねてみようと思う」
「頼むから止めてくれ」
これ以上、奇異の目を向けられるのは御免被りたい。
校内だけでなく、ご近所にまで得体の知れない部活動をお披露目する気はないのだが、
今、繰り広げられている現状においてそれは到底出来ない無理な相談だろう。
本気で止める南部に赤井は仕方が無いと言った様子を微塵も隠そうとせずに深々と溜息を吐いた。
指先で眼鏡を押し上げ、ならばと切り返す。
「南部顧問、青春とはどのようなものか意見を伺いたい」
思いがけない彼の台詞に、南部は一瞬考える。
青春とは文字通り青い春。
主に学生時代に訪れるであろうほんのひとときを指す。
「そうだなぁ、やっぱり友情とか恋愛とか、体育会系の部活動とか…そんなとこかな」
勿論、彼にもそういう時代があった。
学生時代を思い出すと懐かしさを憶え、生徒達を見ていると微笑ましく思える。
幼いなりにも一生懸命で、楽しいことばかりではなかったけれど全部ひっくるめて青春だった。
なるほど、と赤井は頷く。
「これが一世代前の想い描く青春だ」
「お前今、鼻で笑っただろ」
本人にそんな気は全く無いのであろうが、赤井の一挙一動は感に触ることが多々らしい。
脱力した南部の耳に、高々と宣言する声が届いた。
「今日こそは部室を貰うぞ、赤井!!」
モノの例えではなく正に言葉通りにバサリと黒マントを翻し、
仮面を付けた男子生徒と思しき影が土手から河原へと駆け下りて来た。
それに続くようにして降りて来るもう2人も似たような出で立ちだ。
南部も含めた4人は彼らの登場に目を丸くして驚いている。


「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」


数十秒間の沈黙。
赤井に向かって指を突き付けた男子生徒はその体勢のまま動きを止めている。
「敵・発見!!!」
最初に口を開いたのは、彼らを侵入者と見なした緑川だった。
彼は部活中に見慣れぬ人間を発見するとまれに敵と認識して攻撃することがある。
唸る拳を繰り出し、鬼のような形相で男子生徒に襲い掛かる。
「落ち着け、緑川
――――――!!!!」
「ひぃぃえあああぁぁぁぁぁぁ?!!」
「ここは部室じゃない!河原だ!!侵入者にはならないだろ?!」
そういえば、朝練のときは他の生徒が通りかかっても襲い掛かるようなことは無かった。
必死の南部の説得に、緑川はハッと我に返ったようだった。
辺りを見回し、屋外だと言うことを思い出す。
腰が抜けんばかりの男子生徒の背をばしばしと叩き、豪快に笑い飛ばした。
「おお、そうじゃったな。すまんすまん!」
乾いた笑いを浮かべるしかない彼の心臓は潰れんばかりだ。
「さて………、どちら様だろうか」
赤井からの精神的ダメージを受けた男子生徒は、ぐはぁっと膝から崩れ落ちた。
慌てた様子で他の2人が駆け寄る。
「だから言ったんですよ、リーダー!」
「私達、まだこの時点じゃ出て来てなかったんですから!」
※『青春』が議題となったのは第3話
※オカルト研究会が登場したのは第9話
※タイムパラドックス起こしてみました
「えぇい、時間差が何だ!!コミックスになれば逆から読む奴だっているかもしれないだろう!!」
「いないだろ」
思わずツッコミを入れた南部は、いつの間にか隣に立っていた人間に気付く。
目を開けているのかいないのかよく分からないが、
おかっぱと刈上げを足して2で割ったような髪形をした初老の男性だ。
「あれ、寺嶋先生」
彼が普段は穏やかな性情だと認識していた南部は、
不適な笑みを浮かべる寺嶋に怪訝そうな表情を向ける。
「今度こそ負けませんよ、南部先生!」
「…今までの話の流れ、見てましたよね?」
簡単に説明すると、リーダーの田中(ファントム)率いるオカルト同好会には部室が無く、
何故か部室が3つもある彼らの部室を頂こうと勝負を仕掛けて来る訳なのだ。
ちなみに残る会員はジェイソンとフレディと言うらしい。
「そういうことならば致し方ない、話が進まないので早々に始めよう」
「ボク、まだ一言も喋ってないしね」
いつものアングルで青山が優雅に微笑んだ。
脇には本当にいつの間にやら部室専属執事の佐々木が控えている。
最早、それはどうでも良い。
「ここは議題に則り、青春における勝負でどうだろうか」
「望むところだ!!」
明らかに面倒そうな赤井に田中(ファントム)は地団太を踏んで腹を立てている。
そもそも青春における勝負って何だ、
というツッコミは胸の奥にしまっておく南部顧問だった。



勝負その1『石飛ばし』。
赤井VS田中(ファントム)。
石飛ばしとは、川などの水面で何回小石が跳ねて飛んで行くかを競うものだ。
平たい小石を横から凪ぐようにして飛ばすと結構跳ねる。
「青春関係ねぇ
――――――!!!」
田舎での河原遊びにさっさと摩り替わってしまっている勝負に、
南部は自分を抑えることが出来なかったらしい。
気にすることなく小石を選んでいた赤井は眼鏡の奥の双眸を光らせた。
「これだ…!」
田中(ファントム)は赤井の動きに気付くと、素早く顔を上げた。
させるかとばかりに自分も手頃な小石を選ぶと先制して身を乗り出す。
譲った赤井にほくそ笑みながら、田中(ファントム)の石は意外と軽やかに水面を走った。
「頑張れ、リーダー!」
「3、4、5…!おお、凄いぞ!」
「へぇ、やるね」
驚く南部の隣で、青山も感嘆する。
緑川は空気を読まずに端の方で釣り糸を垂らしている。
わぁっと歓声を上げた会員達を背に、
何故か息を切らして田中(ファントム)は意気揚々と赤井を睨んだ。
「どう…」
「30点!!」
(点数付けられた
――――――!!!)
彼の台詞を待たずに赤井は堂々と宣言する。
「なっ、何を持って30点なんだ!?」
納得出来ない田中(ファントム)は震える指先を赤井に向けた。
本日2度目のポーズだ。
「僕の気分だ」
「ワンマン審判
――――!!!」
いきり立つ彼らを尻目に、赤井は岸辺に佇む。
「ならば赤井!お前にさっきの記録を破ることが…………って、凄ぇ
―――――ッッッ!!!」
言っている傍から彼が投じた小石はあっさりと向こう岸にまで渡ってしまった。
「言い忘れていたが」
赤井は夕日を背に振り返る。
逆光で表情はよく見えないが、大抵彼は無表情なので気にすることもない。
「青春とは青い春と書く!」
「知っとるわ
――――――!!!」
取り合えず、1勝らしい。
どっと疲れを感じた南部の背後に激しい憎悪の念が突き刺さる。
「く…っ、次は負けませんよ、南部先生!」
(どうでも良い…)
段々と夕日が傾いてきたような気がする。
むしろさっさと暮れて欲しいと願いながら、次の勝負が始まった。



勝負その2『恥ずかしい過去カミングアウト』。
青山VSフレディ。
青臭さは確かに青春っぽいが、そこまでするメリットがあるのだろうかと疑問が浮かぶ。
精神的ダメージは計り知れない。
フレディは仮面の下でぐるぐると考えあぐねていた。
(恥ずかしい過去?!そんなの赤井君に聞かれたら、私生きていけない…!でも勝負がっ)
勝負には負けられない、だがカミングアウトは御免被りたい。
悩んでいるフレディの前で、青山はふぅ、とひとつ息を吐いた。
「これも勝負だしね」
実は、と彼は口を開く。
何を言い出すのかと一同は固唾を呑んで彼の言葉を待った。
「つい最近まで、まさか4畳半の部屋で暮らす人間が居るなんて知らなかったんだ」
「金持ちの嫌味か。俺の部屋だよ、悪かったな」
「肉を切らせて骨を断つ。素晴らしゅうございます、坊ちゃま」
最早怒鳴る気力もない南部と称賛する佐々木の後方で、確かに狭かったと赤井と緑川が頷く。
ひとり暮らしの彼の部屋はあれくらいで丁度良いのだが、
大金持ちの青山から見ればウサギ小屋程度にも見えないらしい。
しかしながら、せっまい部室に光モノを押し込んでいる彼に言われたくはない。
繰り広げられる喧騒を前に、フレディは更に一言も発せずにいた。
(えぇ?!そんなことが恥ずかしい過去なら、私のなんてとても言えないッ!!)
く、と押し殺したような声を漏らし、田中(ファントム)は声高らかに笑い出した。
「ふははははは!!この勝負貰ったぁ!!行け、フレディ!お前の恥ずかしい過去をカミングアウトして来るんだ!!!」
「自信満々だね、楽しみだよ」
田中(ファントム)は失念していた。
フレディこと早乙女純が
―――


「リーダー!フレディがダンボールに閉じ籠りました!!」
「何ぃ
―――――?!!」


非常にプレッシャーやショックに弱いということを。


第2勝負、フレディの辞退により青山の勝利。
ぎりりと歯軋りをさせた寺嶋が眼光鋭く南部を射抜いた。
普段の温厚さ、と言うより常識人さが著しく失われている。
「このままでは済まさんぞ、若造…!!」
(誰だろう、このヒト…)
まるで悪役の台詞だと思ったが、相手は年長者で先輩なので取り合えず黙っておこう。



勝負その3は緑川VSジェイソン。
そろそろ夕日も隠れ始め、辺りは宵闇に支配されようとしている。
辛うじて深い橙に染まっている風景は、まるでオレンジジュースにでも浸されているようだ。
「えぇい、こうなったら力ずくで奪うぞ!!」
「何かこの台詞どっかで聞きましたけど、おう!!」
(奪うも何もここは屋外だ)
権利の問題なら関係ないのかもしれない、南部は一瞬だけ頭を抱える。
「ワハハハハ、この勝負もらったぞよ!!」
更にどっかで聞いた台詞で高笑いをする寺嶋が本気で不安になってしまう。
部室云々ならこちらにではなく、
校長に直談判するのが手っ取り早いと思うのは彼がまだ新米教師だからだろうか。
釣りから戻ってきた緑川に気付くと、赤井はふと思案顔を見せた。
「青春群像のひとつに、夕日の浜辺で殴り合うというのがあったな」
「…は?」
南部の意見は散々古いと言っておきながら、彼の意見も十分一昔前だ。
疑問符を浮かべた南部は怪訝そうな顔を赤井に向ける。
だが、彼からの返答の変わりに上がったのは提案だった。
「よし、最後の勝負はそれで行こう。河辺を浜辺の代用とすれば問題ない」
「あるだろ」
「勝負じゃあぁぁ
――――!!!」
ぎらりと緑川の目が光る。
殺気立っているのが手に取るように分かった。
オカルト同好会――ダンボールに閉じ籠っているフレディを除く――は竦み上がったが遅い。
猪のように突進してくる緑川を寸でのところで避けると、突風が吹き抜けた。
「ひぃっ!!」
まるで大型トラックが雨のぬかるんだ土壌を抉ったように、彼の軌跡が残っている。
ありえない。
「く、くそっ!今日のところは…」
「危ない、リーダー!!」
「うわぁっ!!」
ヒトの話を聞いていないのか、聞こえていないのか。
緑川は闘志を漲らせたまま、彼らを追いかけて行く。
ここから端が見えない程度には、河川沿いはどうやら長いらしい。
「次こそは部室を頂きますからね、南部先生!」
負けを認めたらしい寺嶋は初老とは思えぬ素早さで走り去って行く。
呆然とその背を見送っていた南部は思い出したように小さくなって行く緑川を振り返った。
喧嘩沙汰、流血沙汰になりでもしたら色々と不味い。
「緑川
――――!!」
「南部顧問、緑川ならば大丈夫だ」
「赤井」
取り乱すことなく淡々と口を開く彼に、南部はあぁそうだと考え直す。
いくら勝負だからと言って、緑川が本気でヒトを傷付けることはしないだろう。
もしやと思った自分を恥ずかしく思う。
これだから教師とは生徒に教えられて共に育って行く反面教師なのだ。
「目標物を見失うようなことはない」
「ナイスファイト」
「戻って来い、緑川
――――――――――ッッッ!!!!」
ほんの僅かでも彼らに常識を求めた自分が莫迦だった。
必死で叫ぶ南部の声が届いたのか、否か。
数分後、何事もなかったように戻ってきた緑川の手に饅頭が握られていたことから、
どうやら他に意識が逸れて大事に至らなかったのだと安堵した。
とっぷりと陽も暮れて、町には明かりが灯り始めている。
「緑川も戻ったことだし、本日の活動はこれまで。解散!」
漸く終わりを告げた部活動の中、精神的に疲れ切った南部はもうひとつ思い出した。


コミックス1巻の帯のフレーズは『夕日に向かって、走らない』。


そんな彼らが『青春』を議題にすることがそもそも間違っていたのだと、
身に染みて確信したのだった。







END



あとがき。
木花さまに捧げます。

内容は無かったのですが、議題として持ち出されたことがあったので使ってみました(笑)。
この作品ほど我が家で感嘆符が多いものは無いと思われます。
笑って頂けたらそれだけで本望です。
宜しければお持ち帰り下さいませv
リクありがとうございました!

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