Divided World |
重たい鉄球。
繋がれた鎖。
岩牢の柵に区切られた空。
区切られた太陽の光。
区切られた流れていく雲。
そんな世界を一人でずっと見てた。
そんな世界がずっと続くと思ってた。
轟き。
その一言が、まさにふさわしい。
木々はなぎ倒され、
土は抉れていた。
余韻が残っているのか、体が痺れている。
「何だ、もう終いか?」
笑みを浮かべ、焔は剣を足元の大地に深々と突き刺す。
両手を繋いでいる鎖が、ジャラリと音を立てた。
肩から羽織っている衣は、
爆風の風になびき、波を描く。
彼らの周りだけ切り取られたように、
大地が円を描いて、自然のまま残っている。
八戒の放った気功弾にも、びくともしない。
焔の前方には、是音と紫鴛が距離を置いて佇んでいる。
悟浄は、ふ、と笑うと持っていた錫杖を横に大きく振った。
「まっさか」
風を切る音が響き、鎖が是音と紫鴛を襲う。
動いたとも、消えたとも取れるその動作で、
二人は三蔵たちに襲い掛かる。
同じ場所にいた4人は、それを合図としたように、
それぞれ違う場所に散る。
是音の機関銃の音が、静かな夜の森に響く。
あたりには民家も無いようで、人が出てくる様子も無い。
それは、誰にとっても好都合だった。
悟浄と悟空は是音、八戒と三蔵は紫鴛。
本来ならば、1対1で闘いたいところだが、別れる隙が無いのだ。
わざと、2対1で闘わせている気がしないでもない。
自分達との実力の差を思い知らせる為に。
焔は相変わらず同じ場所に立っている。
かすかに笑みを浮かべながら、彼らの戦闘を見ていた。
それが気に触ったのか、三蔵は舌打ちをし、
紫鴛の隙を突いて、彼に向けて発砲する。
その行動を読んでいたのか、彼の周りには結界が張られていた。
銃の威力も、あっけなく雲散霧消する。
もう一度、派手に舌打ちをする三蔵。
それを面白そうに眺める焔。
「三蔵ッ!」
悟空の声が響く。
後ろから声をかけられ、三蔵は素早くその場を飛びのいた。
今まで彼が立っていた場所に、無数の穴が空く。
「私がお相手していたのですよ、是音」
呆れるように、是音に口を開く紫鴛。
「いいじゃねえか。こうでなきゃ、面白くねえ……」
「お前の相手は俺だろーがっ!」
是音の台詞を遮り、悟浄は再び錫杖を振り下ろす。
持っていた機関銃で、振り向かないまま、それを受け止める。
「!」
そのまま力を入れて、悟浄を吹き飛ばした。
勢い良く飛ばされ、太い木で背を強かに打つ。
一瞥すると、悟空の姿が見当たらなかった。
是音は口笛を吹くと、ニヤリと笑う。
「へぇ。やるじゃねえか」
どうやら、悟浄が攻撃を仕掛けると同時に、
悟空はその場を離れたようだ。
八戒は八戒で、紫鴛の鞭を避けたり、結界を張って防御したりしていた。
避ける途中で、彼に攻撃を仕掛けては見たが
それは、彼の持つ鞭で全て払われる。
すでに三蔵は焔のところにいた。
「本当に厄介ですね、貴方の武器は」
大地に着地すると、八戒は笑顔で紫鴛に話しかける。
「簡単に壊れるものは武器にはなりませんからね」
感情の抑揚も無く、淡々と紡がれる言葉。
この時点になって、悟浄と是音、八戒と紫鴛、と1対1で闘う形を作った。
焔の数メートル前方に三蔵が立っている。
手には愛用しているS&W。
眉間に皺が刻まれているのはいつものことだが、
それが彼の不機嫌さをあらわしている。
「どうした、玄奘三蔵」
焔は手を、大地に刺した剣の柄に預け、三蔵に微笑みかける。
「それで、俺を殺すんじゃないのか?」
姿勢を正して、彼はワザとらしく両手を広げた。
一層、三蔵の眉間に皺が刻まれる。
フン、と三蔵は空いている手を腰にあげる。
「お前こそ、俺を殺してこれを頂くんじゃなかったのか?」
彼は、自分の肩に乗っている魔天経文を指差す。
「生憎と、俺が欲しいものはそれだけではないんでな」
「そ…」
それは、と紡ごうとした言葉は、頭上から振って来た影に遮られ、
最後まで形にはならない。
ガキィッと、凄まじい音を立て、
如意棒と剣が擦れ合う。
いつのまに抜いたのか、焔の手には剣が握られている。
三蔵の前には悟空がいた。
すぐに剣から離れると、三蔵の隣あたりに着地する。
「…猿だな」
「猿って言うなよっ!」
いつもの喧燥。
呆れたように評す三蔵に、悟空は食ってかかる。
「気配を隠すまでは良かったんだがな。まだまだだ、孫悟空。」
「ちっくしょー…」
本当に悔しそうにしながら、如意棒を持つ手を強める。
一つ溜め息を吐くと、三蔵は面倒臭そうに端に避けた。
「逃げるのか?」
「誰が」
背を向けた彼に、焔は視線を向けて尋ねる。
彼は吐き捨てるように口を開いた。
懐からたばこを取り出し、火をつける。
空に輝く月が、大地を明るく照らした。
それを通り過ぎる雲は、その光を時々遮る。
そして、また月が空から光を放つ。
白い煙を吐きながら、三蔵は眼で示した。
「お前の相手はそいつだけで十分だ」
木に背を預け、目を閉じる。
焔は悟空に視線を戻した。
悟空は構える。
「孫悟空。お前の飼い主はよっぽどお前の力を信頼しているようだ」
飼い主という言葉に、少々反応した悟空だったが、
聞き流すように、持っていた如意棒をくるりと回す。
「は?信頼?んなわけねーじゃん」
それは謙遜でもなく、本当の言葉。
きっぱりと言い放つ悟空を、焔は眺めた。
「信じてんのは自分だろ」
―――俺も、三蔵も。悟浄や八戒だって
「だから、力も強さも自分の為にあるんだ」
好き、嫌いは別として、自分を信じなければ、強くはなれない。
否、強さを手に入れることなど出来ない。
だから、自分を信じて。
「面白い」
そう言うと、焔は剣を悟空の頭上に振り下ろした。
如意棒でそれを防ぐ。
金属がぶつかり合う音がする。
何度も、何度も、目にも留まらぬ速さで
打ち込み、防御し、回避する。
上から、次は下から、右から、左から。
全ての攻撃は受け止められた。
焔は、体術も心得ているようだ。
悟空も負けじと攻撃を繰り出すが、
何分、体格差が有りすぎる。
いくら力が強いと言っても、体術は悟空にとって不利だ。
ふと、焔が口を開く。
「孫悟空」
「何だよっ!」
軽く息が上がっている。
如意棒を構えたままで乱暴に返事をする。
「お前は玄奘三蔵を失ったらどうする?」
「な…」
「それでも、強いままでいられるのか?」
悟空は息を呑む。
焔は、金蝉を失って、泣いていた悟空を知っている。
『金蝉――――ッッッ!!!』
呆然と、自分の存在意義を見失ってしまい、動けなくなった彼を。
「自分を信じているから、強くなれる。ならば、他人は関係ないだろう?」
剣と如意棒がぶつかり合う。
剣と剣ならば、鍔迫り合いの距離だ。
―――三蔵がいなくなったら…死んだら…?
まだ最近のことなので覚えている。
三蔵が六道に刺された時のこと。
心臓が重たくなって、
体中が冷たくなった気がして。
ずっと、目が覚めなくて、
三蔵が死んだらって、考えただけで恐かった。
でも。
「…関係ねえよ」
悟空は呟く。
焔は、その言葉に笑みを浮かべた。
三蔵は先ほどから目を閉じている。
気にしていないのだろうか。
もしかしたら寝ているのかもしれない。
「だって、三蔵は死なないから」
先ほどと同じような小さな声。
だが、はっきりと。
「俺が死なせねえから!!」
純粋な瞳に写る真実。
「……」
(記憶が無くとも、覚えているのか?)
―――あの時のことを
今度は焔が息を呑む番だ。
背後からの声で、我に返る。
「焔」
静かに開かれる紫暗の瞳。
持っていたたばこを地に落とし、踏みつけて火を消す。
ザリ、と土を踏む音がした。
「お前は、悟空を自分と同じだと言った」
一歩踏み出す。
「本当にそうか?」
「三蔵?」
悟空は不思議そうに三蔵を見やる。
雲が月を隠し、辺りが暗くなった。
ザアと、風が吹き木の葉が舞い散る。
焔は、三蔵から目を離さない。
静かな空間。
傍らで悟浄達が闘っているのにも関わらず。
ふ、と焔は笑うと、持っていた剣を仕舞い込む。
「さあ、な」
彼は是音と紫鴛を呼ぶと、三蔵たちに背を向けた。
彼らは今までの攻撃が嘘のようにあっさりと引く。
「おい、待てよっ!」
中途半端に終わった戦闘に納得がいかない悟空は、焔を呼び止める。
それが分かったのか、焔は顔だけをこちらに向けた。
「次に合う時には、もっと強くなっていろ」
雲が風に流れ、月の光が地上を照らす。
空に星はなく、ただ、月に照らされた薄い雲が流れていた。
今日は野宿である。
梟の声がどこからか聞こえている。
ジープの背にもたれかかり、悟空は不機嫌そうに口を開く。
「大体、あいつら何しに来るんだよっ。いっつも、中途半端に止めるしさ!!」
その様子に苦笑しながら、八戒は後部座席を見やった。
「良いじゃないですか。おかげで、今日は早く眠れますよ」
「そーいう問題だっけ…?」
横を向いて思いっきり怪訝そうな顔をしている悟浄を無視して、八戒は続ける。
「それに、彼らが本気を出していたら、僕たちはここにいられないんでしょうね…」
前を向いて、やるせなさそうに八戒は呟いた。
強く握られた拳は、悔しさで小さく震えている。
今まで黙っていた三蔵は、横目で彼を眺める。
「相手は神だからな」
目を細めて、頬杖をつく。
―――アイツは俺を知っている
ふと、そう思った。
何となく感じることだが、はっきりと分かること。
―――いや、正確には違う
玄奘三蔵ではない。
俺を、誰だと言っていた?
『金蝉』
―――…知らねえな
あいつが呼んでいた奴なんて。
ここにいるのは、今の俺だけだ。
それに。
―――アイツは、悟空も知っている
悟空を封じたのは神。
神たる者が知っているのは、彼の過去。
ということは…。
三蔵はある考えに思い当たる。
―――悟空は、天界にいたのか?
三蔵が黙ったと同時に、
悟空も黙り込んでいた。
(神…)
三蔵の言葉に、悟空は考え込む。
(俺、どうして神様にあそこに閉じ込められたんだっけ?)
守りたいものがあって、
とんでもないことやらかして。
でも、それって何?
俺は、どこで何をしたんだ?
思い出されるのは、昔の風景。
まだ岩牢にいた頃の自分。
そこから前は思い出せない。
ただ、区切られた世界を見ていただけ。
連れ出してくれたのは。
「三蔵」
悟空の呼びかけは小さなものだったが、
彼は面倒臭そうに振り向いた。
「さっき言ってたのって、どういう意味?」
「さっき…」
その単語を繰り返す。
どの事を言っているのか分からなかったのだ。
『本当にそうか?』
思い当たって、三蔵は前を向く。
「知るか。自分で考えろ」
この仏頂面の太陽は、いつもの如く愛想も何も無い返事を返す。
愛想のある三蔵を見たいのかと問われれば、それはまた別の話で。
「…あいつ、黄金の瞳は禁忌って言ったけどさ」
前の座席にもたれかかるようにして、悟空は口を開く。
「それこそ、カンケーねえよな」
静かな声音。
「三蔵が三蔵みたいに、俺は俺だし、焔は焔だろ」
関係ねえよ、もう一度小さく呟く。
「…そうだな」
彼の台詞に肯定の返事を返すと、
悟空の声は寝息に変わっていた。
三蔵は呆れたように、悟空の額を小突く。
重心が動き、悟空の体は後部座席の背もたれへ移動した。
「気持ち良さそうに眠っちゃって、まあ」
「疲れていたんでしょうね」
そう言って、三蔵の方を覗き込むと、
彼もまた眠っていた。
「…親子ですねえ」
くすくすと笑いながら、八戒と悟浄も目を閉じた。
あの岩牢の中で、何百年も空を見てた。
手の届かない太陽を見てた。
触れたくて、でも、触れてはいけないような気がして。
俺が触れてしまったら、
どんなものでも壊れてしまいそうな気がして。
本当は、さ。
あそこから出るのも恐かった。
俺は、あそこしか知らないから。
あの狭い世界しか知らないから。
三蔵が連れて行ってやるって言ってくれて、
俺、すっごく嬉しかった。
嬉しかったけど、恐かった。
本当に、俺が行っても良いのかなって。
また、とんでもないことしでかすんじゃないかって。
死なせたくないって思ったんだ。
だから、俺は強くなりたいと思った。
強くならなきゃいけないって。
いつか、八戒が言ったように。
―――自分が誇れるだけの強さで
END
あとがき
十夜様に捧げる、キリリク小説です。三蔵、悟空、焔をメインとしたイタイ話を、ということでした。・・・・イタイ・・・あんまりイタクないですね・・・(滝汗)。すみません〜っっ!!最初の戦闘シーンが、あんなに長くなるとは思いませんでした(オイ)。三蔵の台詞については、説明はいたしません。それぞれでお考えになったことが、答えだと思うのです。答えは一つではありませんしね。 |