桜が咲き誇る季節。 来年になったら、また同じ季節が巡る。 同じでないのは人ばかり。 また、ここにいられるのだろうか。 今と同じように、笑っていられるのだろうか。 願わくば、そうあって欲しいと願うのは、 俺達の我が侭なのだろう。 |
Wish For.... |
カップに注がれたココアに口をつけながら、 悟空が天蓬を見やる。 天蓬の自室で、ソファに腰掛けている。 その向かい側のソファには捲簾が腰掛け、 煙草をくわえたままテーブルの灰皿を手繰り寄せていた。 「オハナミ?」 意味が分かっていないらしい悟空に苦笑しながら、 天蓬は持っていた本を閉じた。 丁度、捲簾が座っているソファの隣辺りに 天蓬が立っている。 横から捲簾がクックッと笑っている。 「桜の木の下で宴会すんの」 「宴会?」 楽しそうな言葉に、悟空は目を輝かせる。 「悟空、悟空。その人のこと簡単に信用しちゃいけませんよー」 棒読み口調で言ってくる天蓬に、捲簾は顔を顰める。 「んだよ、間違っちゃねーだろ」 「根本的に間違ってます」 きっぱりと言い放ち、否定する天蓬。 「いいですか、悟空。御花見というのは、桜の花を愛でるものです」 「めで…?」 「鑑賞…そうですねえ…」 悟空でも分かりそうな言葉を捜して、天蓬は腕組みをした。 「皆で桜を見に行きましょうってことです」 「見るだけなの?」 「花を見ながら…結局は捲簾が言ったみたいに宴会になってしまう訳ですけど。実際は桜を眺めるのが御花見って言うんですけどね」 捲簾の場合は花より団子っていうんですよ、と余計な一言を付け加えて、 天蓬は悟空に微笑みかける。 「…よけーなお世話だ」 そう呟く捲簾の声も、知ってか知らずか。 「でもさっ、楽しいんだろ?」 「えぇ」 悟空の視線に合わせて、屈められた姿勢で天蓬は頷く。 持っていたココアを飲み干して、テーブルに置き、 悟空は身を乗り出す。 「それって、いつ?どれくらいになったら出来るの?」 あまりに嬉しそうな悟空に、 捲簾と天蓬は面食らってしまう。 この天界では、年中行事でしかないそれを、 こんなにも嬉しそうに言うのだから。 彼らは他の者から外れて、一人、もしくは親しい者だけで 花見をするため、あまり年中行事という堅苦しいものではない。 もっとも、花見自体は無礼講であるが、 やはり、位の高い神達を交えての花見は息苦しいものがある。 彼らにとっては尚更だ。 「そう…だなあ」 捲簾は頭を掻きながら、持っていた煙草を灰皿に押し付けた。 「やっぱ、春だよな」 「春?」 短い期間しか下界にいなかった悟空だが、 季節は知り得ているようだ。 しかし、具体的にはいつ来るかなど分かるはずもない。 何月何日の何時には必ず来るものではないから。 不意に、開け放たれた窓から、あたたかい風が吹き込んでくる。 甘い花の香りも、太陽の光も運んできてくれる。 天蓬達の髪がその風に流され、光を帯びる。 小さな春が、すぐそこまでやってきている。 それに気付いたのか、天蓬がふと、口を開いた。 「もうすぐ桜が咲きますね」 ねぇ悟空、と呼びかけて、天蓬が彼の方に顔を向ける。 「皆で、御花見にでも行きましょうか」 「行きたいっ!」 「いいねえ。あの仏頂面の保護者さんとナタクでも誘ってこいよ」 即答する悟空に、捲簾は笑いかける。 ――きっと、守れない約束だけれど 「うんっ!」 これにも悟空は元気良く即答した。 チクリと二人の良心が痛む。 立ち上がって、ぐしゃぐしゃと悟空の頭を撫でる捲簾の手を掴むと、 そのまま、悟空は捲簾の腕にぶら下がる。 「っコラ!お前、ただでさえ重いんだぞ!?」 思わず体勢を崩しそうになった彼は、もう片方の手を ソファの背もたれに伸ばした。 歳相応の子どもと同じように、無邪気な笑みを浮かべて なついてくる悟空を見ていると、二人は穏やかな気持ちになれた。 捲簾は悟空から目を離し、天蓬を見やる。 天蓬は淡く微笑んで、静かに首を振った。 捲簾もそれを見ると、笑みを浮かべる。 「ケン兄ちゃん?」 その仕種に疑問を覚えたのか、悟空が捲簾の名を呼んだ。 「何だ?」 そう返答した彼は、いつもの彼だった。 「どうしました?悟空」 同じく、振り返って天蓬を見ても。 自然過ぎて不自然だった。 しかし、悟空がそれに気付くには遅すぎた。 「…ううん、何でもない」 気のせいだと思い、悟空は笑いながら彼らに返答する。 日も沈んで来た。 悟空はそれに気付くと、彼らに別れを告げ、天蓬の自室を後にした。 「ばいばーい、天ちゃん、ケン兄ちゃん!」 「さよーなら。悟空」 「じゃあな、チビ猿」 「猿じゃないもーんっ!!」 からかう捲簾の声に、遠くから悟空の声がこだまする。 こちらから見ても、小さな手をぐるぐると回しながら 一生懸命言い返しているのが分かった。 その様子に、二人は苦笑する。 悟空のいない空間が廊下に戻ると、 そこには静けさだけが残った。 「…本当に良いのか?これで」 捲簾は、悟空を見送った後、廊下の壁に寄りかかり煙草を取り出す。 「くどいですよ、捲簾」 天蓬も同じように煙草を取り出し、火を付ける。 そしてそのまま、ライターの火を捲簾に差し出した。 捲簾は少し屈んで、自分の煙草の先に火を付ける。 「貴方への恨みは、俺への恨みも同然なんでしょう?」 意地悪そうに笑う天蓬に、捲簾は観念したように両手を挙げた。 「そりゃ、そう言ったのは俺だけどよ。だが、これは俺が…」 「捲簾」 ピシャリと、天蓬は彼の名を呼んだ。 「これは、貴方の為じゃない。俺自身の為です」 その真摯な瞳に捲簾は口を閉じるしかなかった。 どこを見るでもなく、彼は天を仰ぐ。 「…泣くだろーな、あいつ」 静かな声音が、廊下に響く。 「そうですね。優しい子ですから」 同意する声も、静かだ。 誰もいない世界にいる気がした。 捲簾が手持ちぶさたになった片手を、 ポケットに突っ込む。 「これが終わりとなるか…」 落ちて来た髪をかきあげながら、 天蓬が、彼の言葉を繋ぐ。 「…始まりとなるか」 ふっと、笑みを浮かべて彼らは顔を見合わせる。 「難しいところだな」 「ですね」 でも、と天蓬は言う。 「悟空との約束は守りたいなあ」 「…そうだな」 天蓬も、立っていた場所を離れ、捲簾の隣の壁によりかかる。 「願わくば、彼らが傷付くことが無いように」 静かに、神に祈るように天蓬は呟いた。 こんな俺達でも、死んだら悲しむ奴がいるんだろーか。 そんな事を思った。 そしたら一番にあのチビ猿の泣き顔が浮かんだ。 よく笑って、よく遊んで、よく食って。 そして。 ――よく泣くアイツの顔が 俺も天蓬も、バカだからさ。 後先考えられねえんだ。 許して欲しいとは言わねえ。 これが、俺達の生き様だからな。 だから ――願わくば、彼らが傷つくことが無いように そう願ったんだよ。 俺達は、さ。 END |
あ と が き |
最後と言うか、何と言うか。私の妄想天界編(爆)のシメがこれです。あとは天蓬殿と捲簾殿だなあって思っていて。あ、天界編をもう書かないと言うのではないです。天界編の終わり想像図(?)が終わったと言うだけで。他の視点から見たものは、また書くかもですが。最初の独白が天蓬殿。最後の独白が捲簾殿です。この二人は別々に書くと違和感がありますからねえ(苦笑)。しかし、気のせいではないと思われるのが、私の書く天界編では天蓬殿の部屋で飲み食いしていることですな。 |