ョコレェト・デ






「うえ、何だコレ。あっま」
「あぁっ、あたしの!勝手に飲んで文句言わないでよッ!!」
エドワードの手からひったくるように、
ウィンリィは湯気の立ち昇るカップを奪い取った。
キッチンで珈琲でも淹れようかと脚を向ければ、
おあつらえ向きにテーブルにカップがひとつ。
変わった匂いだとは思ったが、どうせココアだろうと口を付けたのが悪かった。
ウィンリィが淹れただろうことは容易に推測できた上での所業なのだから手に負えない。
「もー」
口直しに改めて珈琲を淹れなおすエドワードにウィンリィは口を尖らせた。
勝手に飲んでおきながら、ぶつぶつと文句を言われる筋合いは無い。
テーブルの向かい側に腰掛けた彼は、やっとひと心地着いたようだ。
「なぁ、ソレ」
「ホットチョコレート。うん、おいしい」
こくりとひとくち含めば、甘い香りと風味が広がる。
生クリームでも浮かべればもっと贅沢になるだろう。
疲れた身体には甘いものと豪語する彼女に、エドワードはふぅんと相槌を打つ。
彼とて甘いものが嫌いではない。
だが好きでもないから、突然思ってもみない味覚に襲われると怯んでしまうのだ。
「店先に並んでたから、久し振りに買っちゃった。昔は3人で一緒に飲んだよね」
「あー、そうだっけな」
「…おばさまがこっそり牛乳足してたの知らないでしょ、アンタ」
「マジでか!?」
「マジよ」
にまにまと笑う彼女に、エドワードは頭を抱える。
名を口にするのもおぞましい白濁色の牛の分泌物を織らない間に摂取していたとは。
「その要領で行くと、あんたも牛乳飲めるってことよね。おめでとう!」
おめでたくねぇ、と脱力してテーブルに突っ伏し項垂れる。
さすが、エドワード達の母だと言わざるを得ないのかもしれない。
母親は偉大だと誰が言っていたか。
「…性格悪いぞ、ウィンリィ」
両手でカップを握り締め、エドワードはウィンリィをねめつけた。
「あたしとおばさまの秘密だったんだもん。教えるワケ無いでしょー」
そんな彼の様子には慣れているのだろう、
ウィンリィはどこ吹く風で楽しげに口を開く。
ぴくり、とエドワードの肩が揺れた。
「まさか、ソレにも…」
首を傾げかけた彼女は思い当たり、にまぁと唇の両端を吊り上げる。
段々と失われていく幼馴染の彼の顔色は蒼白に近い。
震える指先をウィンリィに突きつけるが、覇気は無い。
―――…さぁ、どうだったかしらねぇ?」
たっぷりと間を持たせた後、思わせぶりに目を逸らす。
エドワードは指を突きつけた姿勢のまま、ぴしりと固まってしまった。
堪え切れずに、ウィンリィは腹を抱えて笑い出す。
「あっはっはっはっは!その顔!」
「どっちなんだよ!」
「飲んだなら分かるでしょ?」
「甘ったるいとこしか覚えてねぇよ」
じゃあ、そう言って彼女は自分のカップを彼の前に差し出した。
「もっかい、飲んでみる?」
エドワードの鼻を付いたのは、やはり甘いチョコレート独特の香り。
紛うことなく、チョコレート色。
だがアレも少量ならばその色に紛れて分からなくなる。
白か黒か判別の付かないまま、口にする勇気はハッキリ言って無い。
「…いらねぇ」
「あら、そ?」
おいしいのに。
何気なく零された台詞すら、何故か意地悪く聞こえる。
ふと、じっと見つめるウィンリィの視線に気付いた。
なに、と訊ねて、自分のカップを傾ける。



「キスって、チョコレートみたいに甘いのかなぁ」



エドワードは噴いた。
それはもう盛大に、勢い良く。
「ちょっ、汚いわね!何やってんの!」
思わず身を引いたウィンリィをエドワードはじとりと睨む。
誰の所為だと言わんばかりの眼差しに、彼女は微塵も気付かない。
「お前が妙なこと言い出すからだろーが!!」
「妙って何よ!素朴なギモンじゃない!!」
「素朴ってお前、キスなんて口くっつけるだけなんだぞ!味なんてするワケねぇ、じゃ…」
だが、最後まで続かない。
萎んで行く語尾と共に、エドワードの顔に朱が走る。
自分の口走ってしまったものが、
あまりにも今の日常とかけ離れていて居た堪れなくなった。
そうしてウィンリィもまた、彼につられたのか微かに頬を染めている。
「何よぅ、別に本気で思ってなんか…」
ないわよ、と蚊の鳴くような声でホットチョコレートをひとくち流し込む。
珈琲もホットチョコレートも味がちっとも分からなかった。
分かっていたのは、理由も見えない頬の火照りと高鳴りっ放しの鼓動だけ。
それに付けられた名前など今の彼らが知る由も無く、
どうやってこの気不味い空気を取っ払おうかと頭を抱えるしかなかった。






END



あとがき。
ちょっぴり思春期風味。




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