Shape of Love
幾つもの想いがある。
それは、全てが真実、全てがいとおしい。
誰もが倖せになりたくて、誰もが倖せになって欲しくて。
誰もそれを壊す権利なんて持ちあわせていない。
きっと、こんな『愛』の形もあると思うんだ。
想うだけの『愛』の形も。
そう信じていたいのは、僕のエゴかもしれないけれど。
君は許してくれるだろうか。
ねぇ、花喃。
轟く爆音。
続けて、八百鼡の槍での攻撃。
八戒は爆発を防ぐ為、障壁を張り、軽くそれを交わした。
身軽に空中へ跳び上がり、小さな爆弾を3、4個は彼に向けて投げやる。
彼は大きく後ろへと下がって、気功弾をその手に作り出す。
「破ッ!」
彼の繰り出すそれを避ける為、彼女は素早く地上へと降り、横に回り込む。
「たあッ!!」
強く地上を蹴って、八戒へと槍を突き出す。
また少し下がって、彼女の槍の柄を掴んだ。
そのまま、腹部にその槍の刃の付いていない部分で突き返す。
「クッ!!」
腹部を押さえながら、立とうとする八百鼡。
(やりすぎたかな・・・?)
少し、失敗したというような顔になる八戒。
辺りを見やれば、三蔵一行の他の面々はまだ戦闘中の様だ。
(終わりそうにもないですねえ)
考えてみれば、紅孩児御一行様の奇襲も突然のものだった。
ちょうど、夕食も終わって、さて休みますかといった時分であった為、
約2名うんざりしている様子も見られる。
(三蔵、腰が痛いとか何とか言っていましたっけ)
残りの1名は間違いなく楽しんでいるが。
(僕は、八百鼡さんとですけど)
どうも、女性が相手だとやりにくい事この上ない。
しかし、手を抜けば、相手に失礼だと言う事も分かっている。
よって手加減できない。
(さて、どうしたものでしょう)
彼女の目は真剣そのもの。
忠誠を誓った、自分の主君の為。
大きく呼吸をして、再び八戒に切りかかる。
「おっと」
余裕のある彼は、彼女の攻撃を見抜いていた。
先ほどの攻撃が効いているらしく、足元がふらつき、
勢いよく地面に滑り込む。
「だ・・・大丈夫ですか?」
本気で心配している彼に、背を向けたまま口を開く。
「何で・・・」
小さな声で、ぼそりと呟く彼女に、八戒は聞き返す。
「え?」
「何で、よけるんですか〜ッ!?」
おそらく、どんなに攻撃してもかなわない事から、
パニックに陥っているらしい。
涙声で、八戒に訴える。
「1回・・・くらい・・・ッ、当たってくれてもいいじゃないですかッ!!」
「そんな事言われましても」
(本当に、どうしましょうかねえ)
引き取りに来てはくれないかと紅孩児を見やるが、あちらはあちらで
悟空の応戦に大変な様だ。
「あの、八百鼡さん」
八百鼡の横に座り込み、なだめるような声で、優しく話し掛ける八戒。
「それは、紅孩児の為ですか?」
「当たり前ですッッ!」
涙を手で拭いながら、彼女は答える。
八戒は微笑んだ。
「紅孩児が・・・好きですか?」
「え・・・?」
一瞬のうちに、八百鼡の顔が紅潮していった。
「あ・・・あの、わっ私は、そのっ!!」
(・・・可愛いヒトだなぁ)
苦笑しながら、彼女の様子を眺めている。
「伝えた方がいいですよ」
「え、あの・・・」
「大切な事は伝えた方がいいですよ、後悔したくないなら」
(八戒殿・・・?)
ふと見せた彼の曇った顔に疑問を覚えた。
何故こんな顔をするのだろう?
思った事を口に出す八百鼡。
「貴方は・・・」
「はい?」
「貴方は伝える事が出来なかったのですか・・・?」
八戒は思わず口を抑える。
いつもの彼らしからぬ行動に、また疑問を覚えた。
(聞いてはいけなかったのかしら?)
困ったような、悲しいような彼の表情に戸惑ったのは彼女の方だった。
「そう、ですね・・・。伝えられなかったのかもしれません」
(・・・花喃)
ずっと遠い日に思える。
彼女を失った瞬間がよみがえってくる。
愛しい人の面影が脳裏をかすめた。
「あのっ、すみません!」
「何がです?」
「変な事聞いてしまって」
すまなそうな顔をして、謝る彼女に、八戒は苦笑した。
「貴女の所為ではありませんよ」
(悪いのは、僕だから)
「でもっ!」
まだ、納得の行かない様子の彼女。
人差し指を八百鼡の前に突き出して口を開く。
「そんな顔しないで下さい。僕は、笑っている貴女の方が好きなんですから」
「え?」
突然の彼の言葉に顔を上げた。
「八百鼡!!」
紅孩児達の戦闘も終わったらしく、彼女を呼ぶ声が遠くから聞こえた。
「はっはい、すぐに参ります!!」
彼女は、紅い風と共に帰って行く。
何故、あんな事を口走ったのか分からず、八戒はただその様子を見つめていた。
天竺、吠登城。
「疲れたな、紅」
「そうだな」
不意打ちという訳ではなく、ただ関係のない者を巻き込まない為に闇夜を選んだ。
が、自分達にも三蔵一行にも、それはひどく疲れるものになった。
「お兄ちゃん、最近肩が凝るとか言ってたじゃない」
「李厘、そりゃお前が紅の肩によく跳び乗ってるからじゃねえのか?」
李厘の言葉に、独角がツッこむ。
八百鼡は、苦笑しながらもその様子を眺めていた。
「紅孩児様、私がマッサージでも致しましょうか?」
「そうしてもらいなよ。八百鼡ちゃん、上手だよ〜」
「俺も、よくやってもらうけどな。疲れが取れるぞ」
紅孩児は彼らの話しを聞きながら、八百鼡に微笑みかけた。
「それなら頼もうか、八百鼡」
「はい、紅孩児様」
彼女も、応えるように微笑んだ。
その後も、じっと見入るように紅孩児を見ていた八百鼡だったが、
彼の呼びかけで、我に返る。
「どうした?」
「いっいえ、何でもありません」
「・・・?そうか?」
彼女は、苦笑しながら彼の背中を追った。
八戒殿。
私は伝えられずとも良いのです。
例え、私がそれを伝えたとしても、この方は主君、私は部下だという事に
変わりはありません。
側にいるだけで、倖せだと思えます。
この方に仕える事が、私の倖せなのです。
それだけで良いのです。
きっと、後悔する事はありません。
「八戒」
顔を上げると、悟浄がコーヒーを持っている。
「ほれ」
「有り難うございます」
微笑んで、カップを受け取る八戒。
「で?」
「え?」
八戒が座っているベッドの横に悟浄が腰掛ける。
彼の重みで、ベッドが揺れた。
「『え?』じゃねえっての。なーに、人が必死こいて戦ってる最中に告白タイムに突入してんのよ?」
「聞いていたんですか」
八戒は、悪びれもせずに笑いながら答えた。
三蔵はと言えば、彼らの話など気にせずに新聞を読んでいる。
本来なら、三蔵が一番に風呂を使いたかったのだが、悟空のあまりの汚れ様に
やむなく譲ったのだ。
個室にバスルームがついていて、シャワーの音が聞こえてくる。
「もう・・・・"花喃"の事は忘れられるのか?」
「忘れたりしません。愛していますよ、今でも」
はっきりとしたその口調に、悟浄の方が口ごもる。
「じゃあ、八百鼡、は?」
「何て、言ったらいいんでしょう」
どんな言葉を選べばいいのか、自分でも分からない。
「彼女には・・・、倖せになってほしいんです。彼女の愛する人と」
「へえ?」
「花喃のときは、一緒にいたかった。一緒に倖せになりたかった。誰にも、渡したくなかった」
自分の手元をじっと見つめる。
「でも」
悟浄を見やり、困ったような笑顔を浮かべる。
「彼女は違うんです、なんて言うか・・・・その」
「見てるだけでいいってやつ?」
「いえ、僕は」
ドアが開き、悟空が出てきた。タオルを頭にかぶっている。
髪がまだ濡れていて、ぼたぼたと水滴が彼の歩いた後に落ちていく。
「おい、バカ猿!濡れたままで歩き回るんじゃねえっ!!」
三蔵がその様子を見て怒鳴る。
八戒は立ち上がり、カップをテーブルに置いた。
悟空の髪をわしゃわしゃと拭く。
「ほら、悟空。前にも言ったでしょう、ちゃんと拭かないと風邪ひきますよ」
「ありがと、八戒」
「どういたしまして」
三蔵が、風呂に入る用意をして、バスルームに向かっているのが視界に入る。
「三蔵、御風呂出たらマッサージしましょうか?」
「あ?そうだな、頼む」
「はい」
その様子を黙って眺めていた悟浄。
彼の方に顔を向け、微笑みかける。
そして、さっきの言葉を続けた。
「僕は多分、想っているだけでいいんです」
彼の微笑みはとても優しいもので、嘘がどこにもないと分かる。
一瞬言葉を失ったが、ふっと、悟浄は笑いかけた。
「そーいうのもあると思うぜ?」
「はい」
八戒は応えるように、もう一度微笑んだ。
悟空は訳が分からず、尋ねてくる。
「え?何が?」
「お子様には10年はえーんだよ」
「なんだよ、それ!このエロ河童!!」
「んだと、バカ猿!!」
八戒は彼らの喧騒を、笑いながら眺めている。
僕は、君が満たされるほど、君を愛していられたのかな?
花喃、君を忘れる事はできない。
愛しているんだ、誰よりも。
でも、僕は彼女を愛している。
こんな事ってあるんだね。
大切だから、倖せになってほしい。
今度は、僕とじゃなくて他の誰かと。
想っているだけでいいなんて、そんな『愛』もあったんだ。
『愛』の形は、決まっていない。
いろんな形がある。
誰もそれを否定できない。
『ひとつ』じゃない。
それ『だけ』じゃない。
『愛している』と伝える言葉が幾つもあるように。
抱きしめるだけで、想いが伝わるように。
でも、自分で伝えければ分からない事だってある。
そんなときは、一言だけ。
『大好きだよ』って、微笑んでいれば良いと思うんだ。
それが伝えてはならない愛だとすれば、
そっと、想っているくらいは許されるのかな。
ねぇ。
君は、どう思いますか?
END
あとがき
今回は、いろんな『愛』の形があると言う事で、その辺りをテーマに書きました。
触れ合う事も大事です。
お互いの温もりを感じて、ここにいるんだって、実感できますから。
でも、それだけではないと思うのです。
想う事も、伝える事も、一つの形ではないでしょうか。
その後どうなるかではなくて、それまでの過程が形になることだってあると思います。
『倖せ』も同じです。
幾つも形があるのです。
誰がどう『倖せ』を感じるか分かりません。
極端に言えば、誰かがいる事が『倖せ』な人もいれば、『不倖せ』な人もいるのです。
何を『倖せ』と感じるか、知っていることが本当の『倖せ』に繋がるのではないでしょうか。
最後の問いかけが、誰に向けたものかは、皆様の御想像に御任せ致します♪
題名は、その通り、『愛の形』です。
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