暗くて、冷たくて、寂しくて。
こんな世界が続くのなら、
もう、何も考えさせないで。
俺を狂わせて。
俺を死なせて。
俺を、

――― 殺シテ ―――

俺は、何のために生まれてきたの?
こんな世界なら、俺は……いらない。






「おい」
そう言って、アイツは俺を呼んだ。
何かと思って、顔を上げたら、
いかにも不機嫌ですって顔をしたアイツが立ってた。
「お前か。俺をずっと呼んでいたのは」
『…何だ、コイツ?』
キラキラした黄金の髪が、太陽の光を吸い込んでいる気がして、
アイツが太陽みたいだって思った。
「へ?俺、誰も呼んでねーけど」
ともかく、身に覚えの無いことで怒られるのはごめんだった。
だから、俺はそう言ったのに、アイツは信じなかった。
「嘘だね。俺にはずっと聞こえていたぜ」
機嫌が悪そうな顔をしたまま、アイツは俺を見下ろした。
「うるせーんだよ、いい加減にしろ。だから…」
スッと差し出された手。
「連れてってやるよ、仕方ねーから」
俺は、その手が光に見えた。
ここから連れ出してくれる、希望に見えた。
俺は、無意識にその手を掴んだ。
『初めて』触れる、人間のあたたかさに壊れてしまいそうで、
思わず手を引っ込めた。
だけど。
「来るのか、来ねーのか…」
どこからか取り出されたハリセンで俺は、
思いっきり頭を殴られた。
「ハッキリしやがれ!!」
「?!」
すっげー痛かった。
怪我ならたくさんした。
苦しくて、寂しくて、どうにもならなくて。
俺は俺を抱きしめて、そうしたら、
背中に、腕に、身体に爪が食い込んで、
傷がいっぱい出来て、
真っ赤な血が流れて。
この真っ赤な血が流れなくなったら、
俺はここから出られるのかな?
そんな風にも思った。
「…たい」
「聞こえねーな」
俺の声が小さかったから、聞こえなかったわけじゃないと思う。



「いきたい!ここから出たいっ!!」



「…フン」
俺が、俺自身で考えた答えが無くちゃダメだったんだと思う。
アイツはそういう奴だから。
「離れてろ」
「へ?」
俺は、数歩だけ後ろに下がった。
どっちにしても、この岩牢の中はそんなに広くないから、
それだけで後ろの冷たい壁にぶつかる。
ひんやりとした壁は、俺の腕や背中の体温を奪っていった。
時々、どっちが横でどっちが上下なのか、感覚さえ奪われた。
アイツは、両手を胸の高さで合わせて、
静かに目を閉じた。
それから、何だか分からないけど、呪文みたいな言葉を数分間言ってた。
この岩牢の重さが、段々と軽くなっていく気がしたんだ。
暗くて、冷たいこの世界が、段々と解放されていく気が。
一枚、また一枚と、岩牢に貼られていた札が剥がれて行った。
言い終わったらしく、アイツが口を閉じると、
全部の札が剥がれて、岩牢が音を立てて崩れ落ちた。
俺は何が起こったのか良く分からなくって、呆けていたんだ。
差し込んでくる太陽の光がいつもよりたくさんで、
本当にここから出られるのかなって思った。
アイツの立っている部分だけが陰になっていて、
後ろから光が差し込んで。
「行くぞ」
「……?」
また差し出された手の平には、一筋の真っ赤な血。
俺が、手を引っ込めたときに、
爪がかすったんだと分かった。
「ゴメン…っ」
途端に俺は怖くなった。
いきたいと思ったけど、でも、俺は。
「俺…」
何かを失うのが怖かったんだ。
よく分かんねーけど、嫌だったんだ。
「こんなん、生きてる証拠だろ」
アイツは、その血を舐めた。
それでも、うっすらとにじんでくる。
アイツはじっとソレを見ていたけど、
すぐに顔をあげた。
何だか、一瞬だけ、本当に一瞬だけだけど、
悲しそうな顔に見えた。
「三度は言わん」
俺は立ち尽くして、アイツを見上げた。
「行くぞ」
「……」
俺は大きく頷いて、アイツの背中を追いかけた。
アイツは一度も振り向かないで、
さっさと歩いていく。
俺は、呼んでほしかった。
「俺、悟空っ」
俺の名前を。
俺が外にいることを、もう一度確かめるために。
夢じゃないって思えるくらい。
今までは、名前を教えても、
誰も呼んではくれなかった。
呼んでたのかもしれなかったけど、
俺にはわからなかったから。
アイツは少しだけ立ち止まってこっちを見た。
「孫悟空っていうんだっ」
「……玄奘三蔵」
アイツは呟くような声で、名乗った。
最初はそれが何なのか分かんなくって、
考えてしまったけど、
すぐに名前なんだって分かった。
でも、
俺はそれが嬉しくって、思わず笑ってしまった。
「…置いて行くぞ、悟空」
初めて呼んでもらえた名前は、
すごく…くすぐったかった。
置いて行かれないように、
先を行く三蔵を走って追いかける。
「待てよ、三蔵っ!」
三蔵は返事もしなかったけど、
そう呼ぶことを拒んだりはしなかった。






暗くて、冷たくて、小さな世界の中で、
俺は名前以外は何も分からなかった。
冷たい枷は、自由に動くことさえも出来なくて。
時々、断片的に思い出される記憶は、
すぐに沈んで消えてしまう。
掴むことも出来なかった。
思い出そうとすると、とても悲しくて、
とても苦しくて、
涙があふれてくるんだ。
すごく、怖くなって、思い出しちゃいけないって誰かが言う。
誰かの名前を呼びたいのに、誰も思い出せなくて。
傷だらけの背中に、もしあの鳥のような翼があったとしても、
きっと、血で固まって飛べない。
きっと、その翼を開くことさえも出来ない。
『タスケテ』
心のどこかで思ってた?
『ココカラダシテ』
『誰か』じゃない。
顔も名前も分からない、アイツを呼んでいた?
『オレヲ ミツケテ』
それが誰かも分からずに。
何を信じればいいのか分からずに。
強く、強く、求めていた。
ずっと、ずっと、望んでいた。
あの、触れる事の出来ない、
昼のあたたかな太陽を。
夜の静かな太陽を。











三蔵が、教えてくれた。
連れ出してくれた。
アイツにとっては、何でもないことだったのかもしれない。
俺なんかどうでもいいのかもしれない。
それでも、
俺はもう失いたくないから。
この広い大地を。
あの大きな空を。
皆がいる、この世界を。
俺の居場所はここにあるから。






END

あとがき

6666HITリク小説〜!!こんなんで勘弁してっ、みかん汁!!そして、鬼束ちひろさんファンの方すみません!!ちなみに、この話を書いていて、わざと『いきたい』を平仮名にしたのですが、皆さん気付いてくれましたでしょーか?変換すると、『行きたい』と『生きたい』になるんです。どっちの意味にも取れるなーと思って、思いつきでやってみましたvしーかーしー!!『月光』………か…?