『だいすき』という言葉がある。
お菓子が『だいすき』。
動物が『だいすき』。
機械が『だいすき』。
本が『だいすき』。
全部同じ『だいすき』なのに、どこかちょっとずつ違う『だいすき』。
じゃあ、これは?

君が『だいすき』。

同じ『だいすき』なのに、簡単には言えない『だいすき』。
言えないけれど大事なもの。
だから彼は今、困っているのだ。



ぼくらの恋愛考察理論






事の起こりは数日前。
いつも通りと言えばいつも通りの口喧嘩。
言ったわね、言ったがどうしたの悪循環。
じゃあどうして一緒に居てくれるのと問われた瞬間、
凍り付いたように言葉を失くした。
答えきれなかった彼に、半ば賭けのような想いで言わせようとした言葉に、
彼女はひどく気落ちして未だに口をきいてくれないのだ。
「…どーしろって」
言うんだよと呟いた声は掠れて頼りなく音を失っていく。
分かっている。
答えは簡単だった。
簡単だからこそ複雑で、
素直になろうとすればするほど邪魔するように雁字搦めに絡まって行く。
リビングのソファに寝転がり、エドワードは頭を抱えた。
言えば良い。
たったそのひとことを口にするだけで解消される問題だ。
更に問題なのは、その想いが中々音になってくれないということで。
うんうん唸っている間に眠気が勝って夢に落ちた彼の上には、
いつの間にかブランケットが掛けてあった。
微かに香るのは香水ではなく、鉄の匂いに混じったオイルの香り。
ついでに、
「…サンキュ」
ソファの向こう側に座り込むひとつの気配。
起き上がって背もたれから見下ろすと、
作業着のままのウィンリィがこちらを振り返りもせずに膝を抱えていた。
いつから居たのだろう。
時計を見たが、眠りこける前から大して時間は経っていない。
廊下の奥からピナコの声と客であろう声が聞こえる。
「ウィンリィ?」
彼の声に、ますます膝に顔を埋めて蹲る。
はちみつ色の結わえられた髪を指先で引っ張るが、やはり反応は無い。
駄目か、と諦めかけた頃、ようやっとウィンリィは口を開いた。
「こんな所で眠っちゃうから、いつまで経っても豆なのよ」
発された禁句ワードに、エドワードのこめかみがぴくりと動く。
旅を終えて、徐々に訪れていた成長期が一気に伸びを見せた彼の身長は、
とっくにウィンリィを頭ひとつ分超えている。
何を以てソレだと言うのか、エドワードは文句を言おうと口を開きかけた。
「…あんたの中」
「あぁ!?」
「あたしが占める割合ってどれくらいなのかな」
「………は?」
ぽかんと開いた口が随分間抜けだ。
「アルが半分で、更に半分が錬金術で、皆のこととか取ったら、殆ど残らないじゃない」
その珍妙な割合はどこから算出されたんだとエドワードは眩暈を覚えた。
そもそも弟が半分ってオレはブラコンか、
言いたいことは数多くあれど、目先の問題は彼女の彼に対する価値観。
「お前な…ッ」
「『あたしのことどれくらい好き?』」
三文小説でも滅多にお目にかからない台詞をウィンリィは泣き叫ぶようにして零した。
「そんなこと言いたくないの!でも、何も言ってくれないのもヤなの!!」
勢い良く振り返った彼女の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
彼は思わず身を引いた。
ウィンリィの涙には昔から勝てた試しがない。
「たまには、聞きたいんだもん…っ」
我儘だった。
物を強請られた我儘は星の数ほどあっても、
想いを強要するような我儘は言わなかったウィンリィの。
言葉にしなければ分からないと、
いつか彼女が言っていたのを身を以て思い知ったにも関わらず、
エドワードは何度も何度も失敗する。
己が身の迂闊さをひけらかす。
「…泣くな」
彼女の腕を引き、座ったままで抱き締める。
膝立ちのようにして抱きしめられたウィンリィは涙を彼の肩口に押し付けた。
「どう、して?」
「お前が泣くのが厭だから」
「どうして、厭なの?」
「微笑ってて欲しいから」
「どうして、微笑ってて欲しいの?」
「お前が」
嗚咽混じりにウィンリィは訊ねる。
ひとつ、ひとつ、確かめるように。
エドワードはただのひとつも誤魔化そうとはしなかった。



「お前が、だいすきだからだよ」



ようやっと言えた台詞に、どこか安堵する。
言葉にしきれなかった想いがカタチを見つけてすとんと落ち着いた。
「うん…あたしもごめんね、エド」
ウィンリィはぎゅうっと彼の背中に腕を回す。
だいすきだよ、とともすればかき消されるような声で囁いた彼女が愛おしくて、
抱き締める腕に力を込めた。
恋愛理論は複雑怪奇で、面倒ばかりでどうしようもないけれど、
それでも止めようとしないのは結局愛おしいヒトが傍に居て、
抱き締める強さと想いが比例したり、
言葉の数とこころが反比例になったりしたとしても、
倖せだと感じる自分が居るからなのだろう。
腕の中のぬくもりを護りたいと願うが故に、
悩みながらも歩いていくのは決して悪い心地がしないのだ。






END



あとがき。
エドが言うワケ無いじゃん、大好きとか言うワケ無いじゃん!
とか思いながら書いて、アップした後吹いた。




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