プロポーズしようと決意して、彼女の元へ向かったら。 「ミリィ?出かけましたよ」 あっさり出鼻を挫かれた。 |
Silvia |
ヘタレにも程がある、と思っていても言わないのがこの船、 ソードブレイカーのメインシステム・キャナルである。 シートでパネルに突っ伏したまま、 小1時間動かないマスターを眺めて深々と溜息を吐いた。 「ケ・イ・ンッ!仕事しないなら出てって下さいな!」 開きっ放しの画面の前を、わざとらしく必要も無いのにはたきをひらひらと振り回す。 淡い緑の長い髪を2つに結い、 白いエプロンドレスを靡かせる姿は不思議の国のアリスのようだ。 「…俺の船のどこに居ようが、文句を言われる筋合いは無い」 「誰がこの船だと思ってンですか、シバきますよ」 ケインは言い返してみたものの、 即座ににっこりと笑っていない笑顔で目の前に立たれると、 ぐっと言葉を喉に詰まらせてしまう。 どこが笑っていないかと言うと、まず目が笑っていない。 それだけ見れば、 後は何も言わずとも――言わせないの間違いかもしれない――伝わるのが長い付き合いだ。 「どこ行ったか訊いてないのか?」 微かな抵抗を諦め、仕事のリストが羅列されたウィンドウを閉じる。 「訊きませんよ、子どもじゃあるまいし。夕方までには戻るって言ってました」 母親のような物言いに、彼はうだうだとシートの上に丸まった。 苛立ちを憶えるがそこはキャナル、優しく諭す―――などという回りくどいことはせずに、 横からシートごとケインを床に投げ出した。 容赦が無い。 「キャナルだけは俺の味方だと思っていたのに…」 ケインは起き上がる気力も無いのか、転がったまま動こうとしない。 全く、とぼやいてキャナルは腰に手を当てた。 「何言ってんですか」 溜息を吐いて、眉尻を下げる。 「私は私が大好きです!」 「…うん、お前はそーいうヤツだよな」 胸を張って言い切った少女に、ケインはがっくりと項垂れた。 冗談や建前で無いところがキャナルらしい。 ピコン、とウィンドウがひとつ開いた。 「ほら、噂をすれば戻って来ましたよ」 漸く起き上がろうとするマスターに見えているであろう画面を指差し、 金色の髪を短く切り揃えた少女を示す。 両手にいっぱいの荷物を抱えたミリィが、 開かれたハッチから船に戻る姿が見えた。 「…やっぱ、良い」 マントに包まるようにして、ずるりと重たい脚を引き摺るケインに、 キャナルは訝しげに眉を顰める。 「はぁ?用事があったんでしょ」 「今日は日が悪い、止める」 あっさりと引き下がる彼に、やはり納得が行かない。 マントを踏み付けて留めようとするが、半ば意地のように力任せに歩を進める。 端の方がビリ、と裂けた気がしないでもなかった。 「止める、って」 「止める!止めた!今日はもう寝るッッ!!」 「駄々っ子ですか!」 呆れたキャナルが彼を羽交い絞めにするには、大して時間を要さない。 だからこそ、メインルームのドアからミリィが入って来た頃に、 珍妙なシチュエーションが出来上がっていても何ら不思議は無かった。 「…どしたの、2人とも。賑やかね」 一拍の間を置いて、すっかりと慣れてしまった喧騒へと疑問を投げる。 おかえりなさいを言う前に、 キャナルは大きな瞳に涙を浮かべて、わぁっと泣き出す真似をした。 両手で顔を覆い、小さくイヤイヤと首を振る。 相変わらず芸が細かい。 「ミリィ、聞いて下さい!ケインったらッ!!」 いつの間にか握られ――投影され――ていたハンカチを皺くちゃにして、 少女はミリィにしがみ付いた。 「だあああああああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」 大声でキャナルの台詞を遮り、 べりっと音がするかと思うほど勢い良くミリィから引き剥がす。 何が起こっているか分からないミリィだけが、きょとんと目を丸くしていた。 「寝る!!」 「お、おやすみ」 どすどすと大股でメインルームを出て行くケインの後姿を眺めながら、 ミリィはぱちくりと目を瞬かせた。 一緒に食べようと思っていたクッキー缶は手にしたままだ。 「…何かあった?」 蓋の周りを留めているテープを剥がしつつ、自分のシートへと向かう。 後を付いて行くキャナルも、さぁ、と首を傾げた。 「私もよく分からないんですよね」 「分かんなくて喧嘩してたの?」 「ハイ」 少女にとっては、一種の暇潰しなのかもしれない。 否、生きがいなのかも。 思ったけれど口にはせずに、彼女は乾いた笑いを浮かべる。 「器用ね、アンタ達」 キャナルもこの頃には、 ケインがミリィを探していたことなどすっかりと忘れてしまっていた。 (情けねぇ) これでは、戻って来た頃に逆戻りではないか。 好きという気持ちを確かめたくて、確かめられなくて。 もどかしいままに想いを伝え合って、ようやっと恋人と呼べる仲になった。 そう、ようやっと、なのだ。 「ばあちゃんなら、こんな時どうやってたんだろ」 落ち込み調子で、ベッドの枕へと顔を押し付ける。 いつもいつも、何かある度に祖母の言葉を思い出してやり抜けてきた。 時には思い出せないこともあった。 けれど。 「何て言われたっけ…クソ、思い出せねぇ」 そう言うときは限って必ずと言って良いほど、 自分なりの答えを見つけるしかなかったのだ。 「…情けねぇよなぁ」 ケインは呟くと、がしがしと頭を掻いて仰向けに寝転がる。 目を閉じるといつの間にか眠ってしまっていて、 夕飯の頃にミリィ達から叩き起こされるのだった。 感傷に浸りきれない要因は、 この仲間構成にあるかもと本気で悩んだ方が良いかもしれない。 珈琲でも貰おうと、プライベートルームの入り口を潜ったのは午後3時を過ぎた頃。 甘い菓子と紅茶の芳しい香りが一瞬にしてケインを包み込む。 そこまでは良かった。 「…何でお前がココに居る、レイル」 見慣れ過ぎた姿を忌々しげに睨み付けると、 レイルは涼しげに微笑んでティーカップを掲げた。 「丁度、我々も別の用事でこの惑星に滞在していてね。ばったり昨日会ったニーナが、ミリィさんに誘われたんだよ」 「お邪魔してますぅ」 久し振りに目にした友人に、あぁ、と無愛想に返事をする。 ただし、トルテを倖せそうに頬張っていたニーナに対してだけ。 「…だが誘われたのはニーナであって、お・ま・え・じゃ・ね・えッッ!!」 いけ好かないレイルの胸倉を掴み詰め寄るも、 わざとらしくやれやれと困った顔を見せる彼にはどう足掻いても敵わない。 良い加減学習しても良さそうなものなのだが、頭と心は別のイキモノ。 分かっていても感情が先走る。 そうでなくとも、ケインは典型的な直情型だ。 キャナルと一緒に奥のキッチンからお茶のお代わりを出していたミリィは、 彼の耳を抓り上げた。 「良いじゃないの、大勢の方が楽しくて」 あんたも座りなさい、と頭を叩かれ、面白くなさそうに椅子に掛ける。 「…そーデスネ」 何故こうも、先日から挫かれてばかりなのか。 ケインは腐れたくもなる。 今週の占いはワースト1位で、 ずっと考えていたことを実行に移すには大凶なんぞ書かれているのかもしれない。 たった一言なのだ。 たった一言を伝えれば、それで済むのだ。 なのに上手く行かない。 珈琲を啜りながら、不機嫌さを隠そうともしない彼にミリィは嘆息する。 「何不貞腐れてんのよ、ケイン」 「べっつにぃ」 彼が無愛想なのは昔からだ。 だからこそ、こんな時くらい愛想良くしてくれても良いのにと彼女は思う。 今言ったところで更に意地を張ってへそを曲げるのは目に見えているから、 後でしっかりと制裁を加えておこうと物騒なことを心に決める。 一言二言キャナルと仕事の話を交わしている間に、レイルはミリィの肩を叩いた。 こそりと、小声で囁く。 「ケインは意外と子どもっぽいところがあるから、しっかり見てないと気付かないこともありますよ」 切り分けていたタルトを皿に盛り付け、レイルに渡す。 彼女は微笑んで小さく簡単に頷いた。 「織ってるわ」 伊達に付き合いが長いワケでは無いのよ、と肩を竦める。 気付いていないはずが、無かった。 彼の一喜一憂は分かり易い。 気付いていたからこそ、自分から何かを起こそうとは思わなかった。 「ずっと待たされたんだから、今度は向こうが待つ番よ」 手に付いたクリームをひと舐めして、ケーキサーバから手を離す。 なるほど、と頷いてレイルは、面白そうに破顔した。 仕事の話も上の空、洗面所の水は出しっ放し、 口に運んだはずのハムエッグは膝の上。 お年寄りもびっくりの集中力の無さに、キャナルは溜息を吐いた。 「貴方が何しようとしているか、当ててみせましょうか」 膝の上に広げてはいるものの、 先程からページが変わらないケインの武器特集の雑誌を取り上げてこちらを向かせる。 「当てなくて良い」 じとりとねめつけられてもキャナルは怯まない。 機嫌がすこぶる悪いのは理解している。 くるくると雑誌を丸め、彼の頭をすこんと叩いた。 「そう言われると苛めたくなるのが心情ってモンだと思いません?」 「…思わない」 ほんとうに彼の不貞腐れっぷりは子どものそれとよく似ていて、 噴出しそうになるのを懸命に堪える。 何とか込み上げるものを押さえ込み、ふと、キャナルは表情を和らげた。 その姿には似つかわしくない、ずっと大人びたもの。 「…待ってたのは、同じだけれど」 恐らくは、ケインの祖母と行動を共にしていた頃のカオ。 彼が思っているよりも彼女はずっと大人で、先見に長けていて、誰よりも人間染みている。 「私達はミリィが無事だと織っていて」 こんな風に諭すのは、どこか亡きアリシアに似ていた。 アリシアが、キャナルに感情というものを教えたのかもしれない。 「ミリィは私達が無事かどうかも分からなかった」 膝を折って座り込み、持っていた雑誌を彼の手に戻した。 下から覗き込む瞳はあくまでも穏やかだ。 「長かったでしょうね」 帰って来いと言われ、素直に頷いたのはケイン。 確約出来るものも無く、ただ待ち続ける時間はミリィにどんな想いをさせたのか。 彼女は多くを語らない。 訊ねたところで、もう良いじゃないとはぐらかされる。 事実、ミリィにとって彼らが戻って来た今となっては、 遡った時間に感じていた負の感情など語らずとも構わないものだった。 「…お前、昔はあんなにミリィと仲悪かったのにな」 長く息を吐いて、ケインは思いを廻らせる。 彼の記憶には喧嘩ばかりしていた2人しか見当たらない。 彼女達が結託して何かを為す、なんて利害が一致しない限り皆無だった。 「悪くは無かったですよ?」 心外だとばかりに、キャナルは眉を吊り上げる。 「アレは、ミリィが避けてたんです」 こつり、足音のするはずのない少女の足元から聞こえる足音。 背を向けてしまったキャナルは、 画面に映る小さな星々が浮かぶ大きな宇宙空間へと視線を投げた。 時折、燃え尽きた星が流れて消える。 「私がミリィの本当を織っていたから、絶対に私に歩み寄ろうとはしなかっただけ」 だからね、とキャナルは振り返る。 「これは、私の我儘」 いつか警報が鳴り響いていたメインルーム。 ケインが掛けているシートには負傷した前マスターが居て、 隣に立つ少女は少女では無く、哀しいと言う言葉も織らずに涙を流した。 良いのよ、と微笑う彼女が切ないほどに美しく。 「2人には、アリシアみたいになって欲しくなかった」 今でも、思い出せばヒトと同じように胸が痛む。 キャナルは躊躇いがちにケインの頬に触れた。 「ケイン、倖せって案外傍にあるものなんですよ」 覚悟決めていってらっしゃい、キャナルは彼の背中を張り飛ばすと、 かつてのアリシアを思わせる風貌で微笑んだ。 ケインが出て行った後のメインルームにひとり立つキャナルは、 シートの上にちょこんと置いてある箱に気付いた。 あら、と首を傾げて摘み上げれば、 それが何か分かってがっくりと肩を落とす。 「…何で忘れていくかなぁ」 あまりの主人の不甲斐なさに半眼で乾いた笑いを零す少女は、 ちょっとばかり悪戯をしてやろうと思い付くのだった。 キッチンへと続く扉を開けると、芳しい香りがいっぱいに広がる。 そう言えば、もう5時を過ぎていた。 鍋を混ぜるミリィの後姿を見つけて、壁を軽く叩いて呼んでみる。 「ちょっと、良いか?」 「はぁい?」 動かしていた手と鍋を置いたコンロの火を止めて、ミリィは振り返る。 こちらを見る前にオーブンの中を確認して、キッチンを離れた。 「仕事?プライベート?それともお給料支払う気になった?」 「…その話はまた今度で」 「良いわよ別に、あんまり期待してないから」 痛いところを突かれたケインは言葉を濁らせる。 食費などその他諸々の経費は出ているお陰で、衣食住には困らなかった。 確かに自分の自由になる金は僅かなものであったが、不自由はしていない。 「そうじゃなくて、だな」 「うん」 「渡したいものが、ある、ん…?」 挙動不審な彼の言葉をじっと待つ。 ごそごそとポケットだのを漁っているが、一向に落ち着く気配を見せない。 服のあちこち、それこそ靴の中まで引っ繰り返すが、 どうやら探し物は見つからないらしい。 「―――…あ、れ?」 「ケイン?」 簡単に言えば顔面蒼白。 ―――…無い ケインから一気に血の気が引いた。 「…冗談だろ!笑えねぇッ!!」 「は?」 「ちょ、っと、待て!仕切り直す!!」 ワケが分からないと怪訝そうに眉を顰めるミリィを手で制して、 踵を返すケインだったが、 何かを思い出したらしい彼女の足が彼のマントを踏み付けた。 「うん…?あ、そうだ」 ぐえと呻いて、絞まった首を摩りながら怒鳴りつけようと口を開きかけた。 けれどそれらの言葉を飲み込んでしまったのは、 彼女が示したものに一瞬で頭の中にあったものが吹っ飛んだからだ。 眼前に差し出されたのは、恐らくも何も、彼が今し方まで探していたもの。 「はいコレ、ケインのでしょ?」 渡された白い小箱がぽすりと手の中に治まる。 「…………………………どこにあった」 固まっていたケインは漸くそれだけを口にした。 キッチンへ戻ろうとしていたミリィは知らないと首を振る。 「さぁ?キャナルが渡しといてって」 (わざわざコイツに渡さんでも…ッッ) キャナルのことだ、確信犯に違いない。 少女の高笑いが聞こえるようで、思わず苦虫を噛み潰したような面持ちになる。 噛み付いたところで簡単にあしらわれるのがオチで、 ケインは泣き寝入りするしかなかった。 「…じゃ、仕切り直し」 ミリィの手を掴み、その手のひらに小箱を載せる。 ラッピングもされていない簡素な箱とケインを、彼女は呆けたように交互に見やった。 「コレ、お前にやるから」 シールで留められてもいなかった蓋は簡単に開き、中に隠れていたものが顔を出す。 淡く光を放つそれは決して値が張るようには見えなかったけれど、 ミリィにとっては十分だった。 持っていた蓋が重力に逆らわずに床へ落ちる。 「返事はYesしか聞かない」 銀色に煌くリングは、確かな約束の証。 「…莫迦ね」 ミリィはリングを箱ごと握り締め、胸元に寄せる。 堪え切れなかった涙が零れることくらい赦して欲しい。 頬を一筋の滴が伝う。 「待たせてるつもりで、待ってたのは私だったのよ」 欲しかったものだった。 求めて、已まなかったものだった。 けれど自分から手を伸ばしてばかりなのが悔しくて、 わざとのらりくらりと逃げていた。 「悔しいわ」 結局、そんな彼を待っている自分を誤魔化すことは出来なかった。 「返事は?」 「選択肢はひとつだけなんでしょ?」 「それでも一応」 そうね、とミリィはリングをケインの目の前に差し出す。 ぱちくりと目を瞬かせる彼に、不敵に笑ってみせた。 「これ、嵌めてくれたら言ってあげる」 どの指に着けるかなんて、分かり切っていた。 それでも最後の悪足掻き。 彼の想いの再確認。 愛してる、の言葉はたくさん貰った。 優しいキスも、強い抱擁も数え切れないくらいに。 だから今度は、確かなものが欲しかった。 恋をすると欲張りになる。 嬉しくなる。 倖せで、いっぱいになる。 伝えたいのは、伝えなければならないのはきっとひとつだけ。 ―――…ありがとう 左手を取ったケインのぬくもりはどうしようもなく現実で、 迷うこと無く薬指へと嵌められたリングに、ミリィはyesと頷いた。 END |
あとがき。 |
ポクロさまに捧げます。 あーかーるーくー(何の呪文)。 カッコ良く決めるプロポーズなんてケインじゃない!と言うコトで、 思う存分へたれて貰いました。 踏み付けてやって下さい。 宜しければお持ち帰り下さいませ! リクありがとーございましたv |
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