chain






街角のお洒落なオープンカフェには若い女性やカップルがちらほら窺える。
多少居心地の悪さを憶えながら、エドワードはリザに促されるままに席に着いた。
「エドワード君、珈琲だけ?お腹空いてない?」
メニューを差し出されたが、エドワードは首を振って珈琲だけで、と繰り返した。
「ごめんなさいね。慣れないでしょ、こういう所」
苦笑してリザが視線の泳ぐ向かい側のエドワードを見やったが、
返答に詰まった挙句、否定することも出来ずに小さく頷いた。
「リザさん、こういうとこよく来んの?」
「たまにね、友達と」
ふぅん、と運ばれてきた珈琲に口を付けて曖昧に相槌を打つ。
「ウィンリィちゃんとデートしたりしないの?」
エドワードは噴出しかけた珈琲を妙な具合で何とか飲み下すと、
前屈みで咽ながらリザを仰ぎ見た。
そんな彼の様子に、リザは思わず笑みを零す。
「な…ッ、そんっ、え…?!」
真っ赤な顔で絶句してしまったエドワードはそれだけで肯定しているに違いない。
まぁ、実際は東部だのの町まで機械鎧の部品買出しついでにどっかに寄ったり、
付き合わされたりなのだが端から見ればデートに見えなくも無い、らしい。
「リ、リザさんは!」
「私?そうね、あのヒトの仕事の進み具合によるわね」
(また仕事溜め込んでるんだ…)
台詞の最後の方に力を込めて、表情を険しくする彼女を見ていると、
昔とちっとも変わらない気がしてならない。
いっそ不憫だ。
「そっかぁ、ウィンリィちゃんもエルリック姓になるのね」
ぽつり、と感慨深くしみじみとリザは呟く。
エドワードは珈琲をソーサに戻し、えっと、と言葉を濁した。
「エドワード君?」
「…相談して、ないけど…俺が、ロックベル姓でも構わない、って思ってるんだ」
思ってもみなかった台詞に、リザは目を丸くする。
微かに頬を染めたまま、エドワードは視線を手元に落として続けた。
「エルリックは、まだどうなるか分かんないけど、アルが居る。けどロックベルを継ぐのはウィンリィだけだ」
ピナコを最後とするのならば、そこまででリゼンブールのロックベルの名前は無くなってしまう。
彼女の両親の名が消えてしまうのは、何となく、
はっきりと説明は出来ないけれど駄目だと思った。
彼らの作り上げた軌跡が無くなるはずも無いのだけれど、厭だったのだ。
目に見える形が無いと、怖かったのかもしれない。
「別姓でもって考えたけど、子どもの頃、どんな理由があったとしても、両親が違う姓って俺はやっぱり寂しかった。それに」
「それに?」
「…ウィンリィは、ロックベルの方が似合ってると思うから」
言ってしまってその意味を今理解したかのように、エドワードは益々顔を紅くした。
建前は恐らく別の所にあって、本音を無意識に口にしてしまったのだろう。
初々しい、とも思い、変わらない彼にそのままであって欲しいとも思った。
しどろもどろに言い訳しようとしたが、上手く繋がらずに沈没する。
「そうね」
くすくすとリザが微笑うと、エドワードはすっかりと伸びた背を縮こませてしまう。
「私に口を出す権利は無いけれど、それも、貴方達らしくて良いかもしれない」
彼らの微笑ましさに彼女は羨ましくなる。
尤も、それを億尾にも出さないのが彼女ではあるのだが、
それでも人並みの倖せを羨む気持ちくらいはあるのだ。
どんなに、それを背徳的だと思っていたとしても。
「…うん」
エドワードは彼女達の決心を織っているからこそ、何も言えない。
何も、言わない。
からかう程度の冗談なら兎も角、深く立ち入ったことは決して訊こうとしない。
生真面目に返って来る答えは建前ばかりで、上手く誤魔化されることを織っているからこそ。
未来に望むのはきっと、己が倖せだけでは無かった。
大切なヒト皆に笑っていて欲しいと願った幼い日に偽りは無かったのだ。


ただ、倖せに
―――と願ったあの日に。






END



あとがき。
可能性としては低いけれど、私が姓をはっきり書かない理由(笑)。




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