| ちゃんとしてるよ。 From.氷紅梦無さま |
今は夕方――――と言うには少し遅いような時間。 昼の間の僅かな温かさはすっかり消え失せ、暖炉にはさっき目覚めた時に薪を放り込んで火を点けておいた。その甲斐あってか今の室内は温かい。 ドンドンドンドンドンッ そこに響く何か(具体的に言うと古びた木の扉)を連続で蹴飛ばすような音と、 「おーい、シリウスー。ちょっと開けてくれないかなー?…ってか起きてるー?」 声。 「………………一応な。今さっきまで寝ていたんだが」 恐らく扉の向こうの人物には聞こえないのであろうが、自分の目が覚めていると確認するためにもそんな事を口走る。 ついさっきまで惰眠をむさぼっていたシリウスとしては、思いっきり寝てると答えたかった。 が、さすがに家事(しかも主に生きるのに必要な部類)の大半を担う重要人物の頼みとあっては断れない。 「…杖も握れないほど物持ってるのかあいつは…?」 …と言うか、放って置いたらそのまま蹴破りそうな勢いでドアをドカドカと蹴るような友人だ。たとえこのまま寝ていようと思ってもそれは叶わないだろう。 ガチャ 「ドアが開けられなくなるほど何買ってきた?リーマス」 「あ、やっと開いた。おはようシリウス、目覚めはどう?」 「ドアを蹴破りそうな騒音ではあまり目覚めが良くないと解った」 「それは新発見だね。うん、元気そうで何より」 「………………………………………………………………。そっち貸せ」 どこをどう取れば元気そうに見えるのかいっぺん本気で問いただしてみたくなるシリウスだったが、いつまでも玄関先で立ち話もどうかと思ったので、やや大き目の買い物袋の一つを取ることで話を切り上げる。 「え?あ、そっちは――――」 ルーピンが少し慌てたような声を出すのも束の間、問答無用で抱えた意外に軽い紙袋は、 がさがさっ 変な音を立てて動いた。 「あ?」 「わわわっ、いいから早く中に入ろう。それは入ってから開けてお願いだからっ」 先程よりも慌てた声を出して背中を押す親友に怪訝そうな顔をするが、再び動いた紙袋の音で中身が何となく予想できたシリウスだった。 ルーピンがドアを閉めて鍵をかけてコートや帽子をハンガーに掛け、その他の袋をキッチンに運ぶのを見る前に、シリウスは暖炉の前に柵を置く。窓が閉まっているのを確認し、他の部屋へと続くドアを閉める。 中央のテーブルの上に置いた紙袋は、暖かい空気に触発されるようにいっそう音高く跳ね、シリウスの予想が間違っていないことを何よりも雄弁に物語っていた。 「…おいリーマス、ドアと窓は閉めといたぞ。暖炉も一応柵を張っといた」 「ありがとー。…中身の予想はついてるんだろうね。何だと思う?」 「ふむ…動物だという所までしか解らないな。犬か猫か他の何かか…ふくろうやネズミやヒキガエルという事は無さそうだが」 これだけ無作為にがさがさ動いててただの玩具という事も無いだろうし、ふくろうなら籠に入っているのが常であり、ネズミを入れるには袋が大きすぎる。ヒキガエルを紙袋に入れるのは相当の勇気が要るだろう。 …まぁ、犬や猫もあまり紙袋には入れないが。 「ご名答〜」 紙袋を床に降ろし、杖で軽く叩く。確かに生き物を紙袋に入れるには魔法でもないと厳しい物がある。 それはともかく、中に入っていたのはかなり元気のいい奴だったらしい。さっきまでと同じ調子で飛び跳ねようとしたのか、封が解かれると同時に紙袋を蹴倒すように飛び出し、そのままテーブルの上を転がって床に転落。 「……っと」 その途中で片手に納まるそいつをシリウスが空中でキャッチ。その元気のいいのは… 「にぁーっ」 「…仔猫?」 ぱたぱたと四肢を動かしているハムに手足のようなそいつは動くぬいぐるみのようで、でっかい頭と丸っこい胴体と短い手足がその印象をいっそう強める。 …暖かい。 「そ。今日偶然アークに会ってねー。覚えてる?アーク」 「アーク?………あぁ“情報屋”か。同じグリフィンドールだった」 「そーそー。速くて正確な噂知りたければあの子のとこに行ったよねー。アージェクト・クロス」 「隠し通路とか俺達と一緒によく探してたな…で?アークとこいつと何の関係がある?」 どうも元気が有り余っているようなので猫を床に降ろしてみるが、離れていかずにやたらとシリウスのローブの裾にじゃれ付いてくる。何が気に入ったのか知らないが、どうも一発で懐かれたらしい。 とりあえず適当に仔猫をあしらってやりながらそれを運んできた友人に言葉を飛ばした。 これは昔から変わらないが、リーマスの笑顔には何かが含まれていそうでたまに怖い。一応言葉は選ぶよう心掛けているものの、妙に鋭い友人は隙があるとあっさり遊んでくる。そして、今は正にそんな“探している”雰囲気なのだ。 そんな空気をシリウスが感じて戦々恐々としているのは意識的に無視しているのか、リーマスは上着を脱ぐとソファーに腰掛けた。 目でシリウスも座るように促すと、にっこりと笑顔で口を開いた。 「いやー、やっぱアークは変わってなくてさ。さすがに本業じゃないものの今でも情報屋まがいの事してた。 …で、ちょっと言われたんだよ。『仔猫いらない?』って」 そういいながらまだシリウスのローブにじゃれる仔猫を指差す。出てきた言葉が当たり障りのない普通の答えだった事にシリウスは安堵。軽く嘆息しながら、 「で、あっさり『いる』って答えて貰ってきたのか?」 「…結論から言うとそーなるね。まぁその子はアークの飼ってる猫の仔じゃなくておむかいさん家のだって言ってたけど。貰い手探してくれって頼まれてたみたいだよ」 「ふーん…」 気の無い返事をして足元の猫をすくい上げ、顔をじっくりと眺めてみる。 正直この猫がアークの家から来たんだろうとその向かいの家から来たんだろうとあまり気にしないシリウスだ。リーマスも言われたことを伝えているだけで、別にシリウスがそういった事をとくに気にしないだろうと読んでいた。 にーにーとやたら嬉しそうに鳴いて四肢をばたつかせる仔猫だが、そのしぐさは動物の赤ん坊特有の愛嬌があった。 四肢と尻尾の先と鼻のまわりだけ白っぽいが、他は大体黒い。両耳の先と腹部は色が少し薄いのみで白いわけではないのが少し気に入った。 「何でも貰い手が見つかんなくて困ってたんだって。その子が最後の一匹だって言ってたよ」 「この見た目で残ったのか?貰い手たちは随分と厳しかったんだな。兄弟が綺麗過ぎたのか?」 抱き上げているとよく解るが、子猫らしい温かさと柔らかさがあり、少しころころしている所が微笑ましい。 丸い目は鮮やかに青く、冬毛のもっさりとした毛皮が手に心地よかった。 「いや、他のは全部オスだったからだと思うよ。メスは妊娠したりして面倒だとかいう意見の人達だったみたいでね」 「そういうものか…」 「シリウスそーゆーの気にしないよね?」 「あぁ。お前は…するはずないな」 していたら今シリウスの膝の上で耳の後ろを掻いているような呑気な仔猫はここには居まい。 「…しかし、なんでまた急に猫なんか貰ってくる気になったんだ?」 「だって犬だったら毎日散歩に出なきゃいけないでしょ?」 「いや、そういう意味じゃなくて…」 今までも何度かそういう事は言われていた。だがその都度リーマスは断って来ていたのだ。 その心境に変化は一体…? 「だって、僕が日中外に出てる間シリウス寂しいじゃない。せっかくあげたふくろうも即座にロンにあげちゃったし。 シリウスはよく退屈で死ぬー、とか言ってた…もとい今も言ってるけど、本当は寧ろ寂しさで死んじゃうウサギさんタイプと見たね」 「――――な」 言葉の中身を租借し、理解し、吟味し…数瞬かけて納得したシリウスは赤面すると同時にどきりとした。 さらりと言われたことは『寂しがり屋だから』。 確かにこの所、仕事が見つかったルーピンは日中よく家を開けるようになったし、独りだとかそういう嫌な感じを味わいたくないが為に昼間はよく寝ているのだが…その事がバレていたのかと一瞬焦ったのだ。 「あ、そーそー。お礼だって一緒にいい葉っぱ貰ったんだ。入れてくるからちょっとその子の面倒見てて、シリウス」 が、そんな焦りは見てませんとばかりに席を立ち、台所へ行ってお湯を沸かす親友。 …だったが、しかし口撃の手を止めることなく更に言い募る。 「で、性格のタイプだけど…図星? 君、隠れてる間とかもこっそり森とか多かったでしょ。それもあんまり人の手とか入ってない所。そーゆー所なら動物多いから寂しくないもんねー」 「いやそれはそういう所ならあんなでかい犬が居ても良いんじゃないかと思っただけ…おいこら暴れるなっ。危ないだろっ」 あやすような口調のリーマスに言い訳や否定をしているのかいないのか良く解らない言葉を漏らすシリウス。 (あー、本当に森とか多かったんだ。ちょっと冗談だったんだけど。 …っていうか…そんな風に仔猫を思いっきり大事に扱ってる時点で説得力ってものがねー…。しかも結構手慣れてるし。その上懐かれてるし) 後ろを振り返ってこっそりとそんな感想を呟き、くすくすと笑い出すルーピンだが、ぎろりと睨む親友と目が合って必死で笑いを堪える。 「い、いいじゃん。なんかその子もシリウスに懐いてるし……くくっ」 堪えきれなかった。 「笑うなそこでっ!」 仔猫をテーブルに降ろし、紙袋に入っていた毛糸の塊がついた棒を目の前で振って遊んでやりつつ言っても抑止力などは星の彼方だ。 程なくしてお湯が沸き、いい感じに入ったお茶を二組テーブルに運ぶ。 先程からの微笑ましさの欠片が消えてくれないでどうしても笑いたくなってしまうのをかみ殺しつつ、リーマスは帰る道すがらで考えていた事を言っておいた。 「と、とりあえずさ、その子の名前決めよう?命名はシリウスで」 「え、俺なのか?」 てっきり二人で案を出し合って良い物を決めるのだと思っていたシリウス。 「だって主に面倒見るのシリウスだよ?」 「………………………」 だが当然のように言い放つルーピンに、もう文句を言う気も失せたシリウスは絶対的に不利だった。 「ほら、なんか良いのないの?」 そして拒否権は無いらしかった! 「…猫の名前…」 「それも女の子だよ」 ニヤニヤと笑いながらお茶の香りを楽しみつつ、さらりと限定条件を付け加える。 ついでに要らないプレッシャーというおまけ付きで。 「う…」 本気で調べていたり今まで決めたことがなければ、男が女の子の名前を決めたことなどある訳でもなければそんな機会に恵まれている訳でもない。 第一命名などと言う重要そうなことをとっさに決められるほど度胸があるわけでもなく。 命名権を急に渡されてそこで黙ってしまうシリウスもある意味仕方が無いとも言えよう。 確かに命名した経験はないものの、成績優等生だった学生時代には、悪戯の常習犯である事を知りつつも追いかける女子にずいぶん囲まれていた。そして同じような境遇のジェームズと一緒に逃げ回っていた(ジェームズがシリウスを盾として逃げる事が多かったが)のだから、女性の名前に心当たりがないという事もないだろう。そしてなんだかんだ言って一旦引き受けてしまった仕事をほっぽり出せる性格でないのは今も昔も変わりなく。…結局、迷うだろうけどいつかは何か出すでしょう。 その考えの下、リーマスは慌てず騒がずカップを手に取り、ゆらゆら揺らしつつ一緒に持ってきたクッキーをひとつかじる。 「ほらほら、早く決めてあげないと」 「は、早くったって…」 「んじゃ具体的に言えば、こんな無駄に熱いお茶が程よく冷めるまでっ。今日は寒いね…結構早くぬるくなっちゃったりするかな?」 「そこで具体的に言うな、そして無駄に熱い湯で淹れたのはわざとかっ。そのままついでのように結構さりげなく急かすなぁっ!」 今さっき淹れたばかりのお茶は熱く、薪がくべてある暖炉を内包した室内は温かいが、永遠にお茶が温かい訳でもない。 熱々の紅茶の入ったカップと、リーマスお手製の茶菓子に手を出そうとして自分に止められている子猫とを見比べ、本気でどうしようとぐるぐる焦るシリウス。対照的にニコニコとカップを揺らすルーピンは物凄く楽しそうだ。 実は、シリウスが本気で困っているのにはわけがある。 リーマスが考えていた『女性の名前なら幾つか知ってるだろう』というのはハズレではない。むしろ大当たりだ。…が、それでも一番の理由は微妙にずれた所にある。 (女の名前…?リ…じゃない…ルナとかジェニファーとかルーンとかシルジュとかマリアとか…か?他にはなにがあったっけ…) 名前として心当たりが多すぎるのだ。しかもそれ以上に、 (ぐぁ…顔しか出てこねぇ…) そんな女性の多いこと多いこと。追っかけが多すぎて全員の名前と顔なんか覚えてられるかと覚える努力を全放棄していた所為である。先程かろうじて挙げた名前も、教科書かなにかで見た時期と重なった程度。その名前の主の顔とも一致しない。 思い入れのある、パッと浮かぶモノがないのだ。 男として大多数の割合から恨まれる贅沢すぎる思考と悩みである。 「……えー、うー……あー。どうしよう…」 「どーするの?あー、シリウスどんな名前付けるのかなー♪」 この上なく楽しそうな一人とこの上なく困っている一人。その中に仔猫が混じる変なお茶会は、シリウスがようやく見つけ出した言葉で再開した。 「…サレナ」 「サレナ?」 リーマスはきょとんとした顔で聞き返す。 こっくりと頷くシリウスを見て、笑顔一発で頷く。 「…ん!それじゃあ、今日、今からその子はサレナちゃん!」 「そんなにあっさり決めて良いのか」 「自分で出したんでしょ。――それに、結構良い名前だと思うよ」 呆れ顔からすぐに笑顔に変わるルーピンを見、ようやくシリウスも紅茶に手をつける。なんだか触りたそうだったので子猫――サレナをルーピンに渡し、紅茶の温かさと香りを楽しむ。 こうやって誰かが淹れたお茶は、同じ温度のはずなのにひどく温かく感じるから不思議だ。 そんな感慨を持ち、思いの外熱かった紅茶に驚いたシリウスに、サレナの喉の下を引っかくように撫でながら何でもない事のようにルーピンは言い出した。 「ねーシリウス」 「そういや無駄に熱く淹れて…ん、どうした?」 「そう言えば前にどこかで聞いたんだけどさ、『サレナ』って『ユリ』って意味なんだよね」 シリウスが固まる。 「………………そう、だったか?」 「やっぱり忘れられない?」 「…何が言いたい」 「いや別に」 紅茶を運んできた時と同じニヤニヤした笑いを噛み殺し、からかうようにルーピンは告げる。 「リリーじゃ流石にそのままだしね」 「……………」 無言で紅茶を口に含む。 猫につける名前とはいえ、自分からリリーと言うのはなんだか嫌だった。目の前の親友に死ぬほどからかい倒される気がして。 だから、遠回しに同じ意味を持つ言葉を送った。 あまり知られていない言葉だし、気付かないかと思って選んだのだが、しっかりと意図を読み取ってくれた。正確過ぎるほど嫌な方向に。 …甘かった。 紅茶も自分の考えも。 相手は自分達(ジェームズ含む)を一番手玉に取るような友達だった。その所為で一番逃げるのが上手い上にからかうのが大得意。 彼とリリーと、アークの裏ルートからの情報。それが揃ったりすると勝てる気がまずしないのは多分グリフィンドール生達には通じる見解だったろう。 「………………………はぁ…」 (ジェームズでさえ一目置いているような節もあったな。そういえば。…いや、リリーの次に頭が上がらなかったのか?) 昔を懐かしむように現実逃避。 「サレナちゃん。うん。可愛い名前だねー…どしたのシリウス。なんかやたら深いため息だけど?」 「いや…」 (ま、こうやって気に掛けてくれる友達と一日中いてくれる手の掛かりそうな奴、それと時々来るハリーからの手紙。これ以上を望むのは贅沢ってもの…か) …ジェームズ。俺もリーマスも元気にやってる。ハリーも楽しそうだ。 なんか色々と大変なことに巻き込まれながらも、ちゃんとしてるよ。だからまぁ…なんだ。 そっちでリリーと仲良く、な。 ――――――当然っ!邪魔しに来るなんて野暮なこと当分するなよ? ふと、そんな言葉が聞こえたような気がした。 lily―――…ユリの英名。 END |
カンシャのキモチ。 |
| 氷紅梦無さまに戴いちゃいましたイエア! この恩はリク漫画で返します(笑)。 大好きなシリウスとリーマスの漫才をありがとうございます。 存分に苛められるが良いよシリウス。 そして男として最低だよシリウス。 花咲く前の恋心みたいなのが甘酸っぱくてほんとにもうっ! 素敵ブツをありがとうございましたvv |
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