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 じいっと食い入るようにして、横顔を見やる。
 整った目鼻立ち。
 透き通った琥珀色の瞳。
 風に流れる、銀糸の髪。
 「何、じろじろ見てんだよ」
 其の主は、面立ちには凡そ似合わぬ口調で、少女を睨んだ。
 「べっつにー」
 臆する様子もなく、少女は彼から目を逸らす。
 のどかな、良い天気だ。
 村でも高い背の木の根元で、何とはなしに腰を下ろす。
 傍らに留めてある、見慣れない車輪のついた細い車。
 時折、前を通り過ぎる村人が珍しそうに眺めて行くが、少女に気付くと、軽く頭を下げ、
 時には作物をお裾分けしてくれることもある。
 「…変なヤツ」
 「アンタに言われたくないわ」
 「何だとっ」
 「先に言ったのはそっちでしょ」
 「じろじろ見てたのはそっちだろ」
 「んじゃ、喧嘩両成敗」
 釈然としないまま、少年は口を噤む。
 どちらも本気ではない。
 他愛も無い言い争いは、さして珍しくもないもの。
 日常茶飯事。
 「犬夜叉」
 「あぁ?」
 呼ばれて振り返る。
 犬夜叉、其れが少年の名。
 ヒトでは無い、彼の業。
 ヒトの面立ちに、ヒトならぬ獣の耳。
 魅入るほどの美しい銀の髪。
 ヒトと、妖かしの、決して紡がれてはならないはずであった縁の未来―すえ―。
 当事者以外の、神と、ヒトと、妖かしが定めた罪の証。
 「おい、かごめ?」
 呼んだは良いが、次の言の葉が紡げない。
 かごめ自身、考えあぐねているようであった。
 「…何でも、無い」
 作り笑いでごまかすと、不意に肩を掴まれた。
 強引に、振り向かされる。
 「何でも無ぇ、ってツラかよ」
 言葉こそ乱暴だが、心配しているのが分かる。
 其れが、嬉しい。
 嬉しい、けれど、苦しい。
 優しくされればされるほど、心が締め付けられていく。
 「かごめ?」
 触れたい。
 傍に居たい。
 幾度も、幾度でも。
 「かごめ、如何し…」
 最後まで、其の台詞が紡がれることはなかった。
 勢い良く、倒れるようにしてかごめは犬夜叉の胸へと傾れ込んだ。
 言葉も無く、ただ、掻き抱く。
 朱染めの衣が、眼前いっぱいに広がる。
 泣いてしまいそうになる自分を懸命に抑えた。
 「かご、め?」
 僅かに驚いたのか、かごめの身を離そうとする。
 少女は首を振り、余計にしがみついた。
 やがて諦めたのか、犬夜叉は優しくかごめの背中を撫でた。
 
 
 
 ―――言いたい。言ってしまいたい
 
 
 
 犬夜叉の胸に顔を埋めたまま、想う。
 
 
 
 ―――だけど、言えない
 
 
 
 此のぬくもりが、消えてしまうのが怖かった。
 何時か、離れ行くものだと織っていた。
 
 
 
 
 
 ―――君は、困ったように悲しそうに微笑うんだよね?
 
 
 
 
 
 己が想いがひとつではないと、彼は自覚しているからこそ、
 決して紡ごうとしない言葉がある。
 決して、紡いではならない言葉がある。
 何よりも大切で、何よりも愛おしい。
 けれど、何よりも狂おしいほどの、恋情。
 「…何時かで、良いわ」
 「うん?」
 だから、願うのは近くて遠い未来。
 「何時か、聞いてね」
 明るく努めた声は、何処か虚ろで。
 気付いたからこそ、間の抜けた返事をした。
 「今じゃ、駄目なのか?」
 かごめは、小さく首を振る。
 「今は未だ、駄目」
 上げられない顔は俯かれて、背中に食い込む指は必死に思えた。
 気の利いた台詞なんて、思いつかない。
 心のままに、抱き締めた。
 儚く思わせるぬくもりが、此処にあるのだと確認するように。
 「何時か、云うわ」
 繰り返し、呟く。
 願いと、祈りと、望みを一緒に。
 
 
 
 
 ―――其の時、君の傍に居られますよう
 
 
 
 
 叶わぬ願いでも、壊される心でも。
 其れでも、君だけを想い続けられるよう。
 
 
 
 
 
 終
 
 
 
 
 
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