言葉にするはずじゃ無かった。
伝えるはずじゃ無かった。
アンタは絶対、困った顔して謝るんだから。





まれたへの.....





ラッシュバレーの技師装具店。
その休憩室。
その、空間。
君が居る、特別な場所。
淹れたお茶はそろそろ温くなってきただろうか。
「ごめん、どうしよう」
「ウィンリィ?何だよ、どうし…」
「ごめん、エド」
気付けば、少年の腕の中。
織らず、抱き付いていた。
彼の肩口に額を押し当て、
必死に笑おうと取り繕うが失敗に終わった。
機械鎧の硬質な感触と、
生身の体のぬくもりのアンバランスさがもどかしい。
エドワードはどうするべきか戸惑い、
ウィンリィを見下ろすだけだった。
「ウィンリィ?」
もう一度、呼ぶ。
紡がれた名前は確かに少女のものだったのに、
酷く、遠く思えて。


「私、エドに惚れてたみたい」


もう一度、ごめんと呟く。
幾度も、謝る。
想いを告げただけなのに、幾度も、幾度も。
それは多分、
それがどんなに残酷なことなのか織っていたから。
少年に心があることが、きっと少年にとっての痛みだから。
自身に打ちつけた楔だから。
涙。
痛み。
感じる、ぬくもり。
ヒトがヒトとしてある限り、当然であること。
それら全てに蓋をして、強くあろうと頑なに前を見据える。
痛々しいほどの強さ。
震える肩が目に入り、エドの手は彷徨う。
抱き締めようとしたのか、少女の背中に手を伸ばした。
昔とは違う、細く、白い頼り無さげなそれは、
いとも容易く壊れてしまいそうで。
けれど、触れない。
触れることなど、出来ない。
寸前で、ぎゅ、と手を握る。
降ろした腕がテーブルの端に当たる。
カップに注がれたお茶が波紋を描いた。
「…ッ?」
「悪ぃ」
エドワードはウィンリィの両肩を掴み、距離を取る。
顔は俯き、前髪が表情を隠す。


「俺、ウィンリィのことそういう風に見らんねぇ」


だからごめん、とエドワードは呟く。
見開かれた目を直視することは叶わない。
涙が零れているのだろうか。
怒っているのだろうか。
どちらでも良い。
殴られても、蹴られてもそれでも。
「ん、分かった」
簡潔にウィンリィは口を開いた。
恐る恐る顔を上げてみれば、笑顔が映る。
肩に流れる薄い金色の髪がさらりと揺れた。
「じゃ、この話はここまで」
「ウィン…」
「だって幼馴染で、整備士と客だし?ぎこちなくなるのってやりにくいでしょ」
「…あぁ」
「今まで通りね。よし、決まり!」
忙しなく店へと戻っていく彼女に伸ばす腕は、無い。
そのような資格あろうはずもない。
何も掴むことの出来なかった掌を見つめ、強く握る。
鋼の義手が、ぎしりと鳴った。
冷たく、空虚に。
誰かに代わって、涙を流すように。


「ごめん」


彼女の出て行った扉の前で、
力の抜けたように地べたに座り込む。


「ごめん」


立てた片膝に額を押し付ける。


「ごめん、ウィンリィ」


頬にかかる髪が鬱陶しい。


「好きだ」


伝えることの出来ない想いが言の葉に宿る。


「好きだ」


赦されるはずなど、無い。


「好き、なんだ」


弟が元の身体に戻るまで。


「だから、ごめん」


例え元に戻ったとしても尚、
その罪咎は心の奥底から蝕み続けるだろう。
昏く、深く、穿たれた洞。
弟が微笑う度、貫かれる。
少女に心が揺れる度、食い込む楔。
赦されるはずなど無いだろう、そう言ってあの声が嗤う。
けれど何処か安心する自分が居る。
戒める声があることで救われている自分が居る。
穢れた手で、愛しきものに触れずに済むと。
これ以上壊さずに済むのだと。


―――『だけど』じゃなくて、『だから』と言うのね。アンタは


扉の向こうで立ち止まっていた少女は嘆息した。
彼が彼の感情を押さえつけるものを織っていた。
だからこそ、伝えてはならないものだと理解していた。
けれど想いは募り、零れる。
自覚したその瞬間に弾けて、溢れた。
織っていた。
その時に浮かべるエドワードの表情など、簡単に想像出来たのだ、彼女には。
「ッでぇ?!」
ごん、と鈍い音が響く。
「あら居たの?ごめんなさい、あーんまり小さくて見えなかったわ」
「んだと、テメェッッ!!」
開いた扉のドアノブを握ったまま、
ウィンリィは小莫迦にしたように鼻を鳴らす。
いつも通りの喧騒。
いつも通りの売り言葉に買い言葉。
一瞬だけ、エドワードは気まずそうに視線を泳がせる。
「ほら、手空いたんだから早々と来る!メンテしにきたんでしょっ」
「…お、おぅ」
すぐに踵を返した少女の背を追う。
直撃した後頭部と背中がじんと痛い。
軽く摩りながらぶつぶつ言ってみる。
本当にいつも通りの彼女に、
言いようの無い感謝と憤りを覚えながら。


「…仕方ないから、待っててあげるわよ」


聞こえるか否かほどの呟きに、エドワードは顔を上げた。
「何か言ったか?」
ウィンリィは肩越しに振り返ると、別に、と返す。
そうしてくすくすと笑い出した。
意図の掴めないエドワードは首を傾げる。
「分かんねぇ女」
「鈍感豆粒チビ男」
「…3倍になって返ってきたぞ、コラ」
「倍返しは鉄則でしょ」
「言ってろ」
そうして、顔を見合わせて笑い出す。
大丈夫。
もう少し。
あと少し。
ほんのちょっとだけ遠いけど、多分大丈夫。


一方的な約束をしよう。
全部終わったら、ちゃんと君の言葉で聞かせて欲しい。
遠くて、近い。
近くて、遠い。




君との、切ない距離。








END






『幼なじみに贈る10のお題』/お題提供サイトさま⇔水影楓花


あとがき。
エドウィン企画サイト様に投稿していたシロモノ。
お題は『切ない距離』。 ホントは漫画にしようとしていたネタだとか言うのは内緒です。
気が向いたら描きます(向くのか?)。



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