Merry  Christmas


「くりすます?」
聞いた事の無い単語を、悟空は繰り返した。
八戒は、コーヒーをカップに注ぎながら返事をする。
「えぇ」
「それって何?うまいの?」
八戒は、いつもの悟空の返答に思わず苦笑する。
コーヒーの香りが、部屋中に広がった。
4つのカップをテーブルのそれぞれの位置に置く。
どうぞ、そう言って三蔵と悟浄に差し出す。
悟空は、ベッドに座っていたので、立ち上がって
それを取りに来た。
悟空にカップを渡しながら、八戒は椅子に腰掛ける。
「そうとも言えるような、言えないような…」
「…言えんだろ」
呆れたように、三蔵はカップを口に運ぶ。
「え?何、三蔵様知ってんの?」
「確か、西方の行事の一つだ。キリストとか言う奴の聖誕祭だとか何だとか」
「平たく言えば、そういうことです」
「じゃあ、うまくないじゃん」
あからさまにがっかりする悟空を眺めながら、八戒は説明を続ける。
「キリスト教という宗教の行事なんですけど、皆でお祝いするんですよ。彼の誕生日を。ちなみに、キリストっていうのは救世主って意味です。本当の名前はイエスですね」
「お祝い?」
「そうです。今じゃ、お祭りって感じですけどね。だから、ごちそう作ったり、パーティーをしたりするんですよ」
ごちそうのあたりが、おいしいと言える場所だといったところだろう。
八戒は幼い頃いた孤児院で、毎年行われていたので知っていたのだ。
教会なので、町の人々への奉仕が殆どでもあったが。
静かな教会に、マリアの像が淡い明かりの中、静かに立っている。
その顔は、とても穏やかで悟能には居心地が悪かった。
とはいえ、彼は仏教徒にもキリスト教徒にも当てはまらないように見える。
さて、ここで問題。
「何で、三蔵は知っているんですか?」
3人の視線が彼に集中する。
広げていた新聞を閉じて、眼鏡を外す。
「昔、先代が話していたのを憶えていただけだ」
「……三蔵の先代って、三蔵だよな?」
悟浄が間抜けな問いを投げかける。
「当たり前だ」
「だったら、仏教徒じゃん。どっちにしても、何で知ってる訳?」
もっともな質問だ。
三蔵はと言えば、答えるのが面倒くさくなってきている。
気が短いのは知っていたが、自分の事に触れられると、
それは更に短くなる傾向があるようだ。
「知るか!」
言うと同時に、悟浄の横すれすれを弾丸が通過する。
「うお!?」
「俺は寝る。」
「おやすみなさい」
「おやすみ、三蔵」
誰も悟浄の心配をしていないというところが、
状況に慣れきっているというか。
大部屋を取っているので、三蔵は自分のベッドに潜り込む。
しばらくして、彼の寝息が聞こえてきた。
「…三蔵、寝るの早いよな」
悟浄は、三蔵のベッドを見やってつぶやく。
隣に座っていた八戒は、コーヒーを入れ直す為に席を立った。
「静かにしてないと、今度は本当に殺されますよ。」
シィと、口に人差し指を当てて静かにするように促した。
悟空はカップの中のコーヒーを飲み干すと、大きなあくびをする。
「俺も寝る〜」
「コーヒー飲んだのに寝られんのか?お子様の癖に」
「な…!!」
すかさず八戒が、悟空の口を抑え、すぐに放す。
「悟空っ、三蔵が起きますよ」
言われて、悟空は自分の口を抑えた。
「ご…ごめん」
彼は静かに謝ると、自分のベッドへ向かった。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ〜」
夜が更けていく。




「メリークリスマス!」
パァンと、勢い良くクラッカーが鳴り響く。
江流は、写経の最中で、部屋に一人座っていた。
そこへ光明がいきなり現れたのだ。
江流の頭や机の上には、クラッカーの紙くずがのっている。
「…何やっていらっしゃるんですか、お師匠様」
驚きもせず、冷静に対応する江流に、光明はつまらなさそうにクラッカーの穴を覗く。
「せっかく、驚かそうと思ったんですけどねぇ」
「これ、何ですか?」
机の上に散らかった紙くずをつまみあげて、光明の前に示す。
「クラッカーって言うんですよ。西方の友人から送られてきたんです」
「はぁ…」
その前に、これは人に向けて良いものなんだろうか。
少し疑問が浮かんだが、光明は気にする様子も無い。
すぐ後ろで、朱泱の疲れた声が聞こえてきた。
「三蔵様〜、今度はここですかあ?」
「朱泱」
座っている為、いつもより更に低い位置にいる江流は、
声の主を見上げた。
「何だ、江流。お前もやられたのか」
「お前『も』って、朱泱もなのか?」
「嫌ですねえ。やられただなんて、人聞きの悪い」
悪びれた様子もなく、光明は笑う。
「可愛いいたずらじゃないですか」
「…いい年して、いたずらなんてしないで下さい…」
先ほどより、さらに疲れた声で朱泱は座り込む。
どうやら、彼は光明の向かうところ全てへ、ついてまわっていたらしい。
つまり、後片付けの為。
手に持っているごみ袋が何よりもの証拠だ。
江流は苦笑すると、光明を見やった。
「お師匠様、いったいこれは何の遊びなんです?」
「去年、西方に行った時に、ある行事が行われていたんです」
「行事、ですか?」
「西方は、仏教よりもキリスト教という宗教が多いんです。その宗教の行事なんですよ」
その場に座り込み、江流と向き合う。
「毎年12月24日がクリスマス・イヴ、25日がクリスマスって言うそうです。イエス=キリストという人の聖誕祭だそうで」
「へぇ」
朱泱は、聞いた事もない話にを耳を傾けた。
「それで、その人を皆でお祝いするお祭りみたいなものでしょうか。そんな風に聞きましたけど。それで、去年、私が面白そうに見ていたので友人が送ってくれたみたいです」
空のクラッカーを指差して微笑む。
「それと、もう一つ」
「え?」
光明は、懐を探ると、手の上に乗るほどの包みを取り出した。
そのまま、江流の手前に差し出す。
彼は訳が分からないまま、その手に小さな包みが乗せられる。
「あの、お師匠様?」
「私からの贈り物です」
開けてください、と目で促す。
カサと、紙のこすれる音がして、包みが開かれる。
「これ…」
小さな、小さな、2匹の兎の硝子細工。
それぞれ、違う格好をしている。
白く透き通る硝子は、さながら、降ってくる雪のようだ。
「江流、動物好きですよね」
「はい、でも」
「クリスマスにはね、大事な人に贈り物をするそうです」
困惑した顔を向けた江流に、微笑みかける。
「それは、親であったり、恋人であったり」
少し間を置いて、言葉をつなげる。




「自分の子どもであったり」




呆然とする江流の頭にポンと手を乗せた。
腰を上げて、自室へ戻ろうとする。
朱泱は、江流に笑みを向けて共に立ち上がった。
手のひらにある小さな兎を優しく抱きしめて、
江流は慌てて廊下に飛び出た。
「ありがとうございます、お師匠様!」
一度振り返り、光明は満足そうに微笑んだ。
朱泱は、笑いをかみ殺しながら、光明の後に続く。
(三蔵様の前でだけは、子どもなんだよなあ)
いつもの江流ではなく、年相応の子どもに見えるのだ。
江流は、自分を子どもだと言ってくれた言葉を
少なからず嬉しく感じていた。


小鳥のさえずりが聞こえてきて、三蔵は目を覚ました。
朝である。
まだ3人は寝入っているようだ。
「夢、か」
(あいつらが、クリスマスだとか抜かしやがるから)
懐かしい夢を見て、嬉しいような、悲しいような気分にかられる。
最期があまりにも悲惨であった為、楽しい思い出は、
余計に心を締め付ける。
光明にもらった兎は、彼の墓に埋めてきた。
自分のかわりに、彼のそばにいられるように。
雪のように白い硝子は、どこまでもどこまでも透き通って。
どこまでもどこまでも、彼に近く思えて。




『お師匠様、俺、もうここにいちゃいけないんだ。だから、そいつ、一緒に連れていってください。これだったら、寂しくないでしょう?』




墓前でそう言う江流の表情は、穏やかで、でも寂しそうで。
手を合わせて、目を閉じる。
旅支度の済まされた格好は、まさしく三蔵法師のもの。
両肩にかけられた魔天経文。
頭上に、光明三蔵の形見である金冠。
白い法衣は、雪のように真っ白で真新しい。
『いってきます』
立ち上がって、墓を振り返る。
『…父上』
何よりも重い三蔵の名を、その身に受けて、
まだあどけない顔立ちをもったその少年は歩き出した。





「三蔵!」





まだ見ぬ、仲間と出会う為に。






END

あとがき
クリスマスということで、小説書いてみましたけどいかがでしょうか?
私的に、かなり適当に書いてみたので、変な仕上がりになっております。
最遊記って仏教では!?というので、無理矢理、光明様登場させて、展
開してみました。あの方は何でも知っていそうなので(笑)。どことな
く、子どもっぽいところがあると思うのですが。私だけ?江流殿も書い
ていて楽しいですねvひねくれていると言うか、何と言うか。子どもら
しい部分が可愛らしく思えるのです。

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