Her Way Home





殺してください。
貴方を忘れてしまう前に。
貴方を、
信じられなくなってしまう前に。


一つ、山菜を摘み取る。
「これだけ…じゃあ、悟空のお腹は満たされませんね」
誰ともなしに、八戒は呟いた。
持っている直径50cmほどのかごの中には、
すでに摘み取られた山菜が山のように入っている。
それでも足りないと言うのだから、
悟空の胃袋は相当のものだろう。
「ちょっと奥まで行ってみますか」
彼は立ち上がって、屈めていた背を戻した。
もう、数え切れないほどの野宿。
その中で、何とか食料が長くもつようにするのも食事係の務め。
傍に森や山があれば山菜などを。
傍に川があれば魚を。
そんな風にして、部分的に節約しているのだ。
素晴らしいほどの献身的な行いである。
そんなわけで、
本日は森の中に野宿だったため食料調達にきた。
彼一人でやっているわけではなく、
悟空が別の場所で手伝ってくれている。
ガサ、と足元の枯葉が音を立てた。
枝から離れ、
色が変わり、
枯れていく。
そうして大地に戻り、
再び木に戻っていく。
自然の廻り。
決して侵してはならない流れ。
その中で、人間とは邪魔な存在でしかないのだろう。




開けた場所に出た。
木漏れ日程度にしかなかった陽の光が、
目前いっぱいに広がる。
同時に、
芳しい香りが鼻腔をついた。
一面の花畑。
「すごいですね…」
彼は思わず呟く。
黄色の絨毯がどこまでも広がっているようで。
ふと、座り込んでいる人影を見つけた。
「?」
どこかで見たことのある風貌に、
彼は首をかしげた。
(どうして、こんなところに?)
正直な感想であろう。
敵の位置にある彼女がこんなところにいたのだから。
「八百鼡さん?」
驚いたように、人影が動く。
ビクリ、と肩がゆれる。
そばにあるバスケットを見れば、薬草が。
彼女がソレを採りに来ていたことが分かった。
風に流れる黒髪が、光を帯びて無造作にかきあげられる。
「…八戒…殿…?」
どうして、こんなところで出会ってしまったのだろう。
(どうして…)
敵と会って、闘わないわけにはいかない。
八百鼡の心情。
だが、今はそんな気分ではなかった。
気付けば、彼女の頬には涙の痕がある。
「泣いて…いたんですか?」
「…っ!!」
言われて、彼女は慌てて目を拭う。
よく見れば、目も少し紅い。
「八百鼡さん?」
八百鼡は、敵に情けをかけられることがどんなに辛いか知っている。
どんなに情けなくて、
主に迷惑をかけるかを。
必死で隠そうとしても、
考えれば考えるほど、涙があふれてくる。
あの方を想うほど。
どうしてよいか分からずに、
八戒は心配そうに八百鼡に近づいた。
「…泣かないでください」
困ったような彼の表情が、
すぐに思い浮かんだ。
それでも、涙は止まらなかった。
「……っ」
自分の情けなさが、
不甲斐なさが、
全てが嫌で、
悔しくて。
俯いた彼女の目を抑える指の間から、
涙が零れ落ちる。
「…て…」
「え?」
ようやく聞けた彼女の声は、
かすれる様に小さな声だった。
八戒はさらに困惑する。
もう一度彼女の名前を呼んだ。
「八百鼡さん?」
「私を殺して…ください…」
どうか。
どうか。
あの方を忘れてしまう前に。
あの方を信じられなくなってしまう前に。
お願いだから。
私を殺してください。
狂気じみた声で、彼女は叫ぶ。




「殺してくださいッッ!!」




涙を流したまま、
悲しげな瞳をしたままで、
彼女は八戒を見上げた。
彼は彼女を見下ろしたまま、
無言で立っている。
その面には、感情がないように思えた。
「お断りします」
怒ったように思える口調。
彼女は、笑顔の彼しか見たことがなかった。
こんな表情をするなんて、
思ったこともなかった。
静かに伏せられる双眸。
「貴女は、あの時言いましたよね」
「…?」
「『生きて』…」
開かれた瞳の中に映る自分の姿。
なんて情けない顔をしているのだろう。
八戒は続ける。




「『生きて、あの方のお役に立とうと思います』と」




何も言わずに、
彼女は相変わらず彼を見上げている。




「…あれは、嘘だったんですか?」




八百鼡の眼が見開かれる。
はじかれたように。
小さく首を振る。




「いいえ」




小さく呟く。




「貴女の決心は、そんなに軽いものだったんですか?」




詰問口調の彼に、八百鼡は大きく頭を振った。
そして。
叫ぶ。
誰に対して?




「違います!!」




想いを焼き付けるように。
刻み付けるように。




――――『私』自身に




「…だったら」
再び俯いた彼女の耳に入る、
彼の言葉。
見たくなくて、
聞きたくなくて、
ずっと目をそらしていた言葉。
「何を迷うんですか?」
あの方に対して、迷いを持っていた事実を。
気付きたくなかった。
認めたくなかった。
逃げたかった。
「二度と、僕の前で馬鹿なことを言わないでください」
八戒はため息をつくと、もと来た方向へと引き返す。
「八戒殿…っ」
呼び止めようとするが、
彼は段々と遠のいていく。
「仲間が待っていますので、失礼します」
一度、肩越しに振り返ると彼はそのまま行ってしまう。
「…あ…」
結局止めることの出来なかった彼女は、
小さくなっていく彼の背中を呆然と見ていた。
転がったバスケットを手繰り寄せ、
抱きしめる。
「紅孩児様…」
私は、貴方との約束を、また違えるところでした。
いつの間にか止まっていた涙が、
また溢れ出す。
身体が傾き、花の上に仰向けになって倒れる。
ザア、と風が通り抜けた。
そして、
届かぬ太陽へと手を伸ばした。






茂みをかき分け、八戒はジープのあるところまで戻ってきた。
「遅かったな」
すでにジープは変化を解いており、
白竜の姿に戻っている。
三蔵は、傍の切り株の上に腰掛け、新聞を広げていた。
悟空は一足先に戻ってきていたらしく、
ジープと遊んでいる。
悟浄はと言えば、木に寄りかかり煙草を吸っている。
「すみません」
軽く謝ると、悟空の採ってきた山菜と自分のソレを合わせて、
荷物の中から調理器具を取り出す。
「すぐに用意しますから」
「何かあったのか?」
相変わらず目ざとい彼に、八戒は苦笑した。
いつもどおりの振る舞いをしているつもりなのに。
「森の中に…」
「…?」
手元を動かしながら、
目線はこちらに向けずに話し始める。
「…猫が一匹迷い込んでいたんです」
悟浄にライターを借り、
薪を集めて火をつける。
パチパチと、炎が広がった。
「帰り道を忘れてしまったらしくて」
掛けられた鍋の中へ、油を注ぐ。
洗われている山菜が放り込まれた。
ジュッと、熱と混ざり合う音。
「帰り道の傍まで送ってきたんです」
菜箸で、鍋の中をかき混ぜた。
悟空が傍に寄ってきて、手伝いをし始める。
「八戒、こっちも使うだろー?」
「えぇ、お願いします」
微笑んで、返事を返した。
「あとは、自分で分かるでしょう」
「…そうか」
三蔵は、八戒から新聞へと視線を落とす。
ただ、それだけ言葉にして。
帰るべき場所へと、
導いて。






貴女はきっと、強いから。
自分の足で歩いていくでしょう?
誰かに助けを求めなくても、
自分で切り抜けることが出来るでしょう?
今ある弱さも、情けなさも、
いつかは強さへと変えることができるんですから。
あの時の、
貴女のように。







END

とがき
2121Hitを申告してくださった日ノ本春也様への小説です。八戒×八百鼡ということだったのです〜。えっと、コレは『Nowhere』の途中の話のつもりで書きましたvだから、まだ八百鼡は立ち直る途中と言うことで。八百鼡ちゃん、私泣かせてばかりだわ☆(オイ)