知らない。
知らない。
知らない。

だけど、知りたい。
だから、知りたい。


教えて、境界線のその先を。







20:unknown







夏と勘違いしてしまいそうな茹だる気温には毎回音を上げてしまいそうになる。
にわか景気の谷と呼ばれるラッシュバレーを、
随分と暑苦しい恰好をした青年が真っ直ぐに目的地を目指して歩いていた。
黄金色の瞳に黄金色の髪、加えて悪趣味な赤いコート。
見目が派手に出来ている彼を、時折通行人が振り返る。
あまりに似つかわしくない格好に、
暑くないのかと通り過ぎる店先の人間が怪訝そうに声を掛けた。
だが脱ぐわけには行かない。
幼馴染が機械鎧製作の修行をしているこの地には、
彼の右腕と左足である機械鎧の整備で何度も訪れている。
だからこそ顔を知られている人間には知られたくないのだ。
そのコートの内側がひとの腕
――生身であるということを。
確かに数年前まで、彼の右腕と左足は鋼のからくりを以ってして存在していた。
そうして、その失われた手足と弟の身体を取り戻す為にこそ旅をしていた。
危険を顧みず旅を続けている間に、
事件やら国の存亡やら突拍子もないことに巻き込まれ、
日陰者になったり、それこそ文字通り命を落としかけたりで色々あった。
そんな彼があまり大っぴらには言えない理由で失った手足を取り戻したのが数年前。
それと同時に長い旅も終わりを告げた。
軍の狗である証の銀時計はもう、無い。
取り戻したがりがりにやせ細った身体をまともに動かせるようになった弟が故郷を離れ、
中央で勉学に勤しみ始めると途端に故郷が広く感じた。
幼馴染の家に厄介になっている彼は幼馴染の祖母と愛犬、ふたりと1匹で暮らしている。
決してひとりではないのだけれど、やはりどことなく寂しい。
かと言って、故郷を離れる気も無く、
軍部のかつての上司に寄越される仕事をこなしながら毎日を過ごしていた。
肝心の幼馴染の彼女はと言えば、
あれやこれがあった際に故郷へと一時的に避難していたものの、
全てが落ち着くと下宿先であったラッシュバレーに戻り修行を再開している。
途中で放り投げるのが彼女らしくないと分かっていても、
引き止めたい本音を懸命に抑え込んだ。
彼女への想いを自覚してからこちら、尚更我儘になっている自分に眩暈がする。
今まで殆ど感じなかった寂しさという感情すら自己主張をしてくるのだから堪らない。
勿論、口が裂けても寂しいなどと言えるはずもなく、
今回のラッシュバレー行きも、
たまたま中央司令部に依頼された仕事の書類を提出しに行ったら、
たまたま丁度良いラッシュバレー行きの汽車が出ていて、
たまたま時間も空いたので、ついでに幼馴染の祖母の代わりに様子を見に来ただけである。
誰が何と言おうともただそれだけなのだ。
青年――エドワード・エルリックは、
機械鎧関連の店が立ち並ぶ中では浮いている華やかな看板を見上げて立ち止まった。
アトリエ・ガーフィールと読めた看板を掲げた店はやはり機械鎧工房で、
店先にも幼い頃から嗅ぎ慣れたオイルや金属の匂いがここにまで届く。
逸る鼓動を抑えながら、ひとつ息を飲み込んだ。
「あら」
その矢先、店の奥から木箱を抱えて出て来た男性
――女性と呼ぶべきか――が、
目を丸くしてエドワードに気付く。
久しぶりに見る幼馴染の師匠であり店主のガーフィールは、
以前見た姿と少しも変わりが無い。
木箱を店先に積み上げると、しなやかに片手を頬に寄せた。
「あらあら、久しぶりねぇ。ウィンリィちゃあん、お客様よぉ!」
うふふと小さな口元が笑みを浮かべ、
店内へと振り返った彼
――彼女――にこんにちはと応えるより先に叫ばれ、
エドワードは心の準備も何もあったものではない。
奥から返事が聞こえ、久しぶりに響く彼女の声にことん、と心臓が小さく跳ねた。
腕で額の汗を拭いながら、
はちみつ色の髪を無造作にひとつに結わえ、バンダナで頭を覆った少女が顔を出す。
故郷の空と同じ色をしたまぁるい瞳がエドワードを映した。
「あれ、エド?あんたはまた、連絡もなしに突然来るんだから!どうかしたの?」
聞きなれた台詞にエドワードは苦虫を噛み潰したような顔をして可愛くねぇ、と内心呻く。
鼻の頭がオイルで汚れている幼馴染であるウィンリィ・ロックベルは、
相も変わらず愛しい機械鎧に埋もれているらしい。
そもそも今回は機械鎧の整備ではないのだから、
突然顔を出しても文句を言われる筋合いは無いはずだ。
苦情申し立てをしようと口を開きかけると、とびっきりの店主の笑顔に遮られた。
「どうかした、だなんてウィンリィちゃんったら。可愛い恋人に逢いに来たに決まってるじゃないの!」
コイビト。
エドワードとウィンリィは聞き慣れない単語を暫く反芻し、
意味を理解した途端にふたりしてぼぼっと顔を赤く染めた。
「彼氏じゃありませんっっ!!」
「彼女じゃねぇよっっ!!」
ほぼ同時に叫ぶも、真っ赤な顔では説得力が無い。
突然の大声に、店内にちらほらと居た客がふたりを見やる。
ガーフィールは手招きして店の中に入るよう促すと、意味ありげに笑みを濃くした。
「あら違うの?」
てっきりそうだと思っていたのよ。
今現在も彼らの台詞をこれっぽっちも信じてなどいない様子でアンティークな造詣の椅子を引く。
金魚のように口をぱくぱくとさせて何も言えないふたりは、
――彼女――がお茶を勧めるまで動けずにいた。
―――……ま、まだ…」
先にようやっと声がまともに出たのはエドワードで、ウィンリィは驚いたように顔を上げる。
彼の言う通りだった。
お互いにお互いの想いは知っている。
けれど、まだ、なのだ。
それはふたりの取り決めのようなもので、幼馴染の境界線を越える為の準備期間。
彼は彼女に、彼女は彼に、まだ想いを告げてはいない。
修行が終わるまで待っていてと彼女は言った。
修行が終わるまで待っていると彼は言った。
終わったら、帰って来たら、そうしたら伝えると約束した。
分かりきっている想いに今更、と仲間連中は笑うがそれでも彼らなりのけじめだった。
ふたりの間に走る境界線の先はまだ、知らない。
それでも、エドワードの彼――彼女――への答えは嬉しかった。
約束はまだ有効で、ふたりは幼馴染であることは間違いない。
ただ境界線の向こう側が予約済みだというだけで。
彼の広い背中に抱き付けるものなら今すぐ抱き付きたいのに、まだ出来ない。
この想いがある今は幼馴染として触れることはもう、出来ない。
ずるをして近道を選んでも、意味が無いのだ。
遠回りでも確かな道を歩まなければ、彼に恥じない自分でなければ。
恋と仕事は別のものだ。
ウィンリィは気持ちを切り替えるように頬を叩く。
「何やってんの」
「気合入れてたの」
「…それ以上、女らしさ無くしてどうすんだ」
「どういう意味よ!」
その通りの意味だとエドワードは舌を出して椅子に腰を下ろす。
ガーフィールの用意してくれたキンと冷えているアイスティーに礼を言って手を伸ばした。
火照った身体にじわりと心地良い冷たさが染み渡っていく。
工房の中は他の店と同じように工具やら機材が所狭しと並んでいるが、
散らかっているということはなく、
ひとつひとつがきちんと整頓されていて几帳面な店主の性格が見て取れた。
以前、彼
――彼女――の扱う機械鎧は繊細でいて強硬な造りなのだと、
彼女が目を輝かせていたのを覚えている。
好きなことに関しては勤勉である彼女の腕は、
素人であるエドワードにはよく分からないが祖母曰く上達しているらしい。
「ところで、エド。暑くないの?」
製作途中の機械鎧に向かおうとしたウィンリィが、ふと手を止めてエドワードを振り返る。
「暑いけど」
「脱げば良いじゃない」
ウィンリィはエドワードのコートに手を掛けるが、やんわりと押し留められる。
彼女に触れる手も機械鎧であったころと同じように白手袋できっちりと覆われていた。
しかもコートの内側に身に付けているのは黒一色。
これで暑くないはずがない。
「…不味いだろ、色々」
彼の言わんとすることを察し、ウィンリィはあっと手を退ける。
彼に逢えたことが嬉しくて失念していた。
仕方なく、手元に置いていた団扇を渡す。
「少しは違うでしょ」
「お前だって暑いだろ」
「あたし、扇風機あるもん」
「…ソウデスカ」
見れば、大きな扇風機がウィンリィとガーフィールの間を行ったり来たりしている。
労働者が最優先。
ある程度風通りを良くしている店内だと言っても、
ただでさえ工具を扱えば熱が発生するのに、
作業場自体は砂埃が入り込まないようにあまり風の通らない場所を選んでいるのだ。
彼女達こそ暑いだろうに。
エドワードは口を噤んで、コートの内側に団扇で風を送った。
「あたし仕事あるし、暇ならその辺見てくれば?」
「顔見に寄っただけだから長居はしねぇよ」
「泊まって行けば良いじゃないの。部屋ならあるわよ、エドワード君」
何ならウィンリィちゃんの部屋でも良いけれど。
口に含んでいたアイスティーを勢い良く噴出す。
エドワードは大仰に咽ると、涙目でガーフィールを睨んだ。
――彼女fはエドワードの反応すら楽しんでいるように見える。
「かっ帰りますからッッ!!」
「遠慮しなくて良いのよ?」
どう言ってもまともに取り合ってくれない。
恥ずかしいやら照れ臭いやらで、頭がぐるぐるする。
「家、ばっちゃんがひとりだし!」
言い訳染みていると自分でもよく分かっていたが事実だ。
今更と言われるかもしれないけれど、
一緒に暮らし始めてからはそれなりに気に掛かる。
何より、まだ幼馴染の彼女の下宿先に宿泊するなど自分が限界だ。
今まで散々整備だ修理だと、彼女とひとつ屋根の下で寝泊りしていた癖に、
今頃になって急に意識してしまう。
だから、頷けない。
「そっかぁ…」
例え、ぽつりと呟いた彼女がどんなに寂しそうに見えても、
例え、微笑った顔が切なそうに見えても、
絶対に、どうあっても、何がなんでも、
(〜っ、何だよそのカオ…っっ)
頷くワケにはいかない、のだ。
葛藤しているエドワードの隣で、ガーフィールは鼻歌交じりにメモ用紙にペンを走らせる。
さらさらと何事かを書き出した紙をウィンリィに手渡した。
「ウィンリィちゃん、お使い頼んで良いかしら」
「はい」
次にエドワードへとウインクを寄越して、彼女の背を押す。
「エドワード君、荷物多いから手伝って貰っても?」
「あ、はい」
大した用事で顔を出したワケでもない彼は、彼女が居なくなったら居心地が悪い。
手伝いと言っても荷物持ちくらいだろう。
ふたつ返事で立ち上がり、彼女の後ろを付いていく。
急ぎじゃないからゆっくりしてらっしゃいなとガーフィールが手を振ると、
ウィンリィも笑顔で手を振ったのだった。



騙された。
じりじりと照りつける太陽すら厭わしく思え、
エドワードは持った荷物で腕が千切れるんじゃないかと疑い始める。
見た目にそれほど容量はないのだが、何しろひとつひとつが金属部品で重みがあるのだ。
小さなナットがぎっしり入ったケースなんて、足に落とせば悲鳴のひとつも上がるだろう。
「ちょっと、大丈夫?」
「大丈夫に見えるのか、コレが」
「や、あんまり見えないかな」
ぐるぐると巻いた長い銅線を肩に掛け、
ウィンリィはメモを片手に足の重たくなってきた彼に苦笑した。
「普段からこんな買出しやってんの、お前」
ううん、と彼女は首を振る。
少し立ち止まって歩幅を合わせ、ゆっくりと歩き出した。
「簡単なものは兎も角、重たいものとか大きいものは配達してもらってるわ」
片方持つと手を出したが、エドワードは頑なに拒否する。
まさかちょっと重たいものが持てない普通の年頃の少女と同じだと、
彼が思っているはずもない。
だとしたら、彼なりの優しさ半分、男の意地半分といったところだろう。
「…だったら、今日のコレは何だ」
重たげに荷物を抱え直し、エドワードは肩口で顔の汗を拭う。
「気、遣ってくれたんじゃ、ないかな」
彼女の頬がほのかに染まっているように見えるのは気のせいだろうか。
は、と彼が首を傾げるより先に、ウィンリィは露店を指差した。
「喉渇いたね、ジュース奢ってあげる!エド、何が良い?」
「え、あ、ジンジャエール…」
「分かった、そこのテーブルに座ってて!」
一気に捲し立てて、彼女は露店へと走っていく。
重たい荷物を屋根のない青空の下に並んでいるテーブルの脇に載せ、肩を回してようやっと人心地つく。
軽くなった両腕が感覚を取り戻そうとじわじわと痺れていくが、
暫くすればすぐに落ち着くだろう。
気にせずに頬杖をついて、賑やかしい街並みを見渡した。
女性の機械鎧職人は珍しい。
右から左へ視線を動かせば彼女はすぐに目に付いた。
主人と何事かを談笑しながら、
カップをふたつ受け取ると軽く頭を下げるウィンリィを遠目に見やる。
近くの工房の人間だろう、ちらほらと彼女に片手を上げて挨拶する者もあり、
ここは自分の知らない彼女が居る場所なのだと実感した。
少しばかり、悔しい。
「はい、ジンジャエール」
目の前に差し出されたプラスチックのカップの表面を水滴が流れ落ちる。
エドワードは目を瞬かせながら冷たいそれを受け取った。
「おう」
「どしたの、ぼうっとして」
向かい側に腰を下ろし、彼のカップにストローを差す。
「賑やかだなと思って」
冷たいジンジャエールをストローで吸い上げれば、炭酸が口の中で弾けた。
オレンジにしようか本当は迷ったけれど、暑いならこちらの方がすっきりする。
「そりゃ、リゼンブールに比べればね…あぁっ!!」
「なっ何だよ!?」
思わず頬杖から頭が落下しそうになり、
自分のカップを握り締めている幼馴染を恨みがましげに睨む。
彼女の唐突さは自分に引けを取らない。
そして、大抵においてどうでも良いことが多い。
「ストロー、2本持ってきたつもりだったのに1本しか無かった」
やっぱりそんなことかとエドワードは盛大に溜息を吐く。
ストローが無ければ飲めないなんてことはない。
そのままカップに口を付ければ良いだけだ。
もう1本貰ってくると立ち上がりそうになった彼女のアップルジュースに、
自分の使っていたストローを突き刺した。
浮かんだ氷がぶつかる。
「それ使えよ、オレ別に要らねぇから」
腰を浮かせたまま、ウィンリィは自分のカップを凝視した。
エドワードはと言えば、
ジンジャエールごと流し込んだ氷をがりごりと音を立てて噛み砕いている。
すとん、と元の場所に腰を下ろし、沈黙する彼女に彼は首を傾げた。
「おい、ウィンリィ?」
今度は見間違いではない。
正面に座る彼女の頬は朱に染まっていて、
暑さにやられたのかと少しばかり心配が浮かぶ。
こんなに天気が良いのだ、過ごし慣れている彼女でも熱射病にかかりもするだろう。
もう一度声を掛けようとしたとき、ウィンリィが小さく笑った。
「これって、間接キスだよね」
大きめに噛み砕いたばかりの氷が、
小さくなるのを待たずにエドワードの喉を無理矢理通り抜けた。
幼い頃から今まで、正直な話そんなことを気にした覚えは無い。
お互いに同じフォークやスプーンを使っても何とも無かったし、
飲みかけのジュースを貰っても平気だった。
後々、間接キスだの何だのと冷やかされても、
当人同士にその定義が無ければ平然としていられた。
勿論エドワードとウィンリィだけでなく、それは弟のアルフォンスとも同じで。
ある一定の年頃を過ぎた辺りからアルフォンスは遠慮するようにはなっていたが、
思春期の潔癖症のようなものだろうと深く考えもしなかった。
みるみる内にエドワードの顔が赤く染まっていく。
「…ばっ!!おま、今まで気にしたことも無いようなこと…ッ、ちょ、返せ!!」
「やぁよぉう」
テーブルの端から手を伸ばすも、
カップごと持ち上げて椅子の更に端に逃げる彼女には届かない。
ジュースを飲む彼女は楽しげで、鈴が転がるようにころころと笑う。
反対にエドワードは釈然としない。
太陽の熱の所為ではない火照りが身体中を駆け巡って、自然仏頂面になる。
彼が本気で怒っているのではないと分かっているから彼女も気にしていない様子だった。
見る限り、口いっぱいに広がる林檎の果汁に彼女は頬を綻ばせている。
「飲む?」
目の前に差し出されたカップに、エドワードは思いっきり顔を顰めた。
「…いらね」
「じゃあ、ジンジャエールひとくち頂戴?」
「やだ」
短く拒んだ後に間接なんたらとか言い出すからいやだ、とエドワードはぼそぼそと付け足す。
これはちょっと不味かったかしらと思わないでもなかったが、
不貞腐れた彼がやけに可愛く見えて、
今度は噴出しそうになるのを必死に堪えなければならなかった。



買出しを終えて工房へ戻ると、ウィンリィはすぐに作業へと戻った。
前に屈められた背中をぼんやりと見ていれば、
雑踏の騒がしさも聞こえてくる機械音も静かに静かに消えて行く。
ガーフィールに引き止めに引き止められたエドワードが茶菓子を勧められて、
世間話を交わしている間に気付けばすっかりと時間が過ぎてしまったらしい。
まばらだった客も皆帰り、店先のシャッターが降りた。
後片付けの済んだガーフィールは先に奥へ引っ込んで夕飯の支度に取り掛かっている。
思いがけず長居してしまったエドワードは慌てて時計を見やった。
不味い、と工具箱を片しているウィンリィを振り返る。
けれど動いていたはずの彼女の手はいつの間にか止まっていて、
作業台の片隅に置かれている写真立てをじっと見つめる小さな背中が目に入った。
写真なんて幼い頃に撮ったものばかりで、
彼らが旅に出てからは一緒に写真を撮る余裕もなかった。
両親と共に映ったものと、祖母と愛犬が映ったもの。
それと、幼い兄弟と少女が映ったもの。
あれから何年も過ぎたのに、成長したはずなのに、
彼女の背中はこんなにも小さかっただろうか。
最初にこの工房へ来たときには着の身着のままで居候し、
衣類なんかは兎も角、細々した荷物は持ってきていなかったように思える。
写真を持ってきたのは、修行を再開してからだろう。
泣いてなどいないのに、彼女の肩が頼りなく見えて抱き締めたくなる。
「…写真、欲しいな」
ぽつり、とウィンリィが呟いた。
「今度リゼンブールに帰ったらアルにも声掛けて皆で、なんてどう?」
写真屋さん呼んで、ちゃんとしたやつでも良いかな。
彼女は振り返らない。
紡ぐ言の葉はどこか、空々しい。
エドワードは目をひとつ瞬かせた。
「…寂しい、のか?」
1歩、彼女へと近付く。
「どうして?」
もう1歩、距離を縮める。
「何となく、だけど」
あと1歩、そこで足を止めた。
「寂しいって言うか」
ウィンリィは顔を上げない。
蛇口をしっかり捻り損ねて滴る水のように、ぽつり、ぽつりと零していく。
「…我慢、してたのに」
「我慢?」
「エドの顔見たら、平気だったことが、平気じゃなくなって」
軍手を嵌めたままの手でごしごしと目元を擦る。
段々と声が掠れて、震えてしまうのが分かった。
「ホームシックになっちゃったみたい、エドの所為だわ」
平気だった。
大丈夫だった。
笑って見送れるはずだった。
なのに、いざ彼が帰る時間になったら寂しくて寂しくて、哀しくて仕様がない。
泣くつもりなど無かったのに、目の奥が熱くなって気付いたら涙が滲んでいた。
はぐらかすつもりで写真が欲しいなどと言ってみても、
やはり自分を誤魔化すことも、彼の意識を逸らすことも出来なくて。
寂しいのか、と訊ねた彼のたった一言で張り詰めていたものが音を立てて弾けてしまった。
ウィンリィが泣いても、エドワードは抱き締めてはくれない。
まだ、抱き締めてはくれない。
曖昧な定義の幼馴染の境界線。
彼女も分かっているからこそ、こんなことで彼を困らせたくはなかった。
「ごめ…っ」
「謝らなくて、良い」
肩口に、深い黄金色の髪が流れる。
潤んだ瞳を動かせば、彼が背後からウィンリィの肩に額を押し付けていた。
作業台の上でぎゅっと握り締められていた両手は、彼のそれで包まれている。
「ここまで」
「え…?」
恋仲であったのなら、抱き締めて慰められる。
彼女が慰められるのなら、幾らだって掻き抱いてやる。
だが、ただの幼馴染であるエドワードにはそれが出来ない。
彼女に近付けない境界線がもどかしくて堪らない。
「ここまでしか近付けないから、もう、泣くな」
抱き締めてしまいたくなる。
耳元で吐息のように漏れた彼の囁きに、涙とは別の熱が篭っていく。
聞き違いだったろうか。
聞きたいと思ったから、そう聞こえただけだろうか。
彼はそれ以上何も言わない。
あんまり驚いた所為で涙も引っ込んでしまったらしい。
嗚咽が止まったウィンリィに脱力したのか、エドワードは深々と息を吐いた。
「え、えど?」
肩口に彼の体重が掛かる。
「…あのさ、ウィンリィ。すっげぇ言いにくいんだけど」
すぐ傍で声が響いて、今度は恥ずかしくなってくる。
何だろう、何を言い出すんだろう。
ウィンリィは身動きが取れずにじっと彼の言葉を待つ。



「…最終、過ぎた」



電話貸して、と脱力する彼は彼女が泣き止んだことに安堵したのではなく、
自分のうっかりさに本当に脱力してしまっただけらしかった。
ここから出る最終の汽車にはまだ時間があるが、
田舎のリゼンブール行きの汽車は本数が少ない。
共に過ごす時間が増えたウィンリィは、
項垂れる彼には悪いと思いつつもこっそりと喜んでしまうのだった。



知らない感情。
知らないぬくもり。
知らない言の葉。


それは、ホントウ?


知らないのは境界線の向こう側。
知っているのは君への想い。



曖昧な幼馴染の境界線。
越えたら笑顔で、大好きって伝えよう。











to be continued....?












ぶらうざの戻るでお戻りください