紫陽花の花
By.anam様



雨音がうるさく耳に響く。
三蔵は読んでいる新聞を近くのテーブルに置き、眼鏡を外すと窓の外を見た。
さっきまで滝のように窓に当たっていた雨はその勢いをなくし、もうすぐ止みそうな雰囲気
を湛えている。
ふと窓の下を見ると紫陽花の花が咲いていた。
激しい雨にも負けずに咲いている紫陽花を見て、三蔵は昔のことを思い出していた。




「江流は紫陽花ですね」
雨の上がったばかりの庭を縁側に座って紫陽花を見ていた光明三蔵法師はそんなこと
をつぶやいた。
「? どういうことですか、お師匠様」
三蔵の隣で正座をして座っていた江流は目を自分がもっとも慕う師に向けた。
「名前がですよ。あじさいは紫の陽の花と書くでしょう? 江流にもっともあう花だと思ったんです」
「そんな説明じゃあ、よく分かりませんよ。どうして俺が紫陽花の花なんですか」
江流の不審そうな顔を見て三蔵は暖かな笑みを愛弟子に向けた。
「貴方の瞳を見ていると私は紫陽花を思い浮かべるんです。貴方の紫の瞳をね」
「俺の瞳、ですか?」
江流は首を傾げる。
「ええ。貴方の瞳の輝きに溢れんばかりの命の輝きを見るんですよ。暖かな陽光が生きとし生けるもの全てに命を与えているかのような、そんな輝きをです。
紫の瞳から陽光が感じられる。紫陽花の名前と良く合うと思いませんか」
「お師匠様……」
にこにこと嬉しそうに話す師を見て、呆れたように江流はため息をつく。
「それは俺を買いかぶってるだけですよ。俺は花みたく強くありません。
いつかは花のようにひとつだけでも咲けるみたいに強くなりたいと思っていますが、今の俺はまだ強くありません」
「花は花だけで強くなるわけではないんですよ? 江流」
三蔵は空を仰いだ。
「花は決して一つではありません。たとえ一つだけに見えても見えないところでいろんなものに助けられています。雨が降って落とす水。暖かな太陽の光。根が広く大きくはれるような大地。新たな命を育むための風や虫たち。それらが無ければ花は生きてはいけません。花は一つでは生きてはいないんでよ。目には見えない多くのものたちに支えられて生きているんです。貴方もそうですよ、江流。
貴方もいつか、多くものに支えられているのがわかるはずです。
その時、支えてもらっている者たちを反対に支えられるように強くなりなさい、江流」
三蔵はこの世の闇を照らすかのような笑みで最後に残す言葉となるその言葉を優しく与
えた。




「ただいまー! あれ、三蔵なにしてんの?」
買い物から帰ってきた悟空は窓を見つめている三蔵を見て言った。
しかし、物思いにふけっているのか三蔵は返事をしない。
「三蔵?」
もう一度呼ぶとゆっくりと三蔵は悟空の方を向いた。
「あ。ああ、帰ってきてたのか」
「なんだよ、話し掛けても全然反応しないから心配しただろ」
「悪かったな」
頬を膨らましている悟空を一瞥して再び窓の外を見る。
「何見てんのさ」
そういって悟空も三蔵と同じ方を見ると見事な紫の紫陽花が咲き誇っていた。
「うわー、激綺麗じゃん、この花。なぁ八戒、この花なんていうの?」
悟空が背後のテーブルで買ってきたもののチェックをしていた八戒に聞くと、
「何の花ですか?」
と近寄ってきて頷いた。
「ああ。これは紫陽花ですね。紫の陽の花と書くんですよ」
「へえー」
悟空はもう一度紫陽花を見る。
「なんか花が花を支えてるみたいだな」
その瞬間、弾かれたように三蔵は悟空を見た。
「どうしてです、悟空?」
そんな三蔵を横目で見ながら八戒は聞く。
「だってさ」
悟空は紫陽花を見ながら、
「小さい花が沢山集まって咲いてるだろ。それ見てたらさ、花がお互いを支えて咲いてる
ふうに見えると思ったんだよ」
一つでは頼りなく小さい花が沢山集まって大きな美しい花となっている。
それは悟空が言うとおり、支え合って生きているかのようだった。
            ――貴方も支えられているんですよ。――
光明三蔵の言葉が頭に浮かんだ。
――貴方だって一人の人間です。とてももろくて頼りない。だから支えが必要なんです。沢山のものに支えられて人は初めて強くなるものですよ。貴方だって例外ではありません。貴方を支えてくれるものを大切にしなさい。そうすれば強くなりますよ。
貴方がそのものを支えようとして強くなるのですから。――
「江流は紫陽花ですね」
あの時、光明三蔵法師が本当に言いたかったであろうあの言葉の意味を不意に三蔵は
理解したように思った。
「お前らそんなところで何してんの?」
三人が一斉に振り向くと悟浄が煙草を咥えながら呆れたように言った。
「紫陽花を見てたんですよ。悟浄も一緒に見ませんか?」
「どれどれ……」
八戒に薦められ、悟浄は窓の外の紫陽花を見る。
「へえー綺麗に咲いてんじゃん。こんなに綺麗な紫陽花、久しぶりだな」
「そうですね、ここのところ花をゆっくり見るなんてことありませんでしたからね」
八戒が頷いた。
「あ、雨が上がってる! もう少しで太陽が出てくるな」
悟空は空を見て言った。
三蔵も空を仰ぐ。
雲の切れ目から陽光が差し込んだ。
その眩しさに三蔵は目を細めた。

あとがき。
anam様から頂きましたvv
お師匠様が出ていらっしゃるわ―――!!(笑)
もう、なんとお礼を言えばよいのか・・・。
本当に、ありがとうございます。
『花は決して一つではありません』の台詞が大好きですv
ヒトの事にも例えられるなあって。
ヒトがヒトとしてあるのならば、決して1人では成り得ない。
それを認識してくれるヒトがいなければ、そのヒトはヒトとして確立することができないのです。
誰かがいるから、自分であれる。
誰かがいるから、自分であろうと思う。
そんな関係があるから、生きていけるのかもしれませんね。

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