Apolosy





始まりはいつもの喧騒。
「ロニ!何でアンタってヤツは!!」
「うるせぇ、男女!!とやかく言われる筋合いは無いね!」
半ば、見慣れた風景に止めに入る者もいない。
尤も、彼らの仲裁に入って、とばっちりを食うのは御免被りたい。
呆れたようにため息を吐く者もいれば、
おろおろと成り行きを見守っている者もいる。
かと思えば、全く関係の無い素振りで別のことをやっている者もいたり、
困ったように微笑う者もいたりする。
つまりは、木々の間に木霊するこの喧騒こそが日常茶飯事なのだ。
「常日頃から多くのことに苦悩している俺様を凡人ナナリーが理解など出来まい!」
「誰が凡人だって?!」
ナナリーの声に耳を塞いで、あしらうようにして大声を張り上げる。



「良いよな、何の悩みも無いヤツは!」




その瞬間、不味い、と本能が悟る。
口元を手で覆ったが、音となった言の葉はすでに形となっていて。
ナナリーの面から、一切の感情が消え失せた。
いくら感情的になっていたからとて、
言って良いことと悪いことがある。
ロニにしても、それは理解していたはずだ。
はず、なのに。
微かに見開かれた瞳。
けれど、すぐに揺らぐ。
きつく寄せられた眉根。
肩は小刻みに揺れている。
何でもないような顔をするのが、彼女の得意だと織っている。




「あぁ、そうだよ。羨ましいだろ」





無理矢理に勝気な笑みを作って、ナナリーは踵を返した。
「ナナ…ッ!」
段々と遠ざかっていく背中を、追いかけることも出来ずに立ち尽くす。
伸ばそうとした腕も、宙で行き場をなくした。
「莫迦ね」
「莫迦だな」
背後から聞こえる評に、降ろした手を握り締める。
彼らの言うことは尤もだ。
「ナナリー、すっごく悩んでたの、ロニだって知ってるだろ!」
金髪の少年は彼に噛付くようにして訴える。
彼女が悩み、その果てに自分を責め続けていることを。
消えて行く弟の幻に、何度も何度も謝って、
甘い夢に負けてしまった自分に泣き叫んだことを。
彼らは、彼は知っていたはずだ。
「カイル、ロニだって本気じゃ無いわ。そうでしょう?」
「リアラ」
淡く花開く様を思い出させる少女が、カイルを静かに制する。
リアラは頭2つ分ほど高いロニを見上げ、微笑んだ。
「大丈夫。ナナリーは赦してくれるわ」
彼が、彼を赦そうとしないのを知っていて、リアラはそう言う。
竜族の髑髏を被った少年がため息を吐く。
「それこそ、煮え湯を飲まされるようなものだろうに」
「それくらいで良いのよ。どーせ、なるようにしかならないんだから」
ショッキングピンクのくせっ毛をいじりながら、興味無さそうに少女が口を開く。
事実、興味など無かったのかもしれない。
怪しげな薬をフラスコの中で揺らし、ふむ、と唸る。
「結局、優しすぎるのよ。二人ともね」
私は優しくないわよ、と付け足す少女に思わず苦笑する。
「知っている」
「あら、そ」
またしても興味無さそうに頷く。
そのようなことを言うことこそが、彼女の優しさであろうに、
わざわざそれを指摘することもしない。
ヒトは優しさも、そうでないものも持っている。
彼らの会話を遠く耳にしながら、
羨ましい、と思うのはきっと気のせいじゃない。
「心にある蟠りが何か、気付いているくせに」
見透かしたような視線に、ロニは俯く。
カイルは懸命に彼を見つめた。
仲違いなどして欲しくない。
2人には笑っていて欲しい。
単純であるくせに、一番強い想いだ。
「だったら、すべきことは分かっているんじゃない?」
悪戯っぽく微笑うリアラは、年相応の少女に見えた。
ここまで背を押されてしまっては、立ち止まる方が格好悪い。
ロニは諦めたようにしてため息を吐いた。



「『悪いことをしたと思ったら、すぐに謝ること』」



わしわしと、カイルの頭を掻き乱す。
苦笑して、彼の顔を覗き込んだ。
「ルーティさんの鉄則だったよな」
「…殴られるのと、ご飯抜きどっちがマシだった?」
「両方勘弁」
「だよね」
顔を見合わせて噴出した。
「さて、ナナリーを探して来なきゃ、飯にありつけねぇな」
わざとらしく声を大きくして、ナナリーが去った道へと足を向ける。
そう遠くへは行っていないはずだ。
帰るきっかけが出来ずに、その辺りをうろついているだろう。
意地になったらそれこそ厄介である。
小川が、傍を流れている。
野営には丁度良さそうだ。
「ナナリー」
見慣れた紅い髪が風に靡く。
後姿を見つけ、声をかけた。
小川の傍に立っているナナリーの顔が水面に映っている。
泣き出しそうに見えたのは、川の流れに揺らいでいる所為だけだろうか。
「…何だい」
「悪かった」
開口一番の謝罪。
弾かれたように振り返る。
きつく口を縛り、彼を上目遣いに睨んだ。
「別に、謝られるようなことされた覚えは」
それが最後まで紡がれることは無かった。
不意に腕を引かれ、何が何だか分からないままに、
気付けばロニの腕の中だった。
ようやっと事実に気付けば、離れようともがく。
「ちょっと!何やってんのさ、スケベロニ!!」
「あーもーうるせぇな」
大声で喚くナナリーを抑え付け、先程よりも強く抱きしめる。
彼女の顔が真っ赤に染まっているのを、ロニは気付いていないだろう。
二、三度、優しくぽんぽんと背中を叩かれた。
子どもをあやしているようだと思ったが、不思議と厭ではなかった。
が、気恥ずかしさはごまかせない。
卑怯だと思いながらも、抵抗を止めた。
顔が見られないように、彼の胸へと押し付ける。
「本当に悪かったと思ってる。だから、謝った。俺が、謝りたいんだよ」
彼の顔も見えない。
けれど、多分、ムカつくくらいに大人びた顔をしているに違いない。
埋められない年の差を、疎ましいとさえ思った。
「…莫迦ロニ」
悪足掻きに呟いた台詞すら、彼の前では通用しそうに無い。
悔しいけれど、勝てない。
ここぞと言う時には頼りがいのあるヒト。
それが余計に悔しい。
いつの間にか、とっくに赦してしまっている自分が、更に歯痒い。
彼に繋がる感情を認めてしまうのが怖くて、
認めてはいけないような気がして。
それでも、今はただ、そのぬくもりに甘えてしまいたかった。



いつか、忘れてしまうぬくもりであったとしても。



END



あとがき。
ロニナナ好きです。
素直じゃないナナリーとロニが好きなのです。
カイリアはまだまだお子様純愛だし、ハロジュは問題外だし。
一番『らしい』カップルって言ったらこの二人でしょう!

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