Scarborough Fair
Presented By. 風凪 様





 あれは遠い夏の日。
 祭りの夜は嫌いだった。
 少年はひとり立っている。
 淡い裸電球の色。人の波。喧騒。汗ばむ肌。おざなりに着せてもらった浴衣。
いつもと違う空気。
 灯かりの途切れた隙間に除く夜の色。
 少年はひとり立っている。

 何もかもが、


 −淡いの色。


ただ、つよく、つよく、


 −吸い込まれてしまいそうなの色。


孤独を感じさせた。


 −いっそこのままに溶けてしまえたなら。



 少年は、それでもひとり立っている。



「おかーさーん おかーさーん」


 小さな女の子が呼んでいる。呼べば来てくれることを知っているからだ。



 だから、自分は呼べない。



 悲しくはない。きっとあの人も、呼ばれることなんて望んでいないから。


「おかーさーん」


 ただ少し、胸が痛むだけ。


 少年ははっと人込みに目を凝らす。
そこに、よく知った背中を見つけたからだ。
せめて近くに、そう思うことぐらいは許される筈。
気付かれないように、けれど見失わないように、しかし駆け寄ろうとした足はぴたりと止まった。

 母親が寄り添うように腕を回す相手。
 兄が嫌いではなかった。


ただ、


 −あるからこそが際立つ。  


愛されるということがどんなことか、


 なんてなければはきっとと呼ばれない。


いっそ少しも知らなかったならばと、そう思うことは、とてもつらいから。


 人込みに消えていく母の背を見送った。
 少年はひとり立っている。
 いつまでもひとり、立っている。
 あの夏のまま、終わることの無い心象風景で。






 少年は、ひとり立っている。







 しかし、と悟浄は思う。
 おざなりでも着せてくれた浴衣。
 自分もあの人もずっと苦しんでいたその訳。

(お袋は俺を憎んでた。それだけは確かだけど。)

 最初からいらないものならさっさと捨ててしまえば良かったのに、
 それでもずっと苦しんでいたその訳を、愛したくてでも愛せなかったそのせいだと、そう思うのは。

(……なんてな。)

 あまりにも都合の良い考えだとは分かっているのだが、それでも願わずにはいられないのだ。
 星の綺麗な、こんな夜には。
 悟浄はジープのシートに深くもたれかけ首を空へと向ける。
 そこには幾千、幾万の輝きがある。星に願うなんて柄にも無いことを考えさせる程の輝きだ。
 森の木々に暗く縁取られた空を飾っている。
 願いを叶えるのは自らの手。信じるのは自分の心。
 けれど、もう今の自分には手の届かないいつかの仮定。
 もしも、少しでも愛されていたならば、と。
 あの頃の自分に、そしてあの人に、少しでも救いになるようにと、
 それはもう星に願うことくらいしか出来ないから。
 ギ、と微かにジープのシートが鳴って、ふと前に目を遣ると三蔵の頭が動いた。
「・・・・・・まだ寝てねぇのかよ。」
 いかにも不機嫌そうな声だ。悟浄は決まり悪く口を開く。
「あーまーな。」
「・・・・・・どうかしたのか。」
 悟浄はなんでもねー、と言いかけてやはり思い直し唇の端を笑みの形に持ち上げた。



「いやー、ひとりでないっていいねえと思ってね。」



思った通り、何言ってやがると一層機嫌の悪くなった返事が届く。
「俺はごめんだぜ、てめぇがごそごそしやがるもんだからゆっくり寝てもいられねえ。」
 イヤーン三蔵様ってばやっぱり繊細ねとふざけると険しい視線が返り、後の二人が寝ていることを
 考えるとこれ以上続けるわけにはいかなかった。なので、ぴっと空を指差した。
「でも途中で目ぇ覚まして得したかもよ?」
 三蔵もゆっくりと空を見上げ、ややあって、呟いた。



「……ま、悪くはねぇな。」



 星に願いを。



 かえらない過去の願いならば許されるだろう、そんなふうに思いながら悟浄は目を閉じた。








                                                                                −END−

カンシャのキモチ。

ありがとうございます、風凪様っっvv
悟浄殿がカッコよく描かれていて、ステキですvv
私は極端に書くの避けているからなあ(オイ)。
相変わらず、表現能力に長けていらっしゃいますね。

『愛されるということがどんなことか、
いっそ少しも知らなかったならばと、そう思うことは、とてもつらいから。』

この台詞が、すごく好きです。
何だか切ない感じがして。
愛するということを知らないわけではないんですよね、悟浄殿。
ただ、それに極端に不器用で、でも深く踏み込むことは怖くて。
軽い態度でいつも受け流して。
誰よりも愛されたいと望んでいるのに、外から見たらそんな風には全然見えなくて。

ステキな小説、本当にありがとうございましたっvv

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