風が通り、落ち葉を宙へと舞わせた。
色付く木々が、どうしようもなく愛おしく感じる。
大地が運ぶ、自然と言う名の全ては泣きたくなるくらい美しかった。
こんな風に感じることが出来るようになったのも、きっと
――…。





きっと、君のおかげだから。







Color





次々と移り変わる画面。
幾つものフォトグラムファイルが開かれ、ウィンドウに所狭しと並ぶ。
「こっちが15歳の頃。で、こっちがハイスクール時代でしょ」
表示された映像を指差しながら、楽しそうに説明する。
「この時のフィスティバルがね、すっごく大変で…って何?」
むぅと、頬を膨らませて、ミリィは隣に座っていたケインへと近付く。
ミリィの自室で掃除をしていたら、昔のフォトグラムファイルが出てきたらしい。
懐かしくなって、見ていたところにケインがやってきたのだ。
「いや、楽しそうだなぁって」
ケインが同じ歳だった頃は、もうこの船に乗っていて、トラコンを営んでいた。
普通の生活が、ロストシップを持つ者に与えられるはずもなく。




同時に、どれも彼女が倖せそうで良かったとさえ思った。




「そ、そう?」
ミリィは何故だか気恥ずかしくなって、紅い顔のまま話題を変えた。
気を紛らわせる為に、背伸びをする。
「ケインのは、あの時の紙の写真しかないの?」
「あー…そういや、無いな」
考えて、曖昧に答える。
恐らく詳しくは覚えていないのだ。
データというデータは、全てキャナルが管理していることも関係あるだろう。
思い出のある、祖母の家でのものならともかく。
「じゃあ、今度ケインの部屋を粗捜ししてみようっと」
「待て」
間違いなく面白がっている彼女を、本気で止めるケイン。
「だって、織りたいじゃない。私の織らないケイン」
穏やかに微笑む少女に何も言えなくなる。
ほんの一瞬の、真剣な眼差しには逆らえない。
「私は、私を織って欲しくて話しているのだもの」
そうして、彼女は突然ハッとした。
困惑の色を浮かべた瞳に、ケインは何事かと首を傾げる。
「まさか…」
「何だよ?」
信じられないというように、身を引くミリィ。



「見られて困るものがあるとか…例えばベッドの下とか!!!」
「いつの時代の思春期真っ最中少年だッッ!!!」



まぁ、いつもの喧騒である。
「だって、昔の彼女の写真とかあるかもじゃない」
「お前なぁ」
けろりと言い放つ彼女に、脱力する。
「あ」
短く声を上げ、1つのフォトを眺める。
それは、とても懐かしそうで、切なそうな横顔だった。
「ミリィ?」
呼ばれ、振り向くと苦笑した。


「コレねぇ…、初恋のヒトなんだぁ」


皆で写った、楽しそうなパーティの風景の中に目立つわけでもない青年を指差した。
おっとりとした、優しそうな少年だった。
「は?」
イキナリそんなことを言われても、どうしろと言うのだ。
それに加えて、ケインはハッキリ言って、寛大な性質ではない。
目の前でそう言われるのは、『さぁ嫉妬して下さいv』と言われるも同じだろう。
それはともかく、ミリィはケラケラと笑いながらウィンドウを閉じていく。
気にしてはいないようで、最後にノートパソコンをぱたりと閉める。
「さ、そろそろ寝ましょう」
「オイ」
ケインが何か言いた気だったが、敢えて無視した様だ。
彼を扉まで追い出すと、そのまま閉めてしまった。
諦めてため息をつく。
ふと、ガラス越しに振り向いた。
そう、偶然に。



間が悪かったとしか思えない。



ミリィが何事かを呟いて、
先程のフォトイメージにキスをしている瞬間なんて。





何も言えなくなって、そのまま廊下を歩く。

『コレねぇ…、私の初恋のヒトなんだぁ』

先程の台詞が無防備に響く。
先程の光景が織らずに重なる。

苛々としている自分がよく分かった。
とても小さな感情であるのに、とても大きく圧し掛かった。
「嫉妬…っていうんだよな、コレ」
呟いてはみたけれど、己に再確認させた分だけ苛立ちが増した。
過去の人間に嫉妬しても仕方がないのに。
ミリィは、自分が好きだと言ってくれたのに。
今の彼女を信じているはずなのに。



なのに、何故。




こんなにも混沌とした感情を渦巻かせているのだろうか。




『ねぇ、ケイン』



自室に戻り、ベッドへと倒れこむ。
マントを外すのも忘れ、睡魔に引きずり込まれかけた。
「…ばーちゃんが、言ってたよな」
虚ろな意識で呟いた。
「何か…何だっけ…?」
ぼんやりと、夢へと誘われていく。




『ねぇ、ケイン。』

『なぁに、ばーちゃん?』

『もし、私が苛められていたらどう思う?』

『すッごくムカツク!!』

『じゃあ、私が嬉しくて笑っていたら?』

『俺も、嬉しいよ』

『なら、私が泣いていたら?』

『俺も、悲しくなってくる』

『…もし』

『?』

『私が…死んだら?』

『やだ!!何でそんなこと言うのさ?!嘘でも厭だよ!』

『ごめんなさい、ケイン』

『絶対、死ぬなんて…言わないで…』

『えぇ、言わないわ』

『絶対、だよ』

『・・・ねぇ、ケイン。お前はどうしてそう想うのかしら?』

『《どうして》?』

『自分のことじゃないのに、どうしてかしら?』

『だって、俺、ばーちゃんのこと大好きだから!!』

『そう。そうね、お前が私を好きでいてくれるからね』

『ばーちゃん?』

『ケイン。その気持ち、よく憶えておいで』

『大事なことなの?』

『えぇ、そう。大事なコトよ。きっと、思い出す日が来るから』







電子音が鳴り響き、朝を報せた。
目覚し時計を止めて、頭を掻く。
「そぅ…か…」
寝ぼけ眼で、頷いた。
「そう、だよな」
よし、と呟くと、両頬をペチリと叩く。
しっかりと目を開けて、ベッドから降りた。



香ばしいパンの薫りが、ドアを開いた瞬間とびこんでくる。
「おはよう、ケイン」
「おはようございます」
2人の少女が笑顔で出迎えた。
すでに朝餉の支度は整えられており、あとは席につくのみである。
「ミリィ」
「何?」
持っていたクロワッサンの入ったバスケットをテーブルに置いて、
ケインへと振り返る。
「もし、お前が今も別の誰かを想っていたとしても」



『怒ったり、悲しんだり、嫉妬したりするのはね』



「俺は…」




『そのヒトが本当に大好きだからよ』




「ミリィが、一番大切だから」




『これから出会う誰かの為に、憶えておいてね』




クスリ、と笑い、彼女は背伸びをしてケインの額へとキスをした。



「えぇ、織っているわ」




視線がぶつかり、可笑しくなってお互いに笑い出した。
いつの間にか、キャナルは姿を消している。
このバカップルに当てられては堪らないとでも思ったのだろう。
ひとしきり笑った後に、軽く触れるだけのキスをした。
1度離れると、今度は深く口付ける。
「…ん…」
そうして、唇を離すとミリィは尋ねた。
「でも、イキナリどうしたの?」
「…いや…」
「なぁに?」
口ごもる彼の頬を両手で挟んで、目を逸らせない様にする。
「昨日…俺が部屋を出たあとに…だな…」
言い辛そうに、変に引き伸ばしたり、言葉にならない声を吐き出したりしている。
「昨日…?あぁ!」
合点が行くと、ミリィは再び噴出した。
「あれね。あれはねぇ…」




『さよなら』



ミリィは呟いた。
今は、その時の感情さえ思い出せないけれど。



『この気持ちを教えてくれてありがとう』



そ、とフォトイメージへとキスをした。







ぽす、と彼の胸へと顔を埋める。


「『さよなら』って言ったのよ」


思い出は、思い出でしかないから。
振り返るだけの、ただの思い出でしかないから。







そこにあったのは、偽りの自分。
恐れから目を逸らし、楽しいことだけだと思い込ませようとした。
本当は、逃げる余地などないほどに追い詰められていたのだけれど。



あの頃は、どんな色をしていた?
あの頃は、どんな世界で息をしていた?

ちっとも思い出すことが出来ない。




君と出会えただけで、世界は色付き始めた。




ほら、こんなにも当たり前の毎日が倖せだと思えるほどに。







End
あとがき。
やっと形になりましたー。
纏まらなくて、大変だったわぁ(笑)。
よくある嫉妬ネタ。あえて、当人を出さずにって感じで。
オリキャラは抵抗あるヒトいるし、私自身もちょっとだけ、ですねぇ。
さぁて、次はどんなのを描こうかしらv

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