Dense Fog
その紅い唇に、深い口付を。
君の強気な瞳も奪い去るくらいに。
僕が快楽を教えてあげる。
他の男なんか考えられなくなるくらいに。
響き渡る機械音。
四六時中機械が動きっぱなしなので、もう耳が慣れているのだろうか。
薄暗い研究室は、電子音も聞こえてくる。
「あ〜、こりゃ今日中には無理だな」
ニィは、軽く舌打ちをした。
指はキーボードを小気味良い音で叩いている。
それを聞いた黄が、嫌味を交えた声音で問うてきた。
「だったら、この研究室に泊まり込んで徹夜でもしたら良いでしょう、ニィ博士?」
「それはだめ」
彼はひらひらと手を振り、答えを返した。
たばこを加えたまま、椅子を黄の方へ回転させる。
「今夜は予約が入っているから」
今まで、口を挟んでこなかった王が、画面から視線をニィへと向ける。
「なんじゃ、今日も玉面公主の所か?」
「そゆこと」
「ニィ博士!!」
真っ赤な顔をして、彼らの会話に割って入る黄。
持っていた書類も、床へとばらまかれる。
「貴方には、研究者としての自覚がないのっ!?」
「あるから、こんなことやってるんでしょう?」
ぐっと詰まる黄に、なおもニィは続ける。
「僕は興味ないことはやらないし。そうそう、夜のお相手もモチロンね」
「っ!」
「『玉面公主様』の御意向だよ」
面白そうに、喉を鳴らして笑い出す。
「御立派な理由ですこと!!」
反対に、面白くない黄は乱暴に扉を開けて研究室を出ていった。
なおも笑い続けるニィに、呆れた様子で王は評す。
「遊んどるのう」
「僕はいつも真剣だよ?」
「良い玩具が見つかったという顔をしておるぞ」
「あ、ばれた?」
彼は笑いを止めた。
灰皿に灰を落として、もう一度くわえる。
「でも」
「なんじゃ」
「ああいう『玩具』って落としがいがあるでしょ?」
―――
なんて人なのっっ!!
黄はカツカツと、廊下を早足で歩いていく。
周りの者がどう見ても怒っている。
それを感じ取ってか、他の者は彼女の道からよけていった。
(玉面公主様も、どうしてあんな男となんか・・・・ッ!)
開けた場所に突き当たった彼女は足を止めるしかない。
中庭のようなところだ。
ずっと暗い場所にこもっていた彼女にとって、太陽の光は眩しいことこの上ないも
の。思わず、目を細めた。
「・・・ッ」
(そういえば、前に外に出たのはいつだったかしら)
ふと、そんな事を考えてみる。
窓もない、薄暗い研究所。
極秘で進めているのだから、それもしょうがない。
何より、玉面公主の意向なのだから。
「玉面公主様」
風が、彼女の黒髪をふわりとなびかせた。
「貴女の為ならば」
どんな事にだって耐えられる。
誰よりも、敬愛するあの人の為になら。
扉が開き、黄が戻ってきた。
扉を開けると、ニィの姿が目にはいる。
「・・・ただいま帰りました」
「おや、お帰りなさい」
(玉面公主様の為よ!)
黄は、ぎこちないまでも笑顔で返す。
「・・・王博士は?」
めまぐるしく変わる画面を背にし、ニィは振り返る。
「休憩するって言って、どっかに行っちゃいましたよ」
「そう」
嫌な雰囲気。居にくいというか、何というか。
重苦しい空気に耐えられず、黄は自分の椅子に座る。
それを面白そうに眺めるニィ。
「黄博士」
呼びかけに、書類に手をやる動作を一瞬止める。
「何でしょう?」
だが、もう一度書類に手をやり、それをめくった。
中には、記号や数字、漢字がぎっしり書き込まれている。
目を動かし、その内容を頭に入れていく。
「人間ってね、欲だらけの生き物なんだよ」
「え?」
彼女は思わず、動きを止めてニィに目をやった。
「何かを手に入れながら、それでも、何かを求めながら。一体、どこまで手に入れれば満足するんだろうね」
話の真意が良く分からず、ただ聞くことしかできない。
「でも、一番欲しいものを手に入れたら、他のものなんかいらないのかもしれない」
「ニィ博士?」
ニィは画面に向き直ると、黄に向かって手招きをした。
「何です?」
「いいから、こっち来て」
仕方なくといった様子で、黄は立ち上がる。
背後に回った彼女を、見上げる形で視界に入れる。
「こういう事だよ」
「なん・・・・」
そして、彼女の後頭部を手で押さえ、自分の顔に引き寄せる。
「んっ!」
彼女の紅い唇に口付けをする。
離れようともがいても、彼の腕がそれを許さない。
抵抗すること事体が、無意味なのかもしれない。
彼にとっては、慣れていることなのだから。
一体何度、玉面公主とこれを繰り返したのだろう。
玉面公主は、どんな風に彼を求めたのだろうか。
あの、艶やかな唇で。
数秒して、やっと唇が離れる。
同時に響いた平手の音。
「何するんです!!」
「・・・玉面公主様がやみつきになる訳わかった?」
持っていた書類を、ボードごとニィの顔面に勢いよく叩き付けた。
「わかりませんッッ!!」
せっかく戻ってきたのにも関わらず、彼女は再び部屋から出ていく。
先ほどよりも強い力で扉が開けられ、閉められる。
この静かな部屋には十分すぎるほどの音がこだました。
ニィは、顔面に叩き付けられたボードを手に取り、笑い出す。
「やみつきになるのは、僕の方かもしれないね」
彼の事しか考えられない自分に苛立ちを覚える。
いつもふざけてばかりで、嫌味で、本心なんか見えなくて。
でも。
「なんで、こんなに」
一瞬だけ、
一瞬だけだったけど、
彼に、身を任せてしまった。
唇をなぞり、その手を握り締める。
「どうして・・・?」
彼女の唇には、まだ感触が残っていた。
その紅い唇に、深いくちづけを。
君の強気な瞳も奪い去るくらいに。
僕が快楽を教えてあげる。
他の男なんか考えられなくなるくらいに。
僕だけを思い描くように。
君だけを思い描くように。
深い霧に包まれるように、不確かなものだけど。
END
あとがき
ニィ健一ファンの方素直に謝ります(汗)。
だいぶ前に書いたものですので、
違和感がありますね。この組み合わせは、思い付きで書かなければかけません。
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