話越しの君らしさ




鈴よりも少しばかり喧しい音が家中に響く。
工具を手に部品を削り出していた少女はようやっと気付いたように顔を上げた。
祖母を大声で呼んでみたが、返事は無い。
「…あれ、居ないのかな」
そういえば、ちょっと牛乳を分けて貰ってくると言っていた気がすることに思い当たる。
慌てて椅子から立ち上がり、階段を駆け下りて電話が置かれている部屋へと急いだ。
何コール目か分からない呼び鈴に、随分と気の長いヒトだなと頭の隅で感心する。
かちゃりと受話器を取り上げれば、一瞬にして音が止み、
ロックベル家には再び静寂が訪れた。
「お待たせしました!技師装具のロックベルで…」
言い終える前に不服そうな声が遮る。
『遅い』
即座に返って来る台詞に、少女は形の良い眉を顰めた。
声だけでも直ぐに分かる。
低くなりかけた、思春期の少年独特の声音。
けれどまだ、やっぱり年頃のそれより高い。
顔も、姿も、
ついでに少女と同じかもしくは少し低いくらいの身長までもありありと思い出せる。
まるで、目の前に立っているかのように。
「…アンタ、開口一番ソレなワケ?」
『遅いものを遅いと言って何が悪い』
お互いに名乗りもせずに不躾に口を開く。
それが日常茶飯事とも言えるのが何とも情けなくなってくるのは気のせいでは無いはずだ。
何処かの国では『親しき仲にも礼儀あり』とまで謳われているのに、と少女はそっと、
否、仰々しく溜息を吐いた。
知りに知っている電話の向こう側の相手が、
今どんな顔をしているかすら容易に思い描くことが出来る。
「機械鎧破損、部分調整、作動異常、接続不備」
『は?』
「どれ?」
不機嫌さを隠しもせずに、少女は訊ねる。
じとりと半眼で受話器を睨む気配でも感じたのか、電話の向こうで息を呑むのが分かった。
『どれと言われても…』
言葉に詰まる彼に、少女はさぁ、と顔を蒼くする。
「まさか、全部じゃ無いでしょうね?!それとも大破…いやああぁッッ!信じられない!!」
自分の紡いだ台詞だと言うのに、想像してしまい、
がっくりと項垂れる少女に、少年は違う、と大声でがなる。
『…ばっちゃんは?』
何の脈絡も無い彼の台詞に2、3度目を瞬かせる。
えぇと、と部屋を見渡し、窓の向こうまで視線を投げてみて、誰も居ないのを確認した。
せいぜい庭先で飼い犬のデンが寝そべっているのが見えたくらいだ。
「今、ちょっと出かけてるわ。用事があるんなら、15分くらいして掛け直してくれる?」
そのまま時計を見やり、出掛け先への距離を考える。
そんなに離れていない。
『別に、用事があるってワケじゃ』
語尾を濁す少年に、少女は首を傾げた。
「無いの?だったら何?」
訊ねてみれば、暫しの沈黙。
あーだの、うーだの、理解不能な言葉にならない呻きが聞こえてくる。
悪いものでも食べたのだろうか、いやまさか。
他人が聞けば、彼を一体何だと思っているのか疑いたくなるようなことを考えていれば、
あぁもう、と半ばヤケになった少年の吐き捨てる声が聞こえた。
『〜っ、お前が!』
「私が?」
『たまには電話のひとつくらい寄越せって言うから!!』
だからアルにまでしつこくせがまれて電話しているってのに、とぶつくさ言う少年。
合点が行ったような、行かないような。
「へ?」
ぽつん、と疑問符を浮かべた後、頭の中を整理する。
少女が言ったから。
珍しく電話をしてきた理由は、つまりはそういうことで。
たった、それだけのことで。
「まさか、それだけ?」
思わず訊ね返してしまったのは失敗だったろうか。
それだけじゃ悪いかよ、と不貞腐れた声が耳へと届く。
「エドにもそんな可愛げがあったのねぇ」
しみじみと感嘆にも似た頷きを繰り返す少女は、
最早、エドワード
――のプライド――を案じてもいない。
元々、気に掛けていたかと言えば、ある意味そうでも無いのかもしれないが。
『喧しい!他に言うことは無ぇのかよ!!』
馬鹿にされているのを悟って、彼は大声で叫ぶ。
わざと耳に指で栓をして、受話器から離れてみた。
そうね、じゃあ。
一間空けて、呟くように言の葉を紡ぐ。
「…会い、たい」
は、と呆けて訊ね返す間も無く、ウィンリィは続けて口を開いた。


「会いに、来て?」


普段の少女の声とは格段に違う寂しげな、けれど、はちみつのように甘く広がる色。


「会いに来てよ。顔を見せてよ。私の目の前に立って、ちゃんと笑って」


次々と、零れる言の葉。



「ただいま、って、抱き締めて…?」



波紋のように幾重にも重なる、花音。



『ウィン、リィ…?』






突如、ぶは、と息を大きく吐き出す気配がした。






多少なりとも狼狽したエドワードが、
恐る恐る少女の名を会話が始まってから初めて呼んだことすら気付かず、
ウィンリィは先程までこの場を取り巻いていた空気を一掃する。
「なんて言ってみたりして!あ、さっきのは夕べ読んだ小説の台詞ね。もしかして、本気にした?ちょっとは驚いた?やだ、私ってば役者?ね、エド?」
ほんの少し、小指の指先にも満たないくらいのほんのちょっとだけでも、
気にした自分が愚かだった。
そう言うかのように、エドワードが電話の向こう側から怒鳴る。
『…盛ッ大に驚いたっつの!!ざけんなテメェ!!もう切るぞ!!』
このままでは、本当に切られてしまうかもしれない。
ウィンリィはあははと笑いながら、軽く謝る。
「さっきのは冗談。でも、会いたいのはホント」
彼はコインを予め何枚入れたのだろう、とふと思う。
さっさと切る予定だったにしても、1枚では足りない長さだ。
予備だ何だと理由を口にしながら、
3枚くらいは投入しているのだろうとアタリを付ける。
ウィンリィの口元に笑みが浮かぶ。
手を覆ったままの軍手を取り去り、電話の上面へと置いた。
「たまには帰って来なさいよ。理由は何だって良いからさ」
壊したってのはナシね。
ウィンリィは明るく言った。
電話と受話器を繋ぐコードを、とりとめも無く指に巻きつけては解く。
「三軒向こうのおじさんとこに仔犬が生まれたの。それとね、雑貨屋のお姉さん結婚するんだって。弟君がイヤだって駄々こねちゃってて、今大変らしいわ」
他愛の無い世間話。
ウィンリィはいつも聞いてもいないのに教えてくれる。
お蔭で、離れているのにちっとも離れている気がしない。
そんなエドワードの心情を読み取ってか、ウィンリィはくすりと微笑う。
「少しずつだけど、皆変わってく。やっぱり同じものって無いから、どんな小さなことだって憶えておいて欲しいって思うんだ」
ゆっくりとした口調は、故郷の風を思わせる。
空と、丘と、小川と、草原とをエドワードに思い出させる。



「ここは私達の故郷なんだから、全部余すことなく詰め込んでおきたいじゃない?」



何処に、とは言わなかった。
それはきっと心で、頭で、体中。
彼らを彼らとして作り上げるもの全てにだ。
『気が向いたら、考えておく』
ぶっきらぼうに返事をするエドワードは、
恐らく視線を泳がせて、こちらを見てはいないだろう。
電話の向こう側に居て、目を逸らすも何もないのに。
笑い出したい衝動を抑え込んだ。
「気が向いても、考えるだけなんだ?」
アンタらしいけどね、とウィンリィは苦笑して、
声にして笑いたいのを何とか誤魔化す。
数秒間の沈黙。
口火を切ったのはエドワードだった。
『…もう、切るぞ』
「うん」
『切るからな』
「分かったってば」
けれど、彼が電話を切る気配は無い。
再び、数秒間の沈黙。
「何?まだ何かあるの?」
堪りかねて、今度はウィンリィが口を開く。
だから、と言ったかと思うと、唐突にエドワードはお前から切れと促した。
「やぁよ」
『何で』
「そっちこそ何で」
『良いだろ、別に』
「こっちだって、別に良いでしょ」
『コインが切れる』
「あっそ」
どちらも折れない。
意固地なのは昔から。
かと言って先に電話切ってしまえば、何かが負けたような気がして悔しい。
『ウィンリィ』
「はぁい?」
今度は一体何なのだと、口を尖らせる。
聞こえてきたのは、思いも寄らない確かな言の葉。



『あんま、無理すんなよ』



あまりに聞きなれない言葉に、一瞬反応が遅れた。
「な…」
言い返そうとして、ビーッと言う音に遮られる。
タイムオーバー。
どちらも受話器を置くこと無く、切れてしまった電話。
暫く手の中にあるソレを眺めていたが、ゆっくりと元の位置へと収める。
かり、と頬を掻くと、ウィンリィは全く、と呟いた。


「アンタに言われたくないっての」


外でデンが吼えているのに気付く。
祖母が帰ってきたのだろうか。
ウィンリィは忙しなく玄関へと向かい、きらきらしい陽射しが零れる外へと扉を押し開いた。








END




あとがき。
エドウィン企画サイト様に投稿していたシロモノその4。
3はイラストだったんで。
トップにリンク張っている↑のサイト様からのエドウィン的増殖お題を拝借。
へたれエド愛。



ブラウザの戻るでお戻りください