それは、ヒトから見たら愚かしいことかもしれないけれど。

彼はゆっくりと明かりを灯した。



Bright





草木が揺れ、音を奏でる。
色とりどりの花弁が空に舞い上がった。
桃源郷とも思えるような花畑が、目の前に広がっている。
高めのトーンの声が、嬉しそうに響いた。
「わ、わ!綺麗だな、ファラ」
「ホントだね」
はしゃぎながら、淡いパープルの髪がふわりと靡く。
掴まえたいのか、空に向かって手を伸ばした。
幼い顔立ちをした少女は、ファラと呼んだ少女を振り返る。
「メルディ、髪に花弁付いてる」
くすくすと笑い、ファラはメルディの髪から花弁を取り去る。
メルディの額にある蒼い石がキラキラと光った。
「何?」
不思議そうに首を傾げると、メルディはくすぐったそうに微笑む。
「ファラのそういうとこ、ステキねっ」
「私も、メルディのそういうとこ、ステキだと思うよ?」
癖のある深緑の髪を指に絡めながら、同じように微笑む。
顔を合わせて、2人は笑った。
そんな少女達を遠目に見ながら、木陰に座っているのは2人の少年。
紅い髪をした少年は木に背を預けて、半分眠りかけている。
大きな欠伸をひとつした後に、脇に居る深い青色の髪をした少年に視線を投げた。
「何で、女ってのはあんな腹の膨れねぇモンではしゃげるんだろうな」
彼は、視界を塞いでいるのではないかと思われる程の伸ばされた髪を払いのけながら、
手元の書物を閉じる。
「リッドの価値観はともかく、それには同感だ」
「何だよ、俺の価値観って」
その台詞を敢えて無視すると、彼は背伸びをして後ろに倒れこんだ。
珍しいこともあるものだ、とリッドは彼を覗き込む。
「自慢のミンツ大学の制服が汚れるぜ?キール」
意地の悪そうに笑う彼に、キールは口の端だけを持ち上げて笑った。
「今更、何を」
ぽす、と柔らかいものが腹の上に乗った。
軽く首を擡げれば、蒼い毛玉がもそもそと動く。
「クィッキー」
嬉しそうに鳴くその動物は、そこから動こうとはしない。
「最近、クィッキーに気に入られてるな、お前」
彼はグローブを着けた手で、クィッキーと呼ばれた動物を撫でる。
抵抗する気も無いのか、キールは寝転んだままで、どうだか、と曖昧に口を開いた。
風が通り過ぎ、一瞬だけ目を閉じる。
「なーんか、グランドフォールなんて嘘みてぇだな」
ぽつりと呟かれた台詞から感じられたのは、そうあって欲しいという、淡い希望。
けれど、それが虚偽ではないことを、彼らは誰よりも織っている。
「それで、ずっとこのままで、か?」
顔を傾けると、彼の横顔が目に入る。
視線は少女達へと注がれていた。
時折、楽しげな笑い声が耳に届いてくる。
「昔の俺なら、そうだったかもな」
苦笑するリッドに、キールは徐に口を開いた。
「リッド」
呼ばれ、振り返る。
言おうか、言うまいか、逡巡している瞳とかち合う。
何だよ、と彼は尋ねた。
それでも、キールは視線を僅かばかり落としただけだった。
溜息を吐くと、なのに、と掠れるような声が聞えた。



「そうやって、何もせずに見ているのか?」



その台詞が何を意図するものか、リッドには理解出来たようであった。
一瞬は惚けようとも思ったのだろう。
笑いかけた口元を、所在無さげに閉じる。
「ファラの病的なまでのお節介の違和感は、お前だって分かってるだろう?」
その理由は分からないけれど。
キールは言外に、その意を示す。
けれど、彼は何も言わずに視線を逸らした。
黙っているリッドに苛立ったのか、語気を荒げる。
「僕だって気付く位に大切そうにしているくせに、何で肝心な時には見ているだけなんだよっ!」
勢い良く上半身を起こした所為で、腹に乗っていたクィッキーが転がる。
首を振った後、リッドの方へと掛けて行った。
傍に寄って来たクィッキーを2、3度撫で付け、ようやっと口を開いた。
「例え、手を伸ばしたとしても、ファラはそんなこと望まないと思うからな」
木々の葉の合間から零れる陽の光が、彼らの上に降ってくる。
静かに、風だけが駆けて行く。
「分からないだろ、そんなの」
眉を顰め、彼の視線の先を同じように眺めた。
花を使って、ファラがメルディに熱心に教えながら、何かを編み上げている。
「あぁ、分かんねぇ。自分勝手な押し付けだよ」
彼が可笑しそうに笑う理由に、見当がつかない。
益々、キールは眉間に皺を寄せた。
声音には理解不能の色がありありと滲んでいる。
「織っていながら、何故?それこそ、僕には理解出来ない」
立てた膝に肘を突き、リッドは目を閉じる。




「それでも、待つことも必要だと、思えるから」




手を差し伸べるだけが、救いではない。
けれど、何も織らずにいる振りをするのが、利口だとは思わない。
きっと彼女は、自分の罪悪に正面から向かい合い過ぎているからこそ、
目の前のものが良く見えていない。
その向こうにあるものが、見えない。
近過ぎると見失う、そのようなもの。
「…辛抱強いな」
「そうかぁ?」
呆れともつかない溜息に似た台詞に、はは、と笑う。
今度こそ、深々と溜息を吐くと、
キールはリッドの肩口を拳で軽く叩いた。



「聞かなかったことにしといてやるよ」



彼女の前では、決して言わないであろう想い。
そうしてまた、絶対に気取られようとはしないであろう想い。
男同士であるからこそ、言えたのかもしれない。



「そりゃ、どーも」



此方側に向かって手を振る少女達に、少年達もまた軽く手を上げる。
2人は走り寄って来たかと思うと、
ファラはリッドに、メルディはキールに、
それぞれの頭上に後ろ手に隠していたものを乗せた。
何だろうとキールとリッドは顔を見合わせるれば、
お互いに指を差して噴出した。
「あ、ひっどぉい!折角、作ったのに!!」
「はいな、華冠で2人とも王子様よー!」
頬を膨らませたファラに、両手を挙げて笑うメルディ。
目尻を拭いながら、リッドは腹を抱えて笑い転げる。
「リッド、笑い過ぎ」
もぅ、とリッドの前に座り込む少女の前で、必死に笑いを抑え込んだ。
キールはキールで、華冠を頭上から下ろしてしげしげと眺めている。
「ファラに教えて貰ったのか」
「そだよぅ、上手に出来たな」
キールの隣に腰を下ろし、えへへ、と微笑む。
彼の顔を覗き込むと、さっと頬が朱に染まり、視線が逸らされた。
「ま、ぁ、初めてにしては上出来だ」
上擦った声に、きょとんと首を傾げたが、
すぐに勢い良く彼に抱きついた。
「ワイール!キールに褒められたよっ」
「は、離れろっ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶキールは、端から見ていると何とも面白い。
こういう所は、歳相応の少年に見える。
「さて、っと」
弾みをつけて、リッドは立ち上がる。
ファラの目の前に手を差し出すと、に、と笑った。



「行くとしますか、お姫様?」



微笑んだ彼女は頷いて、その手を取った。





星も無く、月も無い暗い夜闇で道に迷ったのなら、
導の明かりを灯し続けよう。
誰かに頼まれた訳でも無くて、
ただ、自分がそう望むから。



君が辿り着けるまで、いつまでも。




END

あとがき

リファラ・キルメル風味で、
男同士の語らいって感じをば。

ぶらうざのもどるでおもどりくだされ