Passing each Other |
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今日はバレンタインデー。
大切な人に贈り物をする日。
八百鼡も勿論例外ではなく、彼を探していた。
パタパタと、せわしない足音が廊下に響く。
彼女は朝から彼を探していた。
しかし、今日に限ってどこにもいないのだ。
どこにいるのか分からず、独角の部屋を訪ねる。
「独角」
コンコンとノックされる扉。
中から見慣れた顔が覗く。
「八百鼡?どうした」
「紅孩児様を知りませんか?」
部屋に入るように促し、八百鼡を振り返った。
「紅を?」
一瞬怪訝そうな顔をして独角は考えあぐねる。
「今日は、玉面公主の所には呼ばれてねえしなあ」
「そう…」
残念そうに、俯く八百鼡の頭をポンと叩く。
「大丈夫、すぐに見つかるさ」
明るい笑みを浮かべる独角に、八百鼡は微笑む。
「…そうですね。あ」
八百鼡は、持っていた袋から、一つの包みを取り出す。
可愛らしくラッピングされたチョコレート。
淡い色彩のくるくると巻かれている細いリボンと、ペーパーフラワー。
「独角、これ」
「義理ならくれ」
そう言って軽く手を出す独角に笑ってしまう。
「本命は紅だろ」
不意打ちの台詞。
「え」
当然のように言う彼に、一瞬絶句する。
八百鼡は恥ずかしさで顔が紅潮してしまった。
(やだ、私ったら…っ!)
分かってはいるものの、こればかりはどうにもならない。
俯いて、どうにか顔を隠そうと努力する。
「正直な奴だな」
面白そうに笑う彼に、慌てて言い返す。
「私は…そんな意味で差し上げるのでは…っ」
「じゃあ、どんな意味だ」
しかし、反論もむなしく、言っている事と表情は食い違っていた。
隠し事をするのが苦手なのか、純粋すぎるのか分かりかねたが。
「でも、本当に…違うんです」
「八百鼡」
不意に真剣な声で話す八百鼡に、独角は耳を傾ける。
「紅孩児様は私を救って下さいました。本当に…大切な方なんです。だから…。」
私の我が侭で紅孩児様を困らせたくない。
そう、小さな声で呟いた。
「でもな、八百鼡」
「え?」
「我が侭になるのもたまには良いと思うぞ」
ぐしゃぐしゃと八百鼡の頭をかき撫でると、優しい瞳で独角は微笑む。
その髪を元に戻しながら、八百鼡も微笑んだ。
「…ありがとう、独角」
「お前も、可愛い妹みたいなモンだからな」
全く手のかかる、と言う独角に二人は同時に吹き出した。
八百鼡はもう一度礼を言うと、彼の部屋を後にした。
「紅孩児様?さっきまでこちらにいらっしゃったが」
部下の一人と思われる妖怪が、八百鼡に答えた。
吠登城の一室。数人の妖怪が忙しそうに働いている。
ある者は手に書類を持ち、
ある者は機械のような小さな機具を持ち歩いていた。
「それで、今は?」
部屋に響く機械音。
牛魔王の傍とまでは言わないが、それでも騒々しさはいなめない。
「さあ?聞いてないな」
小さな紙袋を持ち歩く八百鼡を見て、彼はすまなそうに言う。
「悪い、力になれなくて」
「いいえ」
気丈に微笑む八百鼡だが、落胆しているのが分かった。
それを聞いていた他の者が思い出したように話しかける。
「そういえば、地下へ行くとおっしゃっていたぞ」
「本当?ありがとう」
嬉しそうに礼を言うと、八百鼡はその部屋を出た。
地下。
ここには怪我や病気をした者を収容する部屋がある。
本来ならば、風通しの良い部屋や、日当たりの良い部屋が良いのだが、
玉面公主の命により、ここ地下へと追いやられてしまった。
彼女は、自分の目に彼らが映るのを嫌ったのだ。
八百鼡も薬師である為、彼らの所へ通っている。
紅孩児は部下の様子が心配なのだろう、見舞いのような形でよく訪れた。
エレベータが地下のランプを点滅させる。
扉が開くと、しばらく長い廊下があり、突き当たりを右に曲がった。
一つの部屋の扉がある。
それが開かれると、中からは消毒の臭いや薬の臭いが。
どうにか外の風を入れようと、紅孩児が外へ通ずる窓を作ってくれたので
幾分、ましな状況だ。
地下から外の風を入れるのは難しい事だ。
それをやってのけたのは、紅孩児ならではだろう。
彼女の訪れを知ると、その辺りにいる者たちが話しかけてくる。
「こんにちは、皆さん」
窓を開けながら、笑顔で彼女は挨拶をした。
入ってすぐのベッドにいる女性が八百鼡に尋ねる。
「おや?どうかしたのかい?」
「あの、紅孩児様を探しているんです」
ベッドに横になっている少々年老いた女性に、膝を突き目線を合わせた。
「紅孩児様を?先程出て行かれたんだけど、会わなかったの?」
「えぇ」
(またすれ違い…)
軽く溜め息を吐く。
そして、彼女を看て言った。
「また痩せられたんじゃないですか?ちゃんと食べないと」
「大丈夫よ。心配性ね、八百鼡ちゃんは」
痩せて骨と皮だけになったような手を八百鼡の頬に伸ばす。
力なく笑う女性に、八百鼡は笑いかけた。
立ち上がると、
彼女は、小さな包みを彼らのベッドの全てに置いて行く。
「私から、バレンタインデーのプレゼントです。元気出して下さいね」
それを置くたびに礼を言われ、礼を返す。
「紅孩児様といい、八百鼡ちゃんといい、優しい方ばかりだ」
誰かの呟きに、老若男女、皆が微笑みながら頷いた。
気恥ずかしくなって、彼女は一通りの仕事を終えるとそそくさと出て行った。
いつも行く地下ではあるが、
今日は今の時間に行くつもりではなかった為、
時間が大分過ぎてしまった。
「どうしよう、もうこんな時間」
持っていた時計を見ながら呟く。
針は既に夜中の11時半を指していた。
会議室のような所。
雑務室のような所。
牛魔王の蘇生実験場所。
玉面公主との謁見の間。
李厘の部屋。
色々な情報で、色々な場所へ行ってみたが、
どこにも紅孩児はいなかった。
正しくはすれ違いの連続だった。
大きく溜め息を吐くと、八百鼡は前を見た。
「もう一度、紅孩児様の御部屋へ行きましょう」
言うと、八百鼡は歩みを進めた。
紅孩児の部屋への廊下。
八百鼡一人の足音が響く。
夜中である為、城の者は殆どが休んでいる。
半分諦め調子ではあったものの、
紅孩児の部屋の扉を見やった。
「あ…」
そこには、紅孩児が扉を開けようと手を取っ手にかけていた。
「紅孩児様!」
これ以上すれ違うのはごめんだとばかりに、彼に駆け寄り、その手を掴む。
その行動に、一瞬、紅孩児は驚いた。
「八百鼡?どうした、何かあったのか?」
こんな夜中に自分の所に来るのは、何かあったせいかと思い、身を硬くする。
「え…いえ、あの、すみませんっ」
思わず叫んでしまった事に、慌てて何もないと謝罪する。
ふと、彼の腕を掴んでいる事に気付き、謝りながら手を放す。
「こんな時間に、どうかしたのか?」
これは、八百鼡の用を聞く口調。
八百鼡は恥ずかしさで何を言って良いのか分からなくなってしまった。
「あの、どうしても今日中に渡したくて…っ、でも、紅孩児様どこにもいらっしゃらなくて、あのそういうつもりじゃなくて、えっと…っ」
しどろもどろの口調に、紅孩児は苦笑する。
「八百鼡」
「は…はいっ!」
驚いて返事をする。
「俺は逃げやしないから、ゆっくり話せ」
その言葉にようやく落ち着いたのか、
八百鼡は大きく深呼吸する。
そして、持っていた紙袋の中の包みを差し出した。
「?」
「私にとって、大切な方は紅孩児様です」
俯き加減だった顔をあげて、紅孩児に微笑む。
「受け取って下さいませんか?」
一瞬、目を見開いたが、照れくさそうに笑いながら紅孩児は口を開く。
「…ありがとう」
目の前で大切な人だと言われて、嫌な気などそうそうしないが、
真剣な眼差しで言われると、恥ずかしいものである。
そんな紅孩児の微笑みを見るだけで、八百鼡は十分だった。
どんな小さな想いでも、
あの方はいつも受け止めてくださった。
あの頃にはもう、戻れないの?
『…どうか、神様』
END
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あとがき
バレンタインなのに、関係ない事考えてました。『そういえば、吠登城で爺さん婆さんとか、病気とか怪我してる人見ないなあ。』と。てなわけで、この中で書いちゃったんで、ごめんなさいです。でも、血生臭い事も、汚い事も絶対あると思うんですよね。隔離という言葉を使いませんでしたが、この中に書いているのは正にその通りのものです。あの中では、闘えない者への扱いは酷いものではないかと思って書きました。もちろん、玉面公主の扱いが、ですが。
あ、バレンタインの話から脱線しました(笑)。もう少しギャグっぽくしたかったのですが、できませんでした〜。うーむ。もっと勉強しなきゃです。明るいものも書きたいですね。 |
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