See You Again
しとしとと雨が降っている。
三蔵一行は雨が降り出す前に、何とか宿についた。
「うーん、買わなきゃならないものが沢山ありますね」
八戒は買い物メモを見ながら呟いた。
必要物の補給をしなければならない、自称保父さんは部屋を見回す。
もうすぐ暗くなるので、近くの村に宿を取った三蔵一行は、夕食を終え、一息つくところだった。
「悟空、悟浄」
名前を呼ばれた二人が振り返る。ベッドの上でトランプの真っ最中の様だ。
悟空が、たどたどしい言葉を使っていることから、
おそらく新しいゲームを教えてもらったのだろう。
『何?』
二人の声が重なる。八戒はいつもの笑みを浮かべて、優しく言った。
「明日、買い物の荷物持ち手伝って下さい」
悟空はすんなり頷いたが、悟浄はそうはいかない。
そばのテーブルに着いている三蔵を指差して叫ぶ。
「何で俺達だけなワケ?こいつだって、暇そーじゃねえか!」
一瞬、三蔵の視線が険しくなるが、そんなことは日常茶飯事なので気にはしていない。
三蔵のたばこの煙が天井へと昇って行く。
八戒はそれを眺めながら言った。
「悟浄、三蔵が手伝うと思いますか?」
「思わない」
「そういうことです」
沈黙が一室を襲う。誰も八戒には勝てないという原則のもとに。
翌日、あと一泊していっても良いという三蔵の言葉に、八戒達は、昼を少し過
ぎて外に出た。特にすることもない三蔵は、吸っていたたばこを灰皿に押し付け、
もう一本箱からたばこを取り出す。雲一つない快晴で、日光が窓から部屋の中ま
で入ってくる。時々、風が通りすぎ、三蔵の髪をなびかせた。
『三蔵様!!』
今朝方見た夢が、脳裏をかすめる。
(雨の所為だ)
違うことくらい分かっている。
しかし、そう思わずに入られなかった。
自分の弱さを身にしみて感じる。
守れなかった、守りたかった、大切な人を失う夢を。
覚えているのは、血の匂い。動けなかった、この体。
目の前が涙で歪んでいたけれど、
視界が真っ赤に染まったのは覚えている。
最後に見えたのは、あの方の背中。
いつも、守ってくれたあの背中だった。
もう、手も届かない。ここにあるのは戒めの、
あの方と同じ”三蔵”の名。
一番憎んでいるのは、あの妖怪共ではなく、自分自身なのだ。
悔しくて、何も出来なかった自分が情けなくて。
「・・・守りたかったんだ・・・」
口に出す気はなかったのだが、不意にそんな言葉が口に出る。
空中に手を挙げ、それを強く握る。
そして、打ち消すように軽く額をこづいた。
吸っていたたばこから、灰が落ちそうになっている。
三蔵は、それごと乱暴に灰皿にたばこを押し付けた。
気付けば、箱の中は空になっている。
ガタリと音を立てて、椅子をひき八戒が残していった財布を手にとった。
何かいるものがあれば、こっちを使って下さい、そう言って置いていったものだ。
三蔵の持っている、三仏神名義のゴールドカードは、現在八戒の手の中にある。
服装を整えて、彼は部屋の扉を開けた。
昼間だと言う事もあり、街は活気に満ちていた。
気分転換もかねて、町には出てみたが、三蔵は、さして興味もないようで、目的地に足を向けた。
その瞬間、両肩にGがかかった。
危うく、倒れそうになったところを持ちこたえた三蔵は、視線を空へと移す。
元気いっぱいの声が、彼の耳に響いた。
「やっぱり三蔵だあ!」
紅孩児の妹。
牛魔王と玉面公主の娘。
女版悟空。
いくつも言い方はあるが、その事実は曲げようがない。
李厘である。
褐色の肌に、くせの入った金髪。
大きな目が彼女の愛らしさを表現している。
悟空と同様に、童顔であろう。
ただ、いつもと違うのは、妖力制御装置をつけていることだ。
大方、紅孩児か八百鼡にでも着けていけと言われたのだろう。
げんなりして、三蔵は思わず頭を抱えた。
「三蔵、あそぼ!」
ひょいっと飛び降りた李厘を残して、三蔵は早足でその場から離れる。
「俺はお前と遊んでいる暇はない」
視線は李厘に向けずに、言葉だけを返してくる。
「えー、なんでえ?」
同じく早足で着いてくる李厘。
「俺はたばこを買いに来ただけで・・・・・・」
ふと、三蔵は足を止めた。さっきまであったはずの財布がない。
不信がっている彼を尻目に、李厘は、手の中のものをもてあそぶ。
「これを探してるの?」
彼女の手の中には、彼の財布が握られている。
「てめえ、いつのまに・・・」
本気で切れそうな、三蔵に向かって、李厘はにんまりと微笑んだ。
「オイラとデートしてくれるんなら、返してあげる」
三蔵の整った顔立ちが、一瞬崩れる。
が、異性にまったく興味のない彼のこと。
「ふざけんな」
のひとことである。
「いいから、さっさと返しやがれ」
李厘は、わざとすねた顔をして、そっぽを向いた。
「んじゃ、やだ」
三蔵は、思わず出そうになった手を抑えた。
いくらなんでも、街の往来で妖怪とは言え、女の子を殴るわけはいかない。
八戒達は、帰りが夕方になると言っていたし、宿に戻っても、また今朝の夢を思い出すだけだ。
財布がなければ、たばこも買いにいくことが出来ない。
財布を無くしたなんて言って、
八戒から真綿で首を絞められるような嫌味を言われるのも目に見えている。
八方塞である。
いや、道はある。李厘に付き合うことだ。
三蔵は、大きくため息をつき、李厘の申し出を了承した。
「わかったよ」
「やったあ!」
勝者李厘。
彼女は、三蔵の腕にしがみつき、飛び跳ねて喜んだ。
デートといっても、李厘が相手であるから、その辺の出店に寄ったり、遊び場に
いったりと、お子様コースをまっしぐらであった。
小遣いでも貰っていたのか、 自分で点心を買っている。
一方三蔵は、おなかが空いているわけでもないので、目的のたばこを買ったあとは、
何も購入はしていない。
財布は依然返してもらっていないということは、つまり、たばこを買う金額だけ渡された様だ。
近くの公園のベンチに腰掛けると、彼はたばこを懐から取り出した。李厘も、彼の隣に座る。
肉まんを頬張りながら、李厘は三蔵に、袋に入った山のような中華まんを差し出す。
「食べる?」
「いらん」
もともと、生臭ものは食べない主義である。
差し出されたのは肉まんだから、当然食べるはずもない。
他のものだからといって、食べるわけでもないが。
ごくんと肉まんを飲み込んで、李厘はつまらなさそうに言った。
「せっかく、人が好意であげてるのにぃ」
彼はたばこに火を付け、李厘の言葉が聞こえない振りをした。
それでも李厘は続ける。
「だってさ」
彼女は三蔵の顔をのぞきこんだ。
「?」
視線だけを動かし、彼は李厘を視界に入れる。
「三蔵、なんか・・・、元気ないんだもん」
一瞬だけ、三蔵の目が見開かれる。 驚いていた。
自分が、そんなに顔に出るほど沈んでいるとは思わなかったのだ。
自分自身、いつも通りにしていたし、不自然だとも感じなかった。
「だから」
あの夢は、何度見ても慣れるものではない。だが、初めてみるものでもない。
それを、態度に出す事なんて、殆どないようなものだった。
三蔵自身、そう思っていたから。
李厘のような、子どもに、それが見抜かれるなんて、
思いもしなかったから。
日が傾きかけている。そろそろ、宿に八戒達が戻ってきているはずだ。
三蔵は夕日を見ながら、ふと考えた。
李厘が、手を空に突き出し、背伸びをする。
「さあて、そろそろ帰らないとお兄ちゃんに叱られちゃうな」
(やっと解放される)
三蔵は、肩に手をやり、首を傾けた。肩でも凝ったのだろう。
「はい、三蔵」
財布を三蔵の前に突き出し、李厘はにっこりと笑う。
無言でそれを受け取ると、袂から何かを取り出した。
「?」
「・・・手を出せ」
「へ?」
訳も分からずに、彼女は手を差し出す。
チリンと、鈴の音がするものを、三蔵は李厘の手の上にのせた。
「・・・何これ?」
聞くまでもなく、髪留めである。鈴がついていて、花の細工が施してある。
おそらく、李厘にたばこ代を渡されるときに、わざと多めの金額を言っていたのだろう。
その余分な金で買ったのだ。
彼は彼女の頭に手を置いた。
「サンキュ」
「????」
少しは気分が紛れたから。
しかし、李厘には何の事だか分からない。
髪留めを眺めながら、怪訝な顔をしている。
考えてもしょうがないと思ったのか、彼女は、自分の髪留めを外し、それを着けた。
軽く飛んで、三蔵の頬にキスをする。三蔵は思わず頬に手を当てた。
「またね、三蔵!」
そう言うと、彼女は妖力制御装置をその場に投げ捨て、風の中に姿を消した。
宿に帰ると、案の定3人とも帰っていた。
「お帰りなさい、三蔵」
「お帰りー」
「生臭坊主様のお帰りー」
八戒、悟空、悟浄が、それぞれに口を開く。
三蔵は、椅子に腰掛け、たばこに火を付けた。
「どこに行っていたんです?」
「あ」
悟浄が唐突に声を上げる。
「もしかして、女の子と一緒だったとか」
茶化すような言い方。まさか、と悟空と八戒は笑い声を上げる。
いつもなら、ここでハリセン、もしくは銃弾が飛んでくるところなので、悟浄は少し身構えた。
が、それはなかった。
「ふん」
「?」
悟浄と悟空は不思議そうに顔を見合わせる。
八戒は、お茶を入れながら三蔵に再度尋ねる。
「で、結局どこへ行ってたんですか?」
カタ、と三蔵の前に湯飲みを置くと微笑みかけた。
「朝は、憂鬱そうだったのに、今はそんな風には見えませんし、何か、良い事でもありました?」
三蔵は、たばこを灰皿の縁に置き、湯飲みに手を伸ばす。
「さあな」
心地よい風が、カーテンを揺らしながら過ぎて行く。
月が、高く、どこまでも澄んだ光を帯びていた。
END
あとがき
イメージが壊れた方は申し訳ございません。(どれにでも書いていますねえ)
一応、原作に忠実にする努力はしているのですが・・・。
初めて書いた最遊記の小説がこれです。
李厘殿は、動きがあるので書きやすいですね。
私は明るい話を書くのが苦手なようです。
どこかが暗いのです。
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