Blood Blossoms |
ふわり。ふわり。 桜の花びらが舞う。 淡い桃色の雪が降る。 ジープが走るたび、大地に舞い降りた桜の子ども達が舞い上がる。 綺麗ですね、八戒が呟いた。 その言葉を遠くに聞きながら、悟空はぼんやりと思う。 あぁ、懐かしいな。 覚えなど、どこにも無いというのに。 そう。 ひとかけらさえも覚えていないのに。 どうしてこんなにも胸が締め付けられるのだろう。 休憩の合間に、一人皆の元を離れた。 噎せ返るような桜の木々を仰ぎ見て、ゆっくりと目を閉じる。 その間にも、はらはらと花弁は頬を掠めていった。 目を閉じていても風は感じられる。 「駄目…かな…?」 大きく息を吐き出して、力なくその場に座り込んだ。 「何か、思い出せるような気がしたんだけどなぁ」 へへ、と笑うが、すぐにその笑みは消え失せた。 そのまま地へと倒れこむ。 柔らかな日差しが、身体中に降ってくる。 温かい。 腕も脚も放り出して、太陽を身体中で感じた。 「…何をやっている、お前は」 不意に呆れたような声が耳に飛び込む。 太陽の光を帯びて、その金糸が煌く。 「…三蔵」 声がした方へ顔を向けたが、すぐに反らした。 「ありがと」 何の前置きも無く、唐突に紡がれるカンシャの言葉。 あまりの唐突さにさすがの最高僧も目を見開く。 「何のことだ」 「さっき…さ、一人だったら絶対泣いてた」 吐息のように自然に吐き出される台詞。 全く感情を帯びていないが、悟空の感情の全てに感じた。 「だから、ありがと」 「泣くか泣かないかはテメェで決めることだろ」 「あぁ、そっか」 くすくすと笑い出すが、決してそれは笑い声ではなかった。 少なくとも、三蔵はそう感じた。 何かが違う。 まるで何も入っていない宝箱のような、違和感。 空っぽの一挙一動。 「何?どうかした?」 忌々しそうに舌打ちをする。 「…こっちの台詞だ」 煙草をくわえて、悟空の隣りに座り込む。 カチリ、とライターを使う音がした。 視線を向けることもせずに、悟空はただ頷く。 「ふぅん…」 さして興味も無いようで、すぐに話題を切り替えた。 「なぁ、三蔵。」 天へと手を突き出して、花弁の一枚を捕らえた。 小さなそれは、簡単に悟空の手に収まる。 そして、弾かれたように手放した。 「何でだろ、俺。桜が全部血の色に見えるんだ」 ぽつり、と口を開いた。 誰かに話しているのか、独り言なのかさえも分からない。 「すごく、綺麗だと思う。けど、血の色にしか見えない」 顔を両手で覆う。 「怖いんだ」 分からないけど。 悟空は呟く。 「桜が死んでいくみたい」 「…花が散ることは、死を指すと思っているのか?」 ごろりと寝返りを打ち、三蔵を見上げた。 「思ってるよ」 無邪気に笑いながら、そう告げた。 ひどく、残酷に。 「散ってしまえば、それでオワリ」 「それならば、何故次の春にはまた花が咲く?」 悟空は静かに瞬きした。 「次の春も、その次の春も。木がなくならない限り、何故花は咲き続けるんだ?」 「生きてるからだよ」 至極当然とでも言うように、彼は言った。 「生きてる、から」 彼の台詞の矛盾さに、三蔵は顔を顰めた。 「さっき、死ぬと思っていると言ったじゃねぇか」 「うん、言った」 けろりと言い放つ。 「そうであればいいと、思ってる。きっと」 自分の考えであるのに、あまりに曖昧だ。 非道く抽象的で、掴みにくい。 時々、感じた違和感だった。 悟空をあの岩牢から連れ出した頃からずっと。 幼い精神のどこかにある、二重人格的な意識。 大人びた、無邪気さの欠片も無い乾いた感情。 近くにいるのに、とても遠くにいる感覚。 「お前は、終わりを望んでいるのか?」 チリ、と灰が落ちた。 湧き上がる感情が、悟空の中を支配する。 怖い、思い出したくない、と。 けれど、忘れてしまったそれは、あまりに大事な思い出で。 思い出せない自分が歯痒くて仕様が無かった。 「終わりが来ることを望んでいたんだ」 今にも泣き出しそうな声で、呟いた。 「でも、俺に終わりは来なかった」 初めて気付いたのか、目を見開く。 「…俺にだけ、来なか…った?」 掌を見つめ、懸命に思い出そうとした。 心の奥の、霧のかかった記憶。 ツキン、と頭が痛む。 不意に頭へ、ポンと大きな手が置かれた。 「少ない脳味噌で、小難しいこと考えてんじゃねぇよ」 微かな重みが、痛みを和らげていく。 悟空はくしゃりと微笑むと、猫の様に体を丸めて目を閉じた。 「…うん…」 ふわり。 ふわり。 桜が舞う。 『血の色に見えるんだ』 悟空が呟いた台詞が、重く圧し掛かる。 すやすやと眠る大地の愛し子は、一体どれほどの過去を背負っているのだろうか。 どれほどの苦しみを抱いていくのだろうか。 きっとそれは、自分達には想像もつかないほどの壮絶さなのだろう。 こんな小さな体のどこに、耐えることの出来る強さがあるのか。 代わりに背負うことが出来れば、などと偽善めいた台詞を吐く気はない。 心配、でもない。 ソコにある感情が何と言うのかは知らない。 けれど、何故か。 ハッキリしない感情が渦巻いている。 せめてこの桜が、彼にとって哀しいだけのものでなくなるように。 はらり。 はらり。 血の雨が降る。 End |
あとがき。 |
桜の話〜。 今更ですな!もう散ってしまいましたぞ!!(爆) 私が書くテーマとしては多いですね、桜って。 でも、天界とか常春だから桜なんて一年中咲いているしなあ。 暗に私だけのせいではアリマセンよね?! 三蔵殿がやーさーしーいー!! 誰だ、コイツ。 まぁいいや。お父さんってことで(オイ)。 |