Confession
少しだけ、怒った顔。
少しだけ、笑った顔。
少しだけ、寂しそうな顔。
少しだけ、照れた顔。
私だけが織ってる、私だけの貴方。
乾いた金属音が、小さく響く。
長めのピンセットを、白い手がバットの中に放り込んだ。
ガーゼに消毒液をたっぷりと染み込ませ、腕の傷口へと触れる。
瞬間、彼の整った顔立ちが苦痛に歪む。
「痛いですか?コレくらいが、貴方にはちょうど良いと思いますけど」
「トゲのある言い方だな」
その言葉に、にっこりと微笑みアトワイトは頷く。
「えぇ、ありますとも」
何故か、その笑顔に恐怖さえ感じる。
突撃隊長で、何度も死に直面したことのある彼が、だ。
「いつもいつもいつも!!」
「?!」
わざとらしいくらいの大声で、彼女は整った口元をディムロスの耳元へと寄せた。
「こんな怪我ばっかりして、一体、どれだけの部下が貴方を心配すると思ってるんですかッ?!」
「私は…」
「部下だけじゃありません!カーレル中将達だって…!!」
狭い、医務室へと響き渡る声。
「全く、医薬品がいくらあっても足りません!」
「それは切実な問題だな」
ディムロスは苦笑するが、アトワイトはそんな彼をキッと睨んだ。
荒々しく薬箱の蓋を閉じる。
凛とした透き通った声は、怒気を含んでいたが、
宿していたのは、それだけではなかった。
一瞬。
一瞬だけ、その瞳が揺れる。
「私だって…心配、するんですから…」
細く、聞き取るのがやっとの声で、アトワイトは呟いた。
可憐さを持ちながらも、勝気な性格をも併せ持つ。
そんな印象を彼女へと抱いていた。
真っ白な包帯を箱から取り出し、ディムロスの二の腕へと巻きつける。
医師としての彼女の腕は確かで、迅速適切な処置を施す。
誰もがその腕には舌を巻くほどだ。
「アトワイト…」
ディムロスは、俯いてしまったアトワイトを見つめた。
彼は椅子に掛けている為、
自然、立っている彼女を見上げる形となってしまう。
「…私は」
「つっかれた―――!!」
何事かを呟きかけた彼女の声を遮って、医務室の扉が開かれる。
「ハ…ハロルド」
「アトワイト、栄養ドリンク貰うわよー」
鮮やかなピンクの髪をした小柄な少女。
実際は、見た目よりも年上のはずなのだが、
幼い面立ちでは認めてくれる者も少ない。
目の下にクマが見える。
寝不足だろうか。
アトワイトの心配をよそに、少女は大きく欠伸をした。
「もぅ、昨日も徹夜しちゃってさぁ。兄貴ったら人使い荒いったらないわよ」
大体、そんなに早く秘密兵器が出来ちゃったら面白くないじゃない。
そう呟いて、ドリンクを一気に流し込む。
目の端に映った、雪の入った容器に冷やしてあったのだろう。
冷たいものが喉に流れる。
殆ど硬直してしまっているディムロスとアトワイトの傍を、
何も無かったようにして通り過ぎた。
「あぁ、ごめんごめん。私、気にしてないから続きをどうぞ?」
あっけらかんと笑いながら、ひらひらと手を振るハロルドのセリフに、
2人は途端に真っ赤になる。
「ハロルドッッ!!」
重なった声に、ハロルドは、廊下で笑い声を上げた。
「もう…!」
白い肌を頬だけ紅く染めながら、アトワイトは扉を閉める。
振り返れば、咳払いをして椅子から立ち上がるディムロスが居た。
長く蒼い髪が、ゆっくりと肩から流れる。
扉を背にして彼女は動きを止めた。
男性に対して使ってよい言葉かどうかは迷ったが、
それ以外に形容する言葉が見当たらなかった。
『見惚れる』。
それが1番、相応しかった。
「アトワイト」
名を呼ばれ、ハッと顔を上げる。
「あ…今、化膿止めの薬を…」
慌てて薬品棚に向かう彼女の手を、ディムロスは掴んだ。
「ディ、ムロス…中将…?」
心拍数が上がっていくのを感じながら、平常心を装った。
外へと聞えはしないだろうかと、思わず胸元を抑える。
扉を背にしてアトワイトは彼から目を逸らした。
「…先程の続き、は?」
「先程…?」
『私は…』
掴まれたままの手に力が入らない。
「わ、忘れて下さい!」
熱が、感覚を侵していく。
段々と大きくなる心音で、今にも倒れそうな気さえしてきた。
「厭だと…言ったら?」
「え?」
言われて顔を上げると、同じくらい顔を紅に染めたディムロス。
その瞬間、
外の雪と同じに真っ白になった、ココロ。
「私は、自惚れても…」
ゴン。
乾いた、鈍い音がすぐ近くで響く。
アトワイトは、驚いてただただ、目を丸くした。
「ディ…ディムロス中将?」
丁度、外から誰かが扉を開けようとしたのだろう。
軽く屈んでいた彼の頭に、扉が上手い具合にぶつかったようだった。
「あら?」
先程聞いた声が、扉の隙間から耳に届く。
笑い交じりで、ハロルドは謝る。
「あはは、ごめんなさいね〜。滋養強壮剤も貰っておこうと思って」
「ハロルド…偶然にしても、間が悪…」
よほど痛かったのだろう。
頭を抑えたまま、彼は蹲った。
その間に医務室の中に身を滑り込ませるハロルド。
勝手知ったる薬品棚で物色を始めた。
「あのねぇ、ディムロス」
背を向けたまま、ハロルドは口を開く。
「偶然っていうのは、思いも寄らない、計画性のないモノよ」
彼はアトワイトが持って来たタオルで、
額を冷やしながら、床に座り込んでいた。
同じく傍に屈んでいた彼女も、ハロルドを見やる。
「私の行動には、無駄なんて無いわ」
振り向いて、ニヤリ、と笑う。
嫌な予感がした。
「つまりィ、私に『偶然』なんてありえないの♪」
幾つかの薬品を持ち出し、きゃははと子どものように走り去る。
追いかけようとする気力さえない。
「ハロルドらしいと言うか…」
苦笑して、アトワイトは道具を片付けに入った。
「カーレルもよく付き合いきれるものだ」
「あら。生まれたときから一緒なんですもの。当然ですわ」
大きくため息をつくディムロスに、アトワイトは答えた。
そうして、何かを思案するような顔になり、小さく頷く。
一通り片付け終え、彼の隣に座り込んだ。
「ディムロス中将」
「?」
不思議そうに、青年は視線を上げた。
「貴方を見ていると、心臓が幾つあっても足りないと皆、言っています」
何の脈絡も無いセリフに、眼を瞬かせる。
冷たい床の温度が、脚に染み渡る。
外の寒さに比べれば、何てこと無いのかもしれないけれど。
「そんな貴方の傍にいれば、きっと心労で倒れてしまうでしょう」
流れてくる淡い紫の髪を、耳にかけながら、彼女は人差し指を突きつけた。
「そこで提案です」
にこりと微笑み、突きつけたその手を自分の胸へと持ってくる。
「その役目、私が請け負うというのはいかがでしょうか?」
随分と遠まわしな告白もあったものだ。
ディムロスがその意味を理解するまで、数秒を要した。
意味が分かると同時に、軽く眼を見開く。
「貴方の無鉄砲さに付いて行けるのは、私くらいだと思うのですけれど?」
抑え切れない笑いをかみ殺し、彼はあぁ、と頷いた。
「成る程、確かにいい考えだ」
この戦いが終わるまで、少しだけ内緒の恋。
だけど、あのヒトは隠し事が下手だから、きっとバレてしまうわね。
それでも構わないと、少しだけ思う私がいて。
それでも愛おしいと、たくさん想う私がいて。
そんな私を不器用に愛してくれる貴方がいる。
それだけで、私は倖せなのです。
END
あとがき。 |
さんざ、邪魔者になってもらいました、ハロルド(笑)。 ディムアト好きなんですよvv 大人な関係っていうか。 あー、でも。 ディムロスが相手な時点で、大人の雰囲気なりきれていないって言うか(オイ/笑)。 アトワイトったら、ただの昔の同僚だなんてvv 照れ隠しがかわいいわぁvvv(黙れ) |