Change





変わりたい。
けれど、変わることを恐れている自分がいる。
変化などない、あの世界に長く居過ぎたのだろうか。
徐々に、この身は成長しているというのに。




それは、ある日の出来事。
「あれ?」
悟空は喉を抑えて、声を出した。
そのあともしきりに、あーとかうーとか声を出している。
いい加減、鬱陶しくなったのか、三蔵が顔を上げた。
ここは寺院内の三蔵の仕事部屋。
机の上には書類が山になっている。
「何をしている?」
「三蔵、俺の声変じゃねぇ?」
言われて考える。
そういえば、と感じる程度だが、微かに分かる。
「風邪でもひいたかな?」
鏡を覗き込んで、喉の奥を見やる。
「お前、それ…」


コンコン。


不意に聞える、ノックの音。
「誰だ」
「ご挨拶ですねえ」
「よっ」
もう見覚えた顔が2つ、部屋へと入ってくる。
「入ってもいいとは…」

「入っちゃいけないとも言われてませんよ?」

にっこりと笑い、八戒は三蔵を制した。
彼ならではのやり方である。
「で、どうしたのよ。お猿ちゃんは」
鏡に食い入っている悟空を見て、悟浄は後ろに回りこむ。
「ナルシストにでもなったのか?」
「ナル…?何かよく分からないけど、違ぇよッッ!」
とりあえず、莫迦にされたのは分かったようだ。







「あれ?」
「おや」






2人は、一瞬で悟空の異常に気付く。
異常ではなく、正常なのだが。
「悟空、その声…」
「ヘンだろ。風邪かな?」
悟浄は途端に笑い出す。
「な…何だよ?!」
しかし、八戒も微笑っているため、どうしたら良いのか分からない。
「違いますよ、悟空。風邪じゃありません」
未だ笑い続ける2人を、きょとんと眺める。




「それ、『声変わり』って言うんだよ」





「何ソレ?」
「『変声期』と言いまして、大人になる一段階なんですよ」
黙っていた三蔵も、嘆息して頷く。
「そういうことだ。声が低くなるんだよ。お前はもう少し下がるかもしれんな」



「ヤダ…」



ぽつりと呟く悟空を、八戒は不思議そうに覗き込む。
悟浄も笑いを止める。
「何かヤダ!俺が俺じゃなくなったみたいで、厭だよっ!!」
「何言って…」
悟浄が冗談交じりに悟空の頭を押さえつける。
その腕を跳ねつけて、悟空は叫んだ。



「俺、もうしゃべんないッッ!!」



何だろうか、この違和感は。
3人はそれぞれに思う。
背の低いのを気にして、いつもいつも、
大きくなってやると豪語している悟空を織っている。
早く大人になりたいと言う彼を。
けれど、背伸びもせずに今あるがままを受け入れている。
その彼が、何故こうも成長を拒否しているのか。


「悟空」
八戒が心配げに彼の肩に手を置く。
「貴方の声が聞えないと、僕達は淋しいです」
少し哀しそうな彼を見て、悟空は視線を逸らす。
優しい幼子のことだ。
ヒトを傷つけることなど、得意ではない。

「何も、イキナリ大人になるわけじゃないんですよ」

諭すように、ゆっくりと言葉を選んで話し掛けた。
こういうときは、悟浄も三蔵も口を出さない。
自他ともに認める保父さんに任せる。
「皆、少しずつ大人になっていくんです」
三蔵も。
悟浄も。
八戒も。
例外なんてない。


例外があるとすれば、悟空本人だけだ。
生まれたときより、ある程度成長した姿を持っていた。
実際、悟空がそれを覚えているかは分からない。
封じられた記憶が、どこまで悟空に残っているのか。
否。
残っているから、その変化を恐れているのか。
悟空ではなく、悟空を生み出した母なる大地が。


「それとも、変化の無い世界を貴方は望んでいるんですか?」


ビクリ、と肩が震える。
少し間があって、ふるふると首を振る。
今にも泣き出しそうな面。




「怖い…」




ポツリ、と涙が零れた。
「怖いんだ…」
涙と同調するかの如く、言葉も断片的に零れ落ちる。
「成長して、大人になって…でも…、時間だけ過ぎて…」
すこし曇った声で、悟空は呟いた。



「俺はちっとも変われない…」



未だに記憶さえ取り戻せずに、体だけ成長していく。
欠けた部分を補うものも無いと言うのに。
こんな状態のまま、大人になることなんて出来ない。



封印された記憶が、それを許さない。




「きっと、変われないよ」





「それは、テメェの言い訳だろ」
仕事の手を休めることなく、三蔵は言い放つ。
「変わろうとしないから、変われないだけだ」
「だって…!」
ダン、と机を叩き、悟空の台詞を切る。


「最初からやろうともしない奴が、偉そうに言い訳か?」


悟空は二の句を飲み込んだ。



「変わりたいのか?変わりたくないのか?お前が決めることだろう」



分かっていたことを、次々と言い当てられ、悟空は何も言い返せない。
抑えていた涙も、ぽろぽろと零れてきた。
「う〜…っ」
「あぁ、もう。泣かせてどうするんですか、三蔵」
苦笑して、悟空の涙をハンカチで拭う。


「強く…なりたい…」


嗚咽交じりの台詞は、幼い子どもを髣髴させる。



そうだ。

本当は。


「三蔵達よりも、ずっとずっと強くなりたい」



本当はずっと、変わりたいと思っていたんだ。





「俺、もっと大人になりたいよ…っ」




体だけじゃない。
心が大人になりたい。
強くなりたい。



そう願っても許されるだろうか。
変わることを許してくれるだろうか。





『      』は。





悟空の頭がぽんぽんと叩かれる。
見上げれば悟浄の顔。


「よく出来ました♪」


にぃ、と笑う彼に、悟空は笑い返した。








「変わらない、とは残酷なものだな」
観世音菩薩はひとりごちる。
ナタクの掛ける玉座に寄りかかって、水面を眺める。
「悟空は変わり始めたぞ」
淋しげな笑みを浮かべ、目を閉じた。





「お前はどうだ、ナタク?」





未だ目覚めぬ魂へと呼びかけて、無力な神は人知れずため息を漏らした。











END
あとがき。
悟空殿の変声期っていつなんだろうかと考えて。
いまでも十分高そうですが。
濁声は厭だけどさッ!!!
変化を恐れているところを描きたかっただけ☆
ナタクは変わらないまま。
悟空の中でも金蝉たちは変わらないまま。
自分だけが変わっていくのが怖いと、記憶が無いながらも感じていたり
しないかなーとか。
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