唐突過ぎた出会いが、『運命』を色付けていく。
その終焉は、全ての始まりを示していた。
『ミクトラン』を倒し、『神の眼』を破壊して、戦乱は幕を閉じた。
あまりに多い犠牲。
後ろを振り返らずにはいられなかった。
ルーティは唯一の母の形見であるペンダントを握り締めた。
―――終わった、のよね?
押さえ込んでいた感情が、溢れてくる。
「…父さん…、エミリオ…っっ」
軽くなった手の平を強く、強く握り締める。
「…アトワイト」
1人遅れて歩くルーティを振り返り、スタンは歩みを止めた。
フィリアとウッドロウへ、先に行ってくれと促して。
「ルーティ」
慌てて俯いていた顔を上げ、潤んできた目を擦る。
「な…何よっ?!」
ルーティは伸ばされた手に、思わず身を竦めた。
優しい、暖かなものを頭上で感じる。
恐々と眼を開けると、穏やかに微笑むスタンが見えた。
幼子をあやすように、2、3度頭を撫でた。
「辛かったよな」
一言、口にする。
「べ…別に、あたしは―――…っ」
平気よ、そう言うつもりだった。
けれど、言えなかった。
スタンの言葉が聞えて、何も言えなくなった。
「もう、泣いてもいいんだ」
強さと、本当の優しさ。
その声音は、ずっと張り詰めてきたものを、
いとも簡単に壊してくれた。
ぽつり、と雫が落ちた。
ぼろぼろと関を切って流れ出す涙。
虚勢も、意地もプライドも、何もかも捨て去って。
声を押し殺して、泣き続ける彼女を痛々しいと思った。
そうして、護りたい、愛おしいと想った。
己の心の臓を貫かれたように、痛みが押し寄せてくる。
スタンは、織らず彼女を抱きしめていた。
一頻り泣いた後、ルーティはスタンを見上げた。
「何よ」
自分の涙を拭って、スタンの頬に触れる。
「アンタも泣いてるじゃない」
「へ?あれ?」
流していた涙に気付かず、慌ててスタンは目を擦った。
「…莫迦、ね」
ルーティは少しだけ背伸びをして、彼の目の傍へキスをした。
軽く、スタンの涙を舐める。
「塩辛いわ」
「ルーティっ?!」
真っ赤になって、彼女から離れる。
その初々しさに、ルーティは苦笑した。
穢れを織っても尚、穢れることの無い純粋さ。
真っ直ぐな心を持ち、強い意思を宿した瞳。
―――あぁ、そうだわ
ルーティは心の中で頷く。
―――そんな彼だからこそ、あたしは…
耳まで紅く染めているスタンを放って、
ルーティはフィリア達に追いつこうと足早に行く。
「ほら、置いていくわよ」
フィリアとウッドロウに呼びかけると、足を止め、2人を待つ。
振り返って、スタンを急かした。
「ルーティ!」
暫く黙っていた彼であったが、意を決したように、彼女の名を呼んだ。
前に進もうとしたルーティが、再び軽く振り返って、
何事かと視線を投げる。
「もっと、俺が自分に自信が持てるようになったら…」
「え?」
風が通り過ぎ、スタンの声が遮られる。
「何?聞えな…」
耳を翳して、彼の声を聞き取ろうとする。
「君を迎えにいってもいいかな?」
微かに頬を染め、真っ直ぐにルーティを見つめる。
一瞬、思考回路が停止したように、呆けていたルーティだったが、
意味を理解するなり、血が昇ったように真っ赤になった。
「まぁ」
「おや」
彼の声はあちらまで届いたらしい。
フィリアとウッドロウが、多少驚いたように目を見開いていた。
「な…な、っ」
何も言えずに、金魚のようにぱくぱくと口を動かす。
スタンはにっこりと微笑んで、ルーティの向かい側に立つ。
少し屈んで、耳元で囁いた。
「返事、は?」
バッと耳を両手で抑え、じりじりと後退する。
「い…田舎者の癖にぃ…っ」
「田舎者は関係ないだろっ」
むぅ、とスタンは頬を膨らます。
「ま…」
「『ま』?」
口を開きかけたルーティはバタバタと仲間の所へと走っていく。
勢い良く振り返って、叫んだ。
「待たせたら、承知しないわよっっ!!」
彼女らしい返事。
『OK』の意味合いに、スタンは顔を綻ばせた。
スタンも走り出し、ルーティと並ぶ。
「あっ!」
「負けないよ?」
んべ、と舌をだして、悪戯っぽく笑う少年。
追い抜かれそうになると、彼女もまたスピードを上げる。
ほぼ同時に仲間の元へと戻ると、彼らは笑顔で新しい門出を祝福した。
狂った歯車は、『運命』へと組み込まれ、新しい『運命』を切り開いた。
『運命』に抗う必要など無い。
創り出していく歯車を『運命』と呼び、過去にあった出来事をも『運命』と呼ぶ。
定められたものを『運命』と呼ぶのではない。
常に創られていくものを『運命』と呼ぶのだ。
抗ったことさえも、『事実』として残り、『運命』と呼ばれていく。
彼らの『運命』は始まったばかり。
END
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