Clumsy



獣道と呼んでも過言ではない道を、4人は歩いていた。
ジープでは走ることができない。
地図を見ながら、八戒が前方を確認する。
「えーと…こっちが北ですから…」
「八戒」
不意に三蔵が彼を呼んだ。
何事かと振り返る。
「どれくらいでジープで走れる道に出られる?」
「え?そうですね…。あ、ホラ。すぐそこですよ」
指さすと、すぐそこが大きな道になっていた。
八戒はジープを呼んで、車に変化させる。
開いていた地図を畳み込み、荷物へと押し込んだ。
「キュー」
「あー、つっかれた」
悟浄は、八戒が乗り込むよりも先に、後部座席に乗り込む。
苦笑しながら、八戒も運転席のドアを開いた。
「三蔵?どうかしましたか?」
いつまでも乗ろうとしない三蔵を、怪訝そうに見やる。
悟空が一番最後に辿り付く。
その様子を見ながら、三蔵は眉を顰めた。
嘆息して、呆れるように…否、苛ついているように見える。
「八戒。町へはどれ程で着く?」
先ほどから、時間ばかりを気にしている彼に首を傾げながら、
もう一度地図を開いた。
「あと…15分程ですね」
「…そうか」
「う…わッッ?!」
言うが早いか、三蔵は悟空を抱え上げて、そのままジープへと放り込む。
「三蔵?!」
あまりに、らしくない行動の彼を、驚いた様子で悟浄と八戒が眺める。
「何すんだよ?!」
悟空も批難の声を上げる。
「喧しい」
ひっくり返ったままの悟空の右足首を掴むと、力を入れた。
「い…痛い痛い痛い痛い、痛ぇってッッッ!!!」
「やっぱりな」
呆然と成り行きを見送る2人。
涙目になって、悟空はじたばたと暴れ出した。
もう一度ため息をついて、三蔵は助手席に乗り込んだ。
「出せ」
その声を合図に、ジープがエンジン音を響かせて、走り出す。



宿に着くと、2人部屋を2つ取った。
部屋に入るなり、八戒は悟空の足を診る。
「腫れあがってますね」
彼の足はぷっくりと足首から甲にかけて、紅く腫れていた。
気まずそうに、目を逸らし、悟空は俯いて謝る。
「…ゴメン」
「謝るくらいなら、最初から言ってくださいね?」
微笑ってはいるが、窘めているのが分かる。
ますます、バツが悪くなったのか、悟空は黙り込んでしまった。
気付けば、目は虚ろで、ぼんやりとしている。
「悟空?…熱が出てきましたか」
とりあえず、湿布で冷やし、その上から包帯を巻く。
悟空を寝かしつけ、静かに部屋を出て行った。



―――あぁしていると、普通の子どもと何ら変わりないのに



八戒は、氷枕の水を入れながら思う。
ガラ、と氷が音を立てて溶けた。
一度ため息を吐くと、重たくなったそれを部屋へと運んだ。




ドアを静かに開く。
規則正しい寝息が聞えるのを確認すると、本当に静かにドアを閉めた。
氷枕を悟空の頭の下に敷いてやると、少し眉根を寄せて顔を顰める。
「さて、保護者さんと話をしてきますかね」
誰に言うとも無く呟くと、八戒は苦笑して、そのまま再び部屋を出た。



三蔵たちの部屋へとたどり着くと、ノックも無しにドアを開く。
「ちょっと、いいですか?」
言いながら、ドアを軽くノックした。
不機嫌そうに新聞から視線を上げて、三蔵は彼を見やった。
「普通、入る前にするものじゃねぇのか。ソレは」
「今更、何を気にするって言うんですか」
あはは、と笑いながら、八戒は後ろ手でドアを閉めた。
悟浄はどうやら出かけているようである。
部屋のどこにも見当たらなかった。
勿論、ベッドの下などにいるのならば分かりはしないが。
「悟空は寝てますよ。少し、熱が出てるようですが」
三蔵と向かい合わせに、椅子に掛ける。
新聞を読むことを諦めたのか、彼は綺麗に折り畳むと脇へとソレをどけた。
「聞いてねぇだろ」
「えぇ、そうですね。僕の独り言聞かないで下さい」
「…何の用だ」
始終にこにこと微笑っている八戒へ、居心地が悪そうに煙草を取り出した。
「昼間」
唐突に、飛び出す単語。
「よく、悟空が足を捻っているって分かりましたね」
席を立ち、急須の傍へ歩み寄る。
さらさらと茶葉の擦れる音が耳に届いた。
あぁ、と三蔵は紫煙を吐き出す。
「歩き方がおかしかったからな」
「でも、僕らは…少なくとも僕は気付きませんでした」
「何が言いたい?」
ポットからお湯が注がれ、白い湯気が天井へと立ち上る。
ぷぅんと、緑茶の良い香りが部屋に広がった。
湯呑みを2つ取り出して、注ぐ。
「やっぱりお父さんだなぁって」
三蔵は後姿を見やりながら、眉間に皺を寄せた。
「冷やかしか?」
「いいえ?」
しかし、八戒はすぐに否定する。
彼は、ますます眉を顰めた。




「感謝しているんですよ」




コト。
小さく音を立てて、急須はテーブルへと置かれた。
「もし、気付かなかったら、悟空は自分で何とかしていたんでしょうね」
「そりゃそうだろ」
呆れて、八戒から湯呑みを受け取る。
煙草を灰皿に置くと、ジリ、と灰が白く染まった。
「悔しいじゃないですか」
苦笑とも、嘲笑とも取れる笑みを浮かべて、八戒は椅子に掛けた。
「何だか、悔しいじゃないですか」
繰り返し、八戒は言葉を紡ぐ。
分からない、と言ったように三蔵は怪訝そうな表情を刻む。
「何が」
八戒は一口、お茶を飲んで手元を見つめた。



「気付けない自分も。言ってくれない悟空も」



もし、ソレが大事になったら、その時自分は平常心でいられるだろうか。



「僕達は、そんなにも頼りないんでしょうか」



護りきれなかったトキ、
どうしてもっと早く気付けなかったのかと、己の身を呪った。



「そう考えたら、悔しくて」



あの時とは違う感情だけれど、確かに、失いたくないという存在で。



「でも、淋しくもあって」



八戒は哀しげに笑う。




「違うだろ」




三蔵は、お茶を口に運びながら、視線を外へと向ける。
「あいつが何も言わないのは、どうにかできると思っているからだ」
ふと、昔を思い出す。


いつだってそうだった。
大したことのない怪我は騒ぎ立てるくせに、
本当に騒がなければならないときには口にしない。


「他の奴らの手を、煩わせる必要がないと思っているからだ」


気付いてやれば、気付いてやったで、バツが悪そうに何度も謝る。
子どもらしくない、子どもだった。


「たまに、今日みたいに見当はずれもあるがな」


嘲笑って、三蔵は湯呑みを置く。
「自分で出来ることに、わざわざ手を出す必要もねぇだろ」
眼鏡をかけて、どけてあった新聞を開く。
眼が、活字を追い始めた。
呟きついでに、お節介だと思いながらも彼は口を開く。
「アイツだって、お前らを信頼しているからこそ、何も言わなかったんだろうよ」
一瞬、呆けてすぐに呆れたように微笑む。
「他人事みたいに言いますね。貴方だって信頼されているくせに」
いつもよりも多弁な彼へと笑みを向ければ、面倒臭そうに応じてくれる。
「信じる信じないは勝手だが、頼られるのはゴメンだな」
心底嫌がっているのが、手にとるように分かる。
照れるだとか、喜ぶだとか、そう言った感情表現は乏しいが、
こういった感情表現だけは長けているようだ。
「…頭じゃ、結構分かっているつもりなんですけどねぇ」
へら、と笑って頬を掻く。
「誰かに愚痴りたくなるじゃないですか」
至極真面目な顔をして、八戒は三蔵に向かって言い放つ。
「だからって、俺に愚痴るな」
彼の額にはうっすらと血管が浮かんでいるが、八戒は気にした様子も無い。
「いいじゃないですか、たまには」
「良い訳あるか」
険悪とまでは行かないが、妙な部屋の雰囲気。
そこへ突然、扉の開く音。
「あれ?」
ひょっこりと顔を出したのは、紅い髪、紅い瞳の男。
八戒を見つけると、笑いかけた。
「八戒、丁度良かった」
名を呼ばれ、彼は悟浄の傍へと歩み寄る。
「何ですか?」
手渡されたのは、真っ赤なひとつの林檎。
「宿のおネェさんから頂いたのよ。俺、食わないからやる」
「林檎1個であしらわれたのか」
それを聞いた三蔵は、鼻先で嘲笑う。
いつもならば、食って掛かる悟浄だが、今回は違った。
片目を瞑って、口の端だけ吊り上げて笑っただけだった。
「そ。もう、ガード固くってさぁ」



感情表現が不器用なのは、何も最高僧だけではないらしい。



「…フン」
クスクスと笑いながら、八戒は林檎を片手に部屋を出ようとする。
「じゃあ、悟空のところにでも持っていきますかね」
ふと立ち止まって、部屋の中に言葉を投げた。

「おやすみなさい」

「あぁ」

「オヤスミ」




そうして、一番不器用な幼子の元へ。





END

あとがき。
27000Hitありがとうございます〜vv
美歩様に捧げます!
誰かが負傷していて、っていうお題を頂いたのですが、
一体どうして、ウチの悟空はこうもひ弱なんでしょうか(笑)。
ちょっと不発のような気がしないでもないですが、こんなんで宜しければ
貰ってやってください。

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