■ Prayer ■ |
まだ、今はいいんだ。 今だけは。 「こんにちは、悟空」 人の良さそうな笑みを浮かべ、 彼は家のドアを開いた。 少し視線を落とせば、 栗色の髪に、黄金の瞳の少年が立っている。 「さ、どうぞ」 「ありがと、八戒」 奥に入るように勧めると、 悟空は礼を言ってあがりこんだ。 「おじゃましまーす」 ぱたぱたと、 いつもは聞こえない足音が、 部屋の中に響き渡る。 それに気付いたのか、ソファで眠っていたジープが、 首を上げて玄関を見やった。 「キュー」 バサバサと白い翼を広げ、 悟空の傍へ飛んでくる。 「ジープ!元気だったか?」 嬉々として手を伸ばす悟空。 肩や腕にとまると、 爪が食い込むと思ったのだろう。 彼の背負っていたリュックに舞い降りる。 首を伸ばして、 悟空の頬を舐めた。 「うわ、やめろって!くすぐったいよ、ジープっ」 クスクスと笑いながら、 ジープと戯れる。 仲睦まじいその様子を見て、 八戒は微笑む。 穏やかな時間。 「オイ」 難しい顔をして、奥から家の主人か顔を出す。 「俺を起こすときと、エライ違いじゃねーか」 八戒達と出会って、 一度は切られた紅い髪。 今は中途半端に伸びて、 後ろで一まとめにするくらいはできる。 結ぶに至らない髪は、 顔の横から落ちていた。 そんな彼を目覚めさせるのはジープの仕事。 いつもいつも、主人つまり八戒を思ってか、 夜型の悟浄を朝、起こしに行く。 どんなに夜遅く、まして朝帰りだったとしても、だ。 普通に起こせばよいものを、 楽しんでいるのか、 悟浄を怒らせて、起床させるのが常だ。 おかげで、 ココ最近、不機嫌な目覚めが多かった。 苦笑して、八戒は悟浄に問い掛けた。 「おや、もうお昼寝は良いんですか?」 「コイツが来たら、昼寝どころじゃねぇだろ」 コイツ、と指さしたのは悟空。 少々ムッとして、悟空は口を開く。 「『コイツ』じゃないっ!この、エロ河童!!」 「んじゃ、言うけどな。俺だって『エロ河童』じゃねーんだよっ、バカ猿!!」 「猿って言うなっっ!!」 このままだと終わりそうにない不毛ないい争いを、 八戒は関係のない言葉を口にすることで、 終わらせようとする。 「今日は、三蔵が遠出の外出らしいですから」 そんな八戒の思惑に、見事にハマッてくれる悟浄。 「へぇ?最高僧サマも大変だな」 悟空の来訪に、納得を覚える。 あんな場所、寺なんかにいたいとは思えない。 自分だったら、絶対にお断りだ。 寺からしても、 三蔵のいないときの悟空など、 厄介者以外の何者でもない。 もともと、歓迎されていたわけではないのだ。 三蔵が悟空を連れ帰ったときには、 反対もした。 だが、 結局は最高僧たる三蔵法師には逆らえない。 実情はそんなところだろう。 彼らは、渋々、聖域への『侵入』を了解した。 それ故に、思うのだ。 どうして、悟空はあんな面倒くさいところにいるのだろうか、と。 知りたいとは思うけれど、 聞きたいとは思わない。 他人の内情に関わるのは面倒だし、 お節介だと思う。 何よりも、 そこまで知る権利がないようにも思えた。 知ったところで、何かが出来るわけではない。 だからせめて。 自分達のところへ訪れるとき。 三蔵の傍にいるとき。 そのときだけでも、 悟空が笑顔であれば。 倖せだと感じることが出来れば、それでいい、と。 倖せの尺度は人それぞれだけれど。 それでも、 心落ち着く場所になることが出来れば。 二人はそう、思っていた。 決して口には出さないけれど。 「悟空」 彼がリュックをソファの上に下ろすのを見ながら、 八戒は呼びかける。 「丁度、おやつの用意をしようと思っていたんです」 「おやつ?」 食べ物に分類される単語を耳にすると、 悟空はぱあっと明るい顔をする。 「えぇ。手伝ってくれますか?」 悟空用と思われる、 テーブルに置いていたエプロンを手渡す。 「うんっ!」 元気よく返事をすると、八戒からそれを受け取った。 そんな二人のやり取りを見物しながら、 悟浄は椅子に腰掛ける。 Tシャツにジーンズというラフな格好。 傍にあった新聞を広げるが、 字を目で追っているだけで、 頭の中には入ってこない。 ただの暇つぶしだ。 ジープは、とてとてと、テーブルの上を歩き、 離れた場所にあった灰皿をくわえて、 悟浄の前に落とす。 「お、サンキュ」 言って、軽くジープの頭を撫でてやる。 気持ち良さそうに、 ジープは目を閉じて、 また丸くなった。 しばらくすると、 規則正しい呼吸が聞こえてくる。 悟浄は、あまりに変わらない日常に苦笑した。 ポケットから煙草を取り出して、 一本くわえ、火をつける。 ジジ、と音がして、 先端が紅く染まる。 「…いー天気」 吐き出した煙の向こう側にある窓の外を見て、 悟浄は笑みを浮かべて呟いた。 どれほど経っただろう。 香ばしい香りが鼻をつく。 悟浄はいつのまにか眠っていたようだ。 「悟浄、起きろよっ」 夢現の中、頭を上げれば、 大きな皿に山のようにドーナツがのせてある。 「おいしそうに出来たでしょう?」 八戒は、盆にティーセットを持って、 悟空の後に歩いてくる。 その香りは、 コーヒーとは違う。 「たまには、紅茶もいいですよ」 輪切りのレモンを浮かべて、 茜色の湯を注ぐ。 「いい匂いだな」 悟空は、持っていた皿をテーブルの中心に置くと、 八戒の仕草を覗き込む。 「悟空も、これがいいですか?」 「うーんと…飲みたい」 「それじゃあ、ミルクと砂糖をいれましょうか」 ミルクポットと、砂糖を持ってくると、 八戒は、ゆっくりと悟空のカップに入れる。 「ミルクは先に入れると、茶渋がつかなくていいんですよ」 「へぇ〜。」 「後でも、味が調節出来ていいんですけどね」 悟空は甘い方がいいですよね? 彼は悟空が頷くのを確認して、 砂糖を入れる。 カチャカチャと陶器の微かにぶつかる音がする。 「…ウチにこんなもん、あったんだな」 「『発掘』するのに、結構かかりましたよ」 コーヒーだって、インスタントしか飲んでいませんでしたからね、貴方は。 ティーセットを見て呟く悟浄に、 八戒は軽く棘のある言葉で微笑む。 苦虫を噛み潰したような顔で、 悟浄はカップに手を伸ばした。 「そりゃ、悪ぅござんしたね」 この生活にも慣れてきたのか、 八戒も悟浄も、自然に会話を交わす。 出会ったばかりの頃はどこかぎこちなかったし、 遠慮している感があった。 今は、もう微塵も感じられない。 ようやくテーブルにつき、ティータイムに。 悟浄の向かい合わせに悟空は腰掛けた。 遅れて、悟空の隣に八戒が。 「いただきます」 両手を合わせて、 一言そう言うと、 悟空は揚ったばかりのドーナツに手を伸ばす。 「あったかいから、おいしいですよ」 八戒は、カップを口に運びながら微笑む。 「貴方もひとつ、いかがですか?」 甘いモノをあまり好まない悟浄は、 紅茶を飲みながら手をひらひらと左右に振った。 「じゃあ、悟空。全部食べていいですよ」 「八戒は?」 「そうですねえ…二つだけいただきます」 たった二つ減ったところで、 それほど量は変わらない。 「それだけでいいの?」 「えぇ」 元々、八戒は食が細い。 大量に食べることなど滅多になかった。 軽く頷き、 悟空に返事を返す。 うーん、と唸って悟空は考え込んだ。 「悟空?」 「なあ、八戒。これ、明日まで大丈夫?」 明日。 その言葉の意図するものに、 八戒も悟浄も即座に気付く。 「明日…ですか。ちょっと、無理かもしれませんねえ」 苦笑して、ドーナツの山を見やる。 「そっかあ…」 残念そうに、悟空はぱくり、とドーナツを一口頬張る。 「悟空」 「何?」 「明日、帰る前にもう一度作りましょうか?」 八戒の誘いに、悟空は明るく笑みを浮かべる。 「いいのかっ?!」 思わず立ち上がり、 その拍子に持っていたドーナツを落としそうになる。 慌てて、 それを掴み、ほっと安堵の息をついた。 「悟空さえ構わないのなら、僕は構いませんよ」 くすくすと、そんな悟空の様子を笑いながら、 八戒は肯定の意を表す。 「だから、遠慮せずに全部食べてくださいね」 「うんっ!」 再び椅子に座り直し、 悟空は食べることを再開した。 「三蔵サマってば、ほーんと、愛されちゃってるわネ☆」 冗談めかして、悟浄は笑う。 「また、貴方はそういうことを…」 苦笑しながら、悟浄に制裁を加える。 「でも、どうせアイツのことだから、『余計な世話だ』とか言いそうじゃねえ?」 冗談で言った台詞だったのに、 悟浄は、悟空の返答を聞いて一瞬、固まってしまった。 「うん、言うよ」 その返事は、あまりに自然で。 笑顔で返す悟空が、 こんなに傍にいるのに、 とても、 遠くに思えた。 「『邪魔』とか、『煩い』とか『殺す』とか」 いつもは幼く見える彼が、 大人びて感じた。 三蔵の口の悪いことは知っている。 悟空が言ったものは、 彼らでもよく聞く単語。 だけど何故か、 この時だけは。 とても残酷なものに聞こえた。 「…だったら、何で三蔵の傍にいるわけ?」 思わず、悟浄は口を開いた。 聞くつもりはなかったのに。 「悟浄」 制するように、八戒が口をはさむ。 だが、 悟空は気にする様子もなかった。 笑顔で答える。 「三蔵が、壊れちゃうから」 突拍子もない台詞に、 悟浄も八戒も口を噤む。 「もし」 相変わらず、食べながら悟空は続ける。 「三蔵の傍にいることが、三蔵をダメにするんだったら、俺は傍にはいたくない」 「………」 普通の会話のように。 「三蔵ってさ。寺とか、そーいうところにいるとき、人形みたいに見えるんだ」 「人形…ですか?」 八戒は、やっとのことで口を開く。 「何考えてるのか、全然分からない。どこにも『感情』がない」 「もともと、アイツ仏頂面だろーが」 「違う、そんなんじゃない。顔にでないんじゃなくて、何て言うか…」 悟浄のツッコミに、悟空は首を振る。 「『からっぽ』なんだ」 ただの器。 『感情』がなければ、 生きていても、人形と同じ。 誰かがそう言った。 そう言ったのが、 いつか、 どこからか、 聞こえた気がした。 「俺に『怒る』のは、本当の三蔵だよ」 部屋散らかして、 ハリセンで勢いよく殴られること。 「俺に『ムカツク』のも、本当の三蔵」 騒がしくして、 イライラさせること。 「笑ってくれたりはしないけど」 本当は、 知ってる。 「何にもないよりはいい」 三蔵が、どんなことを嫌うのか。 どんなことに腹を立てるのか。 「三蔵が、三蔵でいられる場所になれるから」 散らかすのも、 騒がしくするのも、 自分がやりたくてやっているけど。 「だから俺は傍にいるんだ」 でも、 三蔵はそれを全部返してくれる。 「だから、今は…今だけは」 俺のやることに、 全部『感情』を持って返してくれる。 「いいんだ」 「悟空…」 こんな考えが出来る子だっただろうか。 確かに、生きている年数だけを言うのならば、 悟空は彼らよりもずっと年上だ。 けれど、 実際の年齢よりも 幼く見える彼を、 どこか子ども扱いしていた。 否。 子どもだと思っていた。 悟空の強さを、 心の強さを、 知ったのはこの時だった。 知らなかったことに、 罪悪感を覚えた。 記憶も失くし、 何もかも忘れ、 失い、 自分たちが想像も出来ないような、 長い年月を、 たった一人で受け止めてきた。 あの、小さな身体で。 あの、純粋な瞳で。 それでも無邪気に笑う悟空を、 初めて、 痛々しいと思った。 朝日が昇り、夜が明ける。 太陽が時を刻む毎に傾き、 一日が通り過ぎようとしていた。 「じゃあ、悟空。忘れ物はないですか?」 「うん。大丈夫!」 荷物をリュックに詰め込み、 悟空は立ち上がった。 もう夕刻である。 三蔵が寺院へ帰って来ていてもおかしくない時間。 「じゃあな、八戒」 別れの挨拶を告げると、ドアを開けた。 悟浄は出かけているようだ。 きらきらと、 夕日が差し込んでくる。 紅に染まる空は、 透き通って、 絶対に触れる事の出来ないものに感じた。 「悟空」 出て行こうとした悟空を、 八戒は呼び止める。 「何?」 彼は不思議そうな顔をして振り向く。 何を言うつもりだった? 『辛い時は、我慢しなくていいんです』 『他人のことばかりでなく、自分のことも大切にしてください』 『弱音を吐きたい時は、いつでも聞きますよ』 そんな、 お節介な言葉は言いたくなかった。 悟空に対して失礼だと、 そう思った。 だから。 「八戒?」 口を噤んだ彼を、 怪訝そうに見上げる。 「また、いつでも、遊びに来て下さいね」 いつも通りの言葉で。 ここにも、 貴方の居場所はあるんだと、 思いをこめて。 微笑んで、 そう言う八戒に、悟空は笑って頷く。 「うん、また来るなっ!」 悟空の姿が見えなくなるまで、 手を振り、 その手をかざして、 空を見上げる。 クスリと、 誰にともなく笑う。 「…僕も、お節介になりましたね」 昔は、他人なんてどうでも良かったのに。 そんな雰囲気に、 どこか居心地のよさを覚えた。 だけれども、 自分の犯した罪を思い出し、 苦笑した。 三蔵が、 俺を必要としているだなんて思わない。 アイツは、 そんなこと絶対に言わない。 これは、 俺の我侭だから。 傲慢に言うしかないから。 三蔵の傍は居心地がいい。 だけど。 ずっといてもいい場所じゃない。 いつかは。 三蔵が俺なんか、もういらないって言ったときは。 俺は、 一人で歩いて行けるから。 END |
あとがき |
みかん汁、ハッピーバースディ! 19歳になったんだね! とうとう、彼の年齢を追い越したね!(笑) バースディプレゼントはコレでいかが? …って…あ。 三蔵殿出てきてない…(滝汗)。 オールキャラだったのにぃ・・・・・・。 もういいや(オイ)。 名前だけでも出てきたし。 大目に見てやってくだされ。 悟空殿メインは何とかクリアかしら? ちなみに、 色は貴方にちなんで、 オレンジとグリーンよv(笑) |