ねぇ、金蝉。 |
――― Cannot Help Calling ――― |
ざわつく人ごみの中、悟空は目前にいる人物を見失わないように追いかける。 小さな歩幅では、長身の彼には中々追いつかない。 その金色を頼りに、ぱたぱたとせわしない足音がざわめきの中に響く。 「待ってよ、金蝉!!」 呼び声を聞き、金蝉は振り返った。 「遅い」 「金蝉が速過ぎるんだよっ!」 「文句言ってんじゃねぇよ。お前が行きたいと騒いだんだろうが」 事の起こりは一時間近く前。 城下では、人間の世界で言う市のようなものが行われていた。 祭のように盛大ではないが、近い盛り上がりはある。 天界には金銭という概念がない為、それは殆ど物々交換だ。 下界から持ち帰った草花、果物、衣類、書物など。 それは様々だ。 趣味で持ち帰り部屋が素晴らしいことになっているのは、 天界でも天蓬くらいであろう。 ただ、生物を持ち帰ることは、禁忌とされていた。 悟空はその例外と言える。 「それに、交換するようなモンは持ってきていない。残念だったな」 フン、と意地悪く笑う金蝉に悟空は頬を膨らませる。 「…………金蝉って意地悪ぃ」 ぽそりと呟く声が聞こえたのか、金蝉はこめかみに血管を浮かべる。 「だってそうじゃん!俺、そんなの初めて聞いたもん!!」 「聞かなかったじゃねぇか」 「言わなかったじゃないかっ!!」 むぅとにらみ合っていると、悟空はぷいっと明後日の方向を向いてしまった。 「もういいッッ!」 そのまま、違う場所へと走り去ろうとする悟空。 「…ッ!オイ、猿!!」 瞬間、掴まれた片腕。 何が起こったか分からず、きょとんとして、その腕を見上げた。 しゃら、と腕につけられた枷が音を立てる。 「離れるなって言ってんだろうが!」 叱られていると分かって、悟空は頭を垂れた。 「…ゴメン」 ため息をついて、金蝉は悟空の手を取り直す。 小さな手を包み込む大きな手。 「金蝉?」 「こうでもしないと、お前は迷子になりかねん」 はたから見れば、仲の良い親子だ。 我知らずのうちに、悟空はその手を強く握った。 「……?」 金蝉は訝しげに悟空を見下ろす。 人ごみのざわめきが、ただのノイズに聞こえてくる。 笑い声も、呼び止める声も、誰かを呼ぶ声も。 何もかもが。 ―――もし、今この手を離したら 「悟空?」 彼は俯き、自分の影を凝視した。 金蝉の影と繋がった自分の影。 もしこれが、幻だったら? 忽然と、その姿が消えてしまったら? ―――ねぇ、金蝉 何の根拠もない、押し寄せてくる不安。 倖せだと感じられるからこその、壊れてしまったときへの怯え。 失ってしまったときへの恐怖。 ―――俺がいなくなったら、探してくれる…? 何かを言おうとして開かれた口元は、音を成す前に閉じられる。 「悟空?」 もう一度、幼子の名を呼ぶ。 直後に聞こえる高いキーの声。 「…ねぇ、金蝉…」 握り締めていた手が、不意に力を失う。 「俺がいなくなったら、探してくれる?」 真っ直ぐに見上げる黄金の瞳は、穢れを知らない。 誰かを失うなどとは考えない。 自分がいなくなることばかり考える。 天界においては、悟空は異端の生物。 天蓬や捲簾は、金蝉と同じ天上人。 ナタクも、観世音菩薩も。 自分ただ一人が、チガウ生き物。 真っ白な紙の上に、一滴の墨を落としたような存在。 「名前を呼んでくれる?」 消えてしまうのが怖い? ううん、違う。そうじゃないんだ。 いなくなったって構わない。 構わないから、少しだけでもいい。 俺が居たこと忘れないでいて。 ほんの少しでいいから、悲しんで。 そうしたら俺、愛されていたんだって思えるから。 「やなこった」 金蝉はフン、と悟空から目を離す。 途端に泣き出しそうになる悟空。 大きな瞳を潤ませて、懸命に涙が出るのを堪えた。 「お前が呼ぶんだよ」 思わず上げられた顔。 何て顔してやがる、と悪態をつく。 「俺はお前を怒鳴っているせいで喉が痛ぇんだ」 悟空の額をペシ、と弾いた。 後ろのめりになりかけて、悟空は重心を前へと移動させる。 「こんぜ…?」 「そんな時くらい、自分で声出しやがれ」 出さなくてもいい時に、大声出すんだからな、お前は。 そう付け加えて、金蝉は悟空を見る。 「そうすれば、気が向いたときに探してやる」 誰かを守る為の腕がある。 誰かを追いかける為の足がある。 誰かを見る為の瞳がある。 誰かの声を聞く為の耳がある。 誰かを呼ぶための、声がある。 悟空は眼に溜まっていた涙を拭う。 「じゃあ、俺は金蝉探す為に金蝉を呼ぶ」 「はぁ?」 「探してもらうの待ってるよりも、自分でも探した方が早いじゃん」 「すれ違うぞ」 「そんなことない」 きっぱりと悟空は言い切った。 「俺が金蝉を見失ったりしないもん」 絶対に。 金蝉は一瞬だけ目を見開いた。 悟空はそれに気付かない。 「…お前がはぐれたときの話だ。それ以外は知らんからな」 呟くように、金蝉は口を開いた。 突然、離れたところで歓声が上がる。 悟空はそちらに目を奪われた。 「あっちの方、何やってんのかな?行こ!」 金蝉の腕を引っ張り、そちらへと向かわせる。 「早く行こ!」 振り返って、彼の名を呼ぶ。 「金蝉!!」 倖せだと思えたから笑えた。 倖せだと思えたから信じられた。 倖せじゃないって思えたから、俺はあの時、泣いたんだ。 『 』 ねぇ、俺の声が聞こえる? END |
あとがき |
こんなんでどうかしら。 みかん汁さんよぅ。 曲名忘れたが(死)、鬼束ちひろ様の曲。どれか当ててくだされ。 久しぶりに書いた、天界バージョン。 外伝休載になっちゃいましたけどね(泣)。 明るい話は何処――――ッ?! ちなみに。タイトルは『呼ばずにはいられない』ですかね。 |